2-44 墓荒らし! お茶のためならなんでもするぞ!

「よっしゃ! やはり妖精の国は天竺てんじくであったか!」



「天竺て、あんた……」



 喜びのあまり絶叫するヒーサに、テアは呆れかえるばかりであった。


 嬉しさのあまり白無垢の少女を振り回すバカは、テアには完全に狂ったとしか思えなかった。たった一枚の茶葉を求めてここまで突き詰めれるとは、全く未知で、理解の及ばぬ世界だ。


 アスプリクも生まれて初めての友人がここまで喜んでくれることには、自分自身も嬉しい気持ちで満たされてくるが、さすがに目が回り始めたので下ろしてくれと手でペチペチとヒーサの手を叩いた。


 ようやく正気を取り戻したヒーサは、二度三度深呼吸をして気持ちを静めた。



「まあ、君が喜んでいるのはいいにしても、問題は茶の木だよ。あれははっきり言って、エルフの里から最も持ち出すのが難しい物なんだ」



「ほう……」



 ヒーサにしても興味津々だ。なにしろ、探し求めていた品のことである。当然、どんな状況であろうと手にれるつもりでいるが、その難しいと言われる内容は気になるところである。



「まあ、実際に僕が見たわけじゃないんだけど、母の手記によると、茶の木というのは、エルフ族にとっては“墓標”と同義なんだ」



「ほほう。つまり、エルフは茶の木を墓にしていると?」



 意外な回答に、ヒーサは目を丸くして驚いた。


 確かに、樹木を墓に見立てることもあるにはあるが、まさかそれを茶の木で行っているとは意外なことであった。



「エルフは死ぬと、その遺体を茶の木の下に埋める。そして、葉を採取し、葉を煎じて、それを水に溶かし込む。茶葉の煮汁が死者と生者の橋渡しとなり、魂が結合して一体となる。これがエルフの葬儀であり、祭礼なんだって」



「なるほど。言わば、茶の木の御神木と言った風情か。喫茶の文化と葬祭が合一したもの、それがエルフの茶の湯か」



 なるほど、そういうのもあるのかと、ヒーサは素直に感心した。


 かつての世界ではもてなす主人と招かれた客が茶や回りの景色を楽しみ、会話に華を咲かせた。


 それが先祖供養と一体化したのが、この世界の茶の湯。そうヒーサは理解した。



「まあ、だからと言って、エルフの流儀に合わせてやるつもりはないがな。どうにかして、種や葉を奪い取る手段を考えねばな」



「言うと思った」



 テアはやれやれと言わんばかりに首を横に降った。何しろ、今の会話から、問答無用で“墓荒らし”をやります。ヒーサはそう宣言したに等しいからだ。



「あのねえ、ヒーサ。死者への弔意とか、聖域への敬意とかないわけ?」



「聖域? ああ、生臭坊主の住処のことか。都を鎮護する聖域だの、清き尊き教えだのと宣い、全国の寺から銭を集め、己らは贅沢三昧。戒を破り、享楽に更ける阿呆ども。ゆえに信長まおうが道を正して、業火に沈めてやったのだ。この点は、あやつと珍しく意見の一致を見ている。もっとも、その一事を大きく喧伝し、魔王の名を確固たるものに仕立て上げたのも、私ではあるがな」



 比叡山延暦寺焼き討ち、誰も手が出せなかった京の鬼門封じの聖域を、織田信長は焼き払った。直接的な原因は織田家の敵対勢力を匿い、退去命令を無視した結果、攻撃を加えられたのだ。


 あれにはさしもの乱世の梟雄も度肝を抜かれ、そして、その悪名を広めるのに一役買ったものであった。


 だが、あの信長うつけはまといし魔王の衣を着こなした。あれほど魔王の二文字が似合う輩も、二度とは出会うまい。


 なにしろ、この世界の魔王は、目の前の白無垢の少女だと言う話だ。不気味さと言う点では悪くない素材だが、威厳風格では明らかに見劣りする。


 ならば、もっとそれらしく“ぷろでゅーす”してやるのも一興ではなかろうか。ヒーサはニヤリと笑った。



「アスプリク、エルフどもを劫略し、魔王この世にありと、知らしめてみようぞ」



「あは♪ なんだか面白そうだね!」



「あの能無し女神が言うには、お前は魔王らしいからな。私がお前を一流の魔王にしてみせよう」



「わーい、公爵、よろしくね!」



 無邪気に笑う魔王の少女と、その頭を優しく撫でてやる転生者プレイヤー。はっきり言って、テアにとって、今まで見たことのない光景であった。


 世界の歪みに集う闇の落とし子たる魔王と、それを打ち倒すべく呼び込まれた転生者プレイヤー、この両者が慣れ合うなど、本来ならあってはならないのだ。



(もしかして、【大徳の威】が魔王にまで効力を及ぼしている!? “倒す”のではなく、人徳を以て“丸め込む”ていうこと!? 可能なの、それ!?)



 その仮説が正しいのであれば、まさに今までにない快挙と言える。


 本来、斥候役は戦闘にはそれほど貢献できないので、あくまで手早く魔王を探すことに全力を注ぎ、いざ本格的な戦いになったら、他の戦闘役に任せて牽制役に終始するのが常であった。


 しかし、もし魔王を見つけ、魔王を“手懐けて”しまえば、それにて終了。


 戦わずに勝つ、という孫子の兵法における最上の勝利なのだ。


 そして、ヒーサの内には、スキル【手懐ける者】が存在する。発動条件は厳しいが、こなせば相手を支配下に置くことができる。


 思考をそこまで進めたところで、テアの視線は改めてヒーサを注視した。馴れ馴れしく抱き付く魔王(と思われる)アスプリクと、それを愛娘でもあやすかのように慈しむヒーサがそこにはいた。


 そう、この光景と、ヒーサの持つスキルを考えれば、もう“王手チェックメイト”に入る段階まできているのだ。



(荒んだ人生を歩んできた少女の魔王に言葉巧みに近付き、心の隙間に入り込む。その閉ざされた心に【大徳の威】という光を当て、その刺々しい魂を解きほぐす。そして、徐々に手懐け、自身の支配下に置く。ああ、完璧な計画、隙のない策略、これが乱世の梟雄が出した答えなの……?)



 魔王を手懐けるなど、前代未聞の出来事だ。これ以上にない完全勝利といえるだろう。


 だが、テアは見てしまった。少女を撫でる男の顔が、欲望によって歪みに歪んでいることを。到底、大徳を携えし名君には見えなかった。



(あ、これ、絶対嘘だわ~。調子のいい事言ってたけど、これ口から出まかせ吐いてるわぁ~。どう見ても、お米かっ喰らって、梅干し齧って、味噌汁すすって、最後にお茶飲みたいだけだわ~。いい加減にしろ、日ノ本人! 騙されるな、私! こいつはどこまでも己の欲望に忠実なクソ野郎よ!)



 女神の視線の先には、ゲスい笑みを浮かべる乱世の梟雄が、非行少女を宥めすかしている。


 福祉などと生易しいものではない。己の欲望を満たすために、あやしているのだ。


 どこまで行こうと、下衆は下衆。欲望に忠実な男である。その怪しく笑う瞳には何が映っているのか、それは当人以外誰にも分からない。

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