2-46 女伯爵の提案! 大神官を異動させる方法!(前編)

「公爵、また妹の相手をしてやってくれないか。たまには、でよいから」



 ジェイクとしては、悩みの種となっている妹の精神安定に繋がればと考えていた。


 ヒーサは誰も心を開かないアスプリクを、いとも簡単に手懐けてしまった。


 その手腕には大いに期待が持てるし、懇意を通じておいて損はない、と。



「それは構いませんが、毎度王都に来るのが手間ですな」



「ああ、それは分かっている。だが、妹が初めてできた友達なのだ。その関係を続けていってほしい。兄として、いささか妹には思うところもあるのでな」



「閣下、失礼な物言いですが、身内と為政者、どちらかを取らねばなりませんぞ。アスプリクはもう“大人”なのですから、甘やかしてばかりだけではなりません」



「それを言われると辛いな。甘やかしているのか、私は」



「はい。一人の大人の女性として扱うべき、そう具申いたします」



 ヒーサの直言はジェイクにグサリと突き刺さった。


 王国宰相と教団の大神官、どちらも公職にある身の上だ。まずは公にどうするのかという点に思いを巡らさねばならない。


 しかし、ジェイクには妹に対して負い目がある。


 ああも性格が歪んでしまったのは、その原因が自分を含めた身内にあると考えているためだ。


 どうにかしたいと考えつつも、取っ掛かりすらなかったのが今までであった。


 しかし、ここにヒーサと言う変化の兆しを与える者が現れたのだ。


 これを逃しては、次に関係修復の機会が訪れるのはいつになるのか。それがジェイクを焦らせていた。



「とにかくだ、公爵。あの子の傷を癒せそうなのは、恥ずかしい事ながらお前しかいないのだ。無理を承知で頼む」



 ジェイクのヒーサに向ける眼差しは本気も本気であった。


 為政者としては淡々と接しなければならないが、兄としては妹が心配でならない。


 そう訴えかけており、ヒーサとしても“思案”のしどころであった。



「まあ、出来る限りの事は致しますが、公爵領と王都、あるいは教団本部を行き来するのが、いささか面倒ですな」



 王宮に仕える廷臣でもないので、王都に貴族が訪問するのは稀である。


 何かしらの案件で王都に立ち寄るか、あるいは年に一度の『五星教ファイブスターズ』の祭典である『星聖祭』の時くらいだ。


 それ以外の時は自身の領地の経営に携わって、土地を開発するのが貴族の普段の生活だ。


 一方、アスプリクは教団幹部である大神官だ。王都の大聖堂か、教団本部のある『星聖山モンス・オウン』のどちらかにいて、仕事がある際に出掛ける、という状態である。


 そのため、普段は接点が乏しいと言える。


 無理に会おうとすれば、それぞれの職務に支障が出るのが明白であり、安請け合いはできなかった。



「それでしたらば、一つご提案がございます」



 二人の側に控えていたティースが二人の会話に割って入ってきた。どんなことを提案かと興味があったので、二人はそちらを振り向いた。



「シガラ公爵領に、大神官様の身柄を移してはいかがでしょうか?」



「発想としては悪くない。だが、教団側がすんなり手放すとも思えんな」



 ジェイクの発言も当然であった。


 教団の役割として、時折現れる悪霊や魔獣の討伐と言うのも含まれている。普段の儀式に加え、それらを退治するのが、現場の神官の職務の一つに数えられているほどだ。


 その中でも、アスプリクの実力は飛び抜けており、これまで葬って来た化け物の数も質も群を抜いていた。これを公爵領に常駐させるなど、当地に“魔王”でも復活しない限りは不可能な案件であった。



「はい、閣下の仰るとおりです。しかし、大きな利益が見込めるのであれば、案外首を縦に振るのではありませんか?」



「ふむ……。教団の連中が納得するような、大きな利益とは何かな?」



「無論、金です」



 ティースの一言にジェイクどころかヒーサも笑い、危うく吹き出しそうになった。


 はっきりと言ってしまえば、教団は金にがめつい連中なのである。普段の貢納金に加え、化け物退治も“お布施”前提で話が進められるのが常だ。


 しかも、世に存在する術士の大半な教団に属し、はぐれ者は異端者として処分される。それは、化け物退治の“商売”を、教団が独占するために他ならない。


 小鬼ゴブリン豚人間オークなどの亜人族デミヒューマンならば、各地の領主の持つ戦力で対応できなくもないが、術士がいなくてはどうにもならない相手と言うのも存在する。


 そうした連中に対しては教団の力を頼らざるを得ず、足元を見て“お布施”を吹っかけてくるのだ。


 そんな事情もあるため、教団の評判はすこぶる悪い。まとう法衣が豪華なることも、すべては方々から巻き上げた“金”があればこそだ。


 ティースの発言は、そうした含意を込めた皮肉でもあった。



「ヒーサ、あなたが考えている新事業には、優秀な火の術士が必要なのでしょう? ならば、火の大神官であるアスプリク様が最適ではありませんか?」



「まあ、それはな。しかし、まだ準備段階でもあるからな。いきなりご登場願うのもどうかと思う」



 茶葉の温室栽培、それがヒーサの目標であり、野望なのだ。喫茶文化を世に広め、お茶なしでは生きられない体に作り変えてやる、とまで心中にて意気込んでいる状態だ。


 しかし、それにはなにはさておき、エルフの里から茶の木の種を強奪してくる必要があった。それがなくては、そもそもスタートラインにすら立てないのだ。



「ヒーサの言う通り、事業の展開には必要ですが、まだ早いでしょう。そこで、『六星派シクスス』の隠れた拠点が公爵領付近のどこかにあるという、“嘘”の情報を流すのです」



 ティースの大胆な提案に、話に聞き入っていたヒーサもジェイクも驚いた。真面目一辺倒かと思いきや、まさかの教団相手に偽報を仕掛けるなど、まともな発想ではないからだ。



「異端共には教団も神経をとがらせているし、今回の事件のこともある。調査団なりを、公爵領に派遣する可能性はあるな」



「はい、閣下の仰る通りです。ならば、先手を打ってこちらの動かしやすいように、偽の情報をあらかじめ流しておくのです。あとはその派遣される一団の長に、大神官様を当てれば良いのです」



「なるほど、面白い。多少は“鼻薬”を嗅がせておく必要はあるだろうが、良い提案だ」



 ジェイクはティースの案に賛意を示し、それからヒーサの方に視線を向けた。これを承認するかどうかは、新事業を手掛けるヒーサの決断次第だからだ。


 ヒーサは顎に手を当て、少しもったいぶるように思案に耽り、そして、口を開いた。



「ティースの案の是としよう。彼女の身柄を公爵領に移せるよう、手を打とうか」



「あ、ありがとうございます!」



 ティースはすんなり自分の案が通ったことが嬉しく、つい勢いよく頭を下げた。その光景がいじましくもあり、健気にも見えたので、ヒーサもジェイクも笑い出した。


 ティースも少しばかりはしたなかったと反省し、顔を赤らめた。



「よしよし。そうと決まれば、そのつもりで動くとするか。教団へのテコ入れは任せておけ」



「非常に助かります、閣下。新事業が上手くいきましたら、閣下にもご覧いただきたいので、その際は是非にも公爵領にお越しくださいますように」



「おお、いいとも。期待しているぞ」



 ジェイクは二、三度ヒーサの肩を叩き、上機嫌に去っていった。


 ヒーサとしては、ティースの提案は渡りに船であった。


 アスプリクの身柄をできれば公爵領に移動させたいとは考えていたが、根回しには時間がかかると考えていた。


 ところが、王国宰相と言う願ってもない賛同者が現れたのだ。



(中央への工作がこれでやり易くなった。宰相との付き合い方次第で、今後の展開が変わる。良い提案であったぞ、ティース)



 武芸一辺倒かとおもいきや、意外と機転が利くなと、ヒーサのティースへの評価が大きく変わった瞬間であった。

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