2-45 孤軍奮闘! それでも女伯爵は諦めない!

 梟雄ヒーサ魔王アスプリクと友情を育み、女神テアが苦悶にのたうっていた同時刻、王宮の広間にて催されていた宴の席では、カウラ伯爵ティースが駆けずり回っていた。


 ここ数日、夫たるシガラ公爵ヒーサと共に宴の席に出席しては、貴族や名士などと顔繋ぎや交流を深めることに終始していた。


 そのときの反応は、はっきり言ってティースにとっては屈辱以外の何物でもなかった。


 ティースに向けられる視線は、どれも哀れみや蔑みばかり。たまに同情的に見てくる者もいるが、ティースの立場を理解してくれる、あるいは理解しようとしてくれる者はいなかった。


 ティースは悔しかった。そこまで自身の伯爵家の家名が、名声が、地の底まで落ちていたことを、嫌と言うほど味合わされたのだ。



(分かっていたし、仕方のないこととはいえ、やはり歯がゆい)



 ティースは特にこれといったやらかしをしていないにも拘らず、その評価は低い。父ボースンがやったとされる毒殺の一件が、あまりにも伯爵家への心象を悪くしてしまった。


 異端宗派『六星派シクスス』に皆の目が行ったとしても、最初にこびりついた印象と言う物は、なかなかに頑固で落ちないものなのだ。


 無論、ティースは父のことは今でも冤罪だと思っているし、その罪を晴らすことは諦めていない。



(そう、すべてはあの“村娘”が鍵を握っている。公爵家に嫁ぐのも、あれの捜索のため。探し出して捕らえることができれば、すべての汚名を晴らすことができる!)



 そう信じればこそ、今も作り笑いを浮かべつつ、出席者と心無い談笑を繰り返しているのだ。


 我慢、忍従、その先に開放が待っていると信じているからこそだ。



「ティース殿、少々お疲れ気味のようだが、大丈夫かね?」



 そんなティースに声をかけてきたのは、王国宰相のジェイクであった。


 ジェイクは国王フェリクの次男であり、老いで衰えた父、病弱な兄に代わり、国政を切り盛りしている人物だ。文武両道に優れ、人望、実績ともに申し分なく、次期国王に事実上内定している。


 そんな人物がわざわざ気遣って話しかけてきたのである。ティースは恐縮気味に恭しく頭を下げ、その心遣いに感謝を示した。



「宰相閣下、わざわざのお声かけ、恐縮にございます。席を外しております、夫ヒーサに代わりまして、お礼申し上げます」



「ふむ、その公爵殿がうちの妹となにやらお話し中のようだが……」



「はい、先程、一緒に退出なさいました。なにやら商談があると」



 その商談の具体的な内容は、ティースも聞いてはいなかった。ただ、公爵領で計画中の新事業に火や熱を使う術士がいると聞いていたので、それに関わることだろうことは推察できた。


 ジェイクの末妹アスプリクは火の神殿の大神官であり、国内でも最高の術士の一人だ。話をまとめておきたいことも多々あることだろうと、ティースは考えていた。



「また、面倒事を起こしてくれなければいいがな」



 さりげなく漏れ出たジェイクの言葉は、妙によそよそしかった。血の繋がった妹への愛情や心配を感じさせない冷たさを感じた。


 年の離れた妹であるし、可愛いものではなかろうかとティースは考えていたが、どうやら方々で聞く数々の悪い噂は本当のようだと実感した。



「閣下、失礼な物言いかもしれませんが、妹君とは仲がよろしくないのでしょうか? 先程も、御身に嫌味を言っておられたようですが」



「恥ずかしい限りだよ。身内のバカバカしい諍いを見られるのはな」



 そう言うと、ジェイクは手に持っていた杯の中身を一気に飲み干し、フゥとため息を吐いた。



「あれは紛れもなく天才だ。術の才もあるし、頭の回転も速い。その点では評価している。しかし、あれは感受性が高すぎるのだ。“大人”の考えが分かってしまう“子供”なのだ。見えてしまうからこそ、自分の心を閉ざし、誰にも心を開こうとしない」



「こう言ってはなんですが、周りの大人が今少し配慮すべきことだと思います。いくら国内屈指の術士であったとしても、その身は少女なのですから」



「まったくもって、伯爵の言う通りだ。私もな、本来はあの子をもっと静かな場所へと考えていた。十歳まではこの王宮に住み、兄妹として過ごしてきたのだからな。文字通りの意味で、手を焼いたものだよ。まあ、教団の連中があの子を修行の名のもとに色々といじくりまわしていたし、それを止められなかった点では、私は罪深い。あの子の嫌味の一つや二つは許容するさ」



 気を遣うところは使っているという感じであったが、それでも一歩引いてしまうのは、あの桁外れの才覚のせいであろうかと、ティースは考えた。あちこちで火事を引き起こし、誰からも煙たがられ、才能だけを利用される。


 あれでは、性格が歪んでしまっても無理はない。


 どうしたものかと悩んでいると、広間の入口の方がにわかに騒がしくなった。何事かとティースとジェイクが視線をそちらに向けると、ヒーサの姿を確認できた。


 ようやく帰って来たかと二人は安堵したが、その次に飛び込んできた光景があまりに予想外のものであったため、体も思考も固まってしまった。


 というのも、二人に近付いてくるヒーサの脇にどういうわけか、アスプリクがしっかりと抱きつき、並んで歩いていたからだ。


 なお、その後ろをテアと、改めて生成したヒサコが続いていた。


 当然ながら場の空気は完全に凍り付いた。そして、その場の全員が思った。



(あれ? 火の大神官って、あんなに可愛かったっけ?)



 可愛らしい年相応の少女が浮かべる満面の笑みに、誰しもが困惑した。少なくとも、広間を出ていったときは、間違いなく刺々しい気配を放ち、周囲を威圧するような鋭い視線をぶつけていた。


 それが完全に消えてなくなっていたのだ。


 そして、ヒーサは白無垢の少女とともにジェイクの前に進み出て、軽く会釈した。



「宰相閣下、お待たせいたしました。お預かりしていたアスプリク様をお返しいたします」



「お、おう」



 当然、ジェイクも混乱の極みにあった。あのぶっきら棒な妹が、こうも可愛くなって帰って来るとは夢にも思わなかったからだ。



「公爵、君は一体、どんな魔術を用いたのかね?」



「殻に閉じこもっていた少女を優しく抱きしめ、心の扉を開けただけですよ」



「そ、そうか。それは何よりだ」



 比喩的な表現も含まれているだろうが、妹の棘がなくなっているのは事実であるし、ヨシとした。


 なお、二人の間で自分を追い落とす謀議が交わされていたなど、露とも感じてはいなかった。


 そして、今度はアスプリクがヒーサから離れ、屈むように手で合図すると、ヒーサは膝を曲げ、目線が少女と同じ高さになるようにした。


 おもむろにアスプリクはヒーサの首に手を回し、その頬に軽く口付けをした。


 少し気恥しそうに、少女は友達以上の恋人未満な貴公子を見つめた。



「公爵、今日は楽しかったよ。神に感謝したのは、あるいは初めてかもしれない。君に出会えたことを、祈りを捧げて感謝したい気分だよ」



「では、神の御加護があらんことを」



 どの神に祈るのやらと考えつつ、ヒーサはポンポンとアスプリクの頭を軽く撫で回すと、少女はもう一度口付けをして、ササッと走り去ってしまった。


 なお、反応に一番困ったのはティースであった。明らかな夫の浮気現場に遭遇したのであるが、相手が小さな女の子とあっては、さすがに咎めることを躊躇せざるを得なかった。



「ああ、ティース、これは失礼。あの子とは、友達になる約束をしただけだよ。もっとも、どの程度のお友達なのかは、正直分からんが」



 ヒーサ自身も困惑しているようなので、ティースとしても責め立てるわけにはいかなかった。少女の抱く年上の男性への敬慕、くらいに思って流すことにした。



「公爵、本当に君はどうやったのか、教えてくれ」



「閣下、私としても何と答えてよいやら。誠実にお話ししていただけなのですが、すっかり懐かれてしまいまして」



 なお、その誠実に話していた話の内容は、国家転覆どころか、世界大戦にまで発展しかねない物騒なものであったが、それを咎められる輩はこの場にはいなかった。


 何しろ、話した内容を知っているのは、英雄(外道)、女神(見習い)、魔王(容疑者)だけだからだ。



「すぐにでも法衣を捨てて、還俗する、そして結婚する、とまで言われましてな」



「それはいくらなんでもまずいだろう」



「はい。ですので、丁重にお断りしましたが、生まれて初めての、お友達にはなりましたよ」



「生まれて初めて……か」



 ジェイクとしては感慨深い言葉であった。


 容姿、才能、立場、すべてがアスプリクから同年代を遠ざける要因となっていた。寂しい時間を過ごしてきたのも、まさに友人と呼べる存在がただの一人もいなかったことに起因すると言ってもよかった。


 ところが、思わぬところからそれが解消されたのである。ジェイクとしても、その手にした友人と言う立場を維持してほしいと考えた。


 周囲全員の精神衛生上の理由からであり、なにより妹が少しは落ち着いてくれるためにもだ。



(この若き公爵とは懇意を通じておく必要がある)



 ジェイクは自身の為にも、あるいはなにかと手のかかる妹を落ち着かせるためにも、ヒーサと仲良くしておこうと決意した瞬間であった。

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