悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
2-43 発見! この世界にも茶の木はある!
2-43 発見! この世界にも茶の木はある!
部屋には再び静けさが戻って来た。
魔王(と思われる)の力を有する背徳の神官アスプリクと仲良くしようとすることに腹を立て、テアがヒーサを責め立てたのであるが、まるで反省も撤回の意思もなし。あくまで、我欲を通そうとした。
ヒーサの感覚で言えば、エルフの里には文字通りの宝の山があるのだ。それを是が非でも手に入れようと知恵を絞り、アスプリクと意見の一致を見た。
だが、魔王と慣れ合うのを良しとしないテアは、アスプリクと手を切れと何度もヒーサに言うが、聞き入れるつもりは皆無であった。
「だって、こいつと手切れをしても、何の益もない。こちらが欲する物の情報を握っているのだ。当然、仲良くせねばなるまい」
これの繰り返しである。
一方のアスプリクにしても、生まれて初めてできた“トモダチ”としてヒーサを見ており、すっかり懐いてしまっている。これを引き剥がすのも困難であった。
「母がね、旅人だったんだ。だから、あちこち回った場所や地元の名産品、そうした情報を手記に残していたんだよ。だから、色んなことを知ることができたんだ。もちろん、その中には公爵が興味を持たれている、エルフの風俗や産物についてもね」
「素晴らしい! 母君には感謝だな!」
ヒーサの手が小さなアスプリクの頭を撫で、少女は嬉しそうに微笑む。誰も彼もが少女の力や容姿を恐れたり蔑んだりする中、ただ一人、動じることなく接してくれる男が現れた。それがたまらなく嬉しいのだ。
「エルフの食べ物なら、僕も気になるのがあるな。トーフ、だったかな。豆から抽出した乳を固めて食べるんだそうだ」
「おお、豆腐もあるのか! エルフの食事情は素晴らしいな!」
「僕は
「なるほどな。いわゆる精進料理と言うやつか」
ヒーサはますますエルフの風俗に興味を持ち始めた。しばらくご無沙汰していた懐かしの味を楽しめる、その可能性が見えてきたからだ。
「……豆、大豆、おお、味噌! 味噌と言う物はないか?」
「ああ、あるね。大豆を腐らせて作る、めちゃくちゃ臭いやつだね。煮溶かして
「うぎぎぃぃぃ! 味噌もあるぅ!」
いよいよ感極まってきて、ヒーサの叫びも更に大きくなった。普段の姿からは想像もできないほど興奮しており、テアは思わず後ずさりした。
(ひえぇっ! 狂った!? ……あ、元々か)
そう、目の前の男はどこまでも欲望に忠実。お気に入りの“ボロ鍋”を捨てられてしまっただけで、神にすら躊躇なく殴りかかってくる。そういう男だ。
(そういえば、あれ、『
狂うように叫び踊る相方を見ながらしみじみ思うのであった。
「公爵は評議国が随分と気に入ったみたいだね」
「おお、もちろんだとも! ああ、そうだ。かの国には、別の種族がいて、合議制で国をまとめてるのであったな!?」
「そうそう。評議国の三大種族、
「多少のいざこざなんぞ、共通の敵がいれば鳴りを潜めるものだ。利害こそ、同盟の潤滑油であり、裏切りの導火線でもあるしな」
なにしろ、かつての自分が人心を操り、あるいは隙間に入り込んでは、離合集散を繰り返し、のし上がっていったのであるからだ。そして、自分を焼いた信貴山の炎もまた、部下の裏切りによってもたらされたものだ。
「でさ、エルフは征服するのは確定しているみたいだけど、他の種族はどすうるの?」
少しばかり物思いに耽っていたヒーサに、アスプリクは悪戯っぽく尋ねてきた。子供ゆえの無邪気さか、あるいは明晰ゆえの打算か、判断に迷うところであった。
しかし、ヒーサはそれを笑顔で返した。これほど話して楽しい相手は久々であるからだ。
「欲しいものがあるなら、貰いに行くまでよ。ドワーフは職人気質で、鍛冶などが優れていると聞いているが……」
「うん。鋳物作りは、ぶっちぎりでドワーフの技術が優れているね。金属製品が欲しいなら、あそこに頼むのが一番だ」
「ふむ……。茶釜を作る際には、そこに依頼するのが無難か。堺や国友の
刀剣に鎧兜、鉄砲に茶道具、依頼すべき案件が多い。冶金、鋳造はまさに工業の根幹の部分なのだ。
それを司る職人ならば、丁重に扱う必要もある。エルフのように奪い取ればよいというわけではない。技術は簡単には盗むことも奪うこともできないからだ。
「食べ物が気になるなら、
「……こ、米!? 米もあるのか!」
妖精の治めるネヴァ評議国が、ヒーサにとってはもはや宝の山にしか見えなくなっていた。自分が欲するかつての日ノ本の食材、その多くがたった一つの国境を跨いだあちら側に存在するというのだから。
「あの~、もしもし、もしかしなくても、妖精さんの国に攻め込んじゃう?」
「当たり前だよな!? こんなお宝、見逃す手はない!」
「言うと思った。でも、止めた方がいいわよ。人間よりも、優秀な種族だから」
テアとしてもこれ以上余計な争いごとなど起こって欲しくはないので、止めるのにも力が入った。まし、魔王の口車にのってホイホイ他国に攻め込むなど、狂気の沙汰である。
「エルフは術士や弓使いとして優秀。全員がどっちかの名手と思っておいた方がいい。ドワーフは屈強な体を持ち、腕力勝負ならまず勝てない。グラスランナーは小柄で俊敏な上に、投擲術の達人揃いよ」
「なるほど、手強くはあるな」
「人間は全部を足して三で割ったくらいかしら。明確に勝ってるのって、繁殖力くらいかも」
「では、数はこちらが上と言うわけだな」
全然歯止めになっていない様子であった。目の前の梟雄のことだ。さぞや悪逆非道な手練手管を用いて、罪もない妖精を血だまりに沈めることだろう。
(ほんと、こいつを転生させたのが悔やまれる。これでジルゴ帝国の亜人共まで動き出したら、全種族を巻き込んだ世界大戦にまで発展しかねないわよ。つ~か、魔王討伐すれば済む話なのに、どうしてこうなるのよ!?)
どんどん余計なものに手を出して、深みにはまってく感覚にテアは襲われた。
さっさとこの世界のどこかにいる他三組と合流し、目の前の魔王をぶっ倒して終わりにしたい。テアの心はそんな気持ちでいっぱいであった。
とにかく、目の前のニタニタ笑う戦国の梟雄に振り回されっぱなしである。出会ってこの方、ずっとそうだ。仮にも見習いとはいえ、神たる自分がである。
もう点数とかどうでもいい。さっさとこの欲望の塊みたいな相方とおさらばしたい。ただそれだけだ。
「まあ、我が心の友によって、妖精の国がお宝の山であることは分かった。しかし、あれだけは外せぬ。ゆえに、教えて欲しい」
ガシッとヒーサは力強くアスプリクの肩を掴み、グイッと顔を寄せてきた。今までになく真剣な面持ちに、少女もまた息をのんで、次なる言葉を待った。
「茶は……、茶の木はあるか?」
「……あるよ」
少女の放つ言葉はしっかりと目の前の俗物の心を捉え、嬉しさのあまりそのまま少女の小さな体を持ち上げ、雄たけびを上げながら踊り始めた。
茶の木はある。
それこそ茶人・松永久秀も求めていたものであった。
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