2-48 出立! 実り多き遠征は終わる!

 王都ウージェでの活動は終わった。御前聴取から始まり、結婚式、その後の顔見せの式典や宴席の数々など、怒涛の数日間であったが、それもすべて終わった。


 シガラ公爵ヒーサにとっては、まず満足する結果であったと言える。


 御前聴取においては、花嫁であるカウラ伯爵ティースを徹底的に貶め、伯爵家の吸収合併への布石を打てた。


 また暗殺事件の黒幕が『六星派シクスス』であるとの偽情報も殊の外上手く流布させることに成功し、皆の注意が完全にそちらへと向かった。


 もはやこの段階で、ヒーサが仕組んだ自作自演の暗殺劇場であったことは誰も疑っておらず、順調に公爵位の継承と、伯爵家の併呑が決したと言ってもいい。


 一応の不安点としては、ティースが父親の無念を晴らすべく、未だに執念を燃やしており、ひょんなことから勘付かれはしないかとの懸念もあったが、それについてはこれから公爵領に戻ってから“分からせ”るつもりでいた。


 また、各地の貴族や名士との顔繫ぎもでき、特に交流を深めておくべき人材もすでに頭の中に叩き込んである。今後の策の展開次第では、協力を要請することもあるだろうと考え、すでにそれ相応の“お土産”も手配しており、その点はヒーサの手管に抜かりはなかった。


 なにより、最大の巡り合わせは、火の大神官アスプリクとの出会いだ。


 国王フェリクの末っ子で、国内随一の術士であり、ヒーサの考えている茶葉の温室栽培に大いに役立つと期待されていた。


 しかし、テアの調べでは、この少女こそ魔王であるとの結果が出ていた。そこが最大の悩みどころであり、問題点であった。


 一応、口八丁手八丁で手懐けておいたが、今後の情勢如何ではどうなることやらと、ヒーサもさすがに手に余らせていた。


 そんなこんなで王都での一連の活動は終了し、公爵領へと戻るところであった。


 王都の公爵家上屋敷の前には馬車とその護衛が列をなし、また屋敷に仕える者達も主君のお見送りのため、玄関先に集まっていた。



「ではな、ゼクト、色々と世話になった」



 馬車に乗り込む直前、上屋敷の管理者たるゼクトに話しかけ、周囲の人々も含めて、滞在中の働きについて、その労をねぎらった。



「いえいえ、主人に仕え、その役に立つことが我らの務めでございます。その言葉だけですべてが報われます。臣一同、新たなる公爵様の、幸先良い走り出しに感激しております」



 ゼクトの言うことは嘘偽りないことであった。


 とにかく、王都におけるシガラ公爵家への評判はすこぶるいいのだ。


 毒殺事件でどうなることかと噂が噂を呼び、なにかと暗い陰鬱な情勢ではあったが、ここ数日の熱心な対外宣伝が功を奏してか、ヒーサの名声も高まり、公爵家の安定ぶりや存在感をどうにか認知させることに成功したのだ。


 勤め先が高評価を得るというのは悪い気分ではなく、ヒーサの人柄も相まって、公爵家に仕えるの人々は我が事のように喜んだ。



「しかし、公爵様、奥方様の件は、その……、よろしいのですか?」



 ゼクトが視線を馬車列の最後尾に向けた。そこにはティースがおり、ヒーサとは別の馬車に乗り込もうとしていた。



「ああ、構わん。私が許可した。あちらも実家に戻って色々と準備がいるだろうし、こちらも早く公爵領に戻ってやらねばならないことがあるからな」



 ヒーサもそちらに視線を向けると、丁度ティースもその視線に気付いてかヒーサの方を振り向き、軽く会釈してから馬車へと乗り込んだ。


 ヒーサが出した許可とは、ティースに対してカウラ伯爵領への帰還を許可したことだ。


 なにしろ、王都で急に結婚が決まり、そのまま挙式という流れであったため、彼女は公爵領への輿入れ、引っ越しをせねばならず、その準備が一切できていない状態であった。


 必要な荷物や連れていきたい者達を選別し、それから公爵領へ来るようにと指示していた。


 そのため、途中からは別行動になるので、乗り込む馬車が違うというわけだ。


 ヒーサも馬車に乗り込み、それに続いて、ヒサコ、テアも乗り込んだ。


 三人が馬車に乗り込み、扉が閉まるのを確認すると、ゼクトが御者や護衛に合図を送った。


 パシィッという馬への鞭入れと同時に馬車が進みだし、護衛もまたそれに続いた。



「実り多き遠征であったな。まあ、我々の戦いはまだまだこれからであるが」



 得たもののことを思えば、思わずニヤつきたくなる状況であった。


 自らの名声、麗しき花嫁、宰相との懇意、可憐なる魔王、それらすべてが今回の報酬である。


 笑いが止まらんな~、それがヒーサの偽らざる思いであった。

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