2-42 異議申し立て!? こんな可愛い娘が魔王なわけがない!

 天に向かって上役に呼びかけるも応答なし。


 どうなっているんだと憤激するテアであったが、ヒーサはそれを笑うだけであった。


 そんな無様な姿を晒すテアを眺めているヒーサに、アスプリクが指で小突いてきたので、そちらへ振り向いた。



「ねえねえ、公爵、さっきからの会話で察するに、もしかして、君は異世界からの流れ者かい?」



「いかにもその通りだ。よく知っているな、そんなことを」



 ヒーサはすんなり異世界人であることを認めたが、テアはその一言で正気に戻り、アスプリクを睨みつけた。



「あなた……、なんでそんなことを!?」



「昔の文献からだよ。かつての魔王が討伐された際、“四人”の英雄がいたそうだ。そして、彼らはここではない、別の世界からやって来た、とね」



「……消し忘れのデータが残っていたのか」



 テアは冷や汗をかき始めた。


 異世界『カメリア』は神の試験場であり、見習い神の実力を計るために設計され、何度も作り変えられたり、あるいは初期化されたりした世界である。



 おおよそ、難易度がAランクになるように設定され、何度も“使い込まれた世界”だ。



(もしかして、使い込みが過ぎて、いよいよガタが来たってことかな。消したはずのかつての記憶が、世界に残っているなんて、それ以外は考えられない。あるいは、それすら実力を計るための物差しにして、この状況を上位存在はあえて無視を決め込んだか……)



 などと考え事をしていると、部屋の空気が一気に熱を帯び始めた。理由は簡単。アスプリクが魔力を放出し、それによって空気が熱を帯び始めたのだ。



「そうあんだぁ~。なら、僕が“魔王”だと目星を付け、君らが接触を図って倒しに来たってわけかぁ~」



 アスプリクの赤い瞳が怪しく光り始める。返答次第で、文字通り消し炭にしかねないほどの魔力と殺意が辺り一面に充満した。


 しかし、ヒーサは全く動じず、殺意マシマシなアスプリクの肩に手を置いた。



「その点は安心しろ。私はお前を討伐するようなことはしない。“共犯者おともだち”だろ?」



 その言葉を聞いて、アスプリクは無秩序に垂れ流していた魔力と止めた。なぜなら、目の前の男は、生まれて初めての友と呼び合える存在は、嘘を言っていないからだ。


 アスプリクは他人の感情の動きに殊更敏感であった。なにしろ、生まれてこの方、向けられた視線は恐れと蔑みだけであった。


 無論、笑って話しかける者もいたが、それは偽りであり、程度の低いおべっかやごますりでしかない。


 ゆえに、他人の嘘はわりとすぐに分かる。嘘をつく人間の匂いは、嫌と言うほど嗅いできたからだ。


 しかし、目の前の友人からはそれがしない。恐らくはこの友人も嘘つきなのだろうが、それでも今はその匂いがない。自分に対してだけは、紛れもなく正直に話してくれている。そう感じた。

 


「おぉ~、心の友よ~」



 そう言って、アスプリクはヒーサに飛びついた。しっかりと抱きつき、顔を胸に埋めると、ヒーサは白く滑らかな少女の髪を、指で梳くのであった。



(でっかい魔王と、ちっこい魔王がじゃれついてるようにしか見えんな~)



 などとのんきな事を考えている場合でもなかった。どうにかして、二人を引き離し、止めねば女神の名が廃るというものだ。



「もしも~し、公爵様~、魔王と仲良しこよしでいいんですか~?」



 テアの呼びかけに対し、ヒーサは振り向き、アスプリクは無視して頬ずりを続けた。


 埒が明かぬとテアはヒーサの襟首を掴んで引き剥がし、部屋の隅まで無理やり引っ張ってヒソヒソと耳打ちを始めた。



「あんたねぇ、もう少し真面目にやんなさいよ! 状況分ってる!?」



「何か問題かね、“共犯者”よ。魔王と仲良くしていけない、そういう取り決めはしていないはずだが?」



「そりゃ、そうだけどさぁ」



「いいか、女神。『時空の狭間』で交わした約束は、『カメリアの魔王を探索すること』だぞ。見つけた魔王をどうするのかは知らんが、見つけたからには好きにさせてもらうぞ」



「……ちっ、気付いてたか、やっぱ」



 実際、ヒーサの言うことは正しかった。あくまで交わした約束は、魔王を“探索”することであって、“討伐”することではないのだ。



「やはりこうして、魔王を見つけてみて思ったが、まだ伏せていることがあるな。まあ、言わずとも分かるがな。もし、魔王を倒すことが目的なら、探索ではなく討伐とでも約を交わせばよい。しかし、そうしなかったということは、何かしらの前段階ということか。例えば、調べる役目と倒す役目、別の異世界人を呼び寄せている、とかな」



「……正解。ほんと、理解力、洞察力が半端ないわ」



 テアはお手上げと言わんばかりに諸手を上げて首を横に振った。改めて、目の前の男の抜け目のなさに驚かされたのだ。



「さっき、そこのちっこいのも言ってたけど、一度の降臨で、“四人”の英雄が立ち上がって魔王を倒すって設定になってるの。もちろん、その四人の後ろにはそれぞれ別の神(見習い)がいるわ。で、魔王を見つけて倒すまでの“貢献度”で、神(見習い)の評価点が左右されるってわけ」



「なるほど。つまり、似たような存在が、他にも三組いるというわけか」



「あぁ~、でも、与えられた役目が違うわ。四人のうち、一人は斥候スカウト、他三人が戦闘要員アタッカーって感じになるから。で、今回の斥候役が私の組なのよ」



「それゆえに“探索”と言ったのか」



 前々から気になっていたことが、ようやく確たる言葉となって現れたので、ヒーサとしては胸のつっかえが取れた気分になった。


 同時に、魔王討伐をするつもりもなくなってしまった。



「やはりダメだな。私は魔王側につくぞ」



「ちょっと話聞いてた!?」



「聞いていた。その上での判断だ」



 そう言うと、ヒーサは話はこれまでとばかりにテアと離れた。


 そして、二人のヒソヒソ話をしている間、黙って待っていたアスプリクを抱き寄せた。


 突然の抱擁に少女は驚いたが、どういうことか心も体も温まる抱擁に妙な安心感を覚え、自分もしっかりと抱き返した。


 そして、ヒーサはまた何度か頭を撫でた後、テアの方を振り向いて睨みつけた。



「こんな可愛い娘が魔王なわけないだろ!」



「……本音は?」



「梅干し食べたい!」



「もう二度と喋んな!」



 またしても女神の絶叫が虚しく響き渡る。


 どこまでいっても、今回の“共犯者あいぼう”はやはり欲望に忠実な男であると思い知らされたのであった。

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