2-41 傍若無人! エルフを狩り立てよ!
「まな板ぁぁぁ! 梅干しぃぃぃ!」
ヒーサの大絶叫が響き渡った。
ひとしきり大はしゃぎしたところで、ヒーサはようやく正気に戻った。見ていたテアやアスプリクを唖然とさせるほどの無様な踊りであったが、それほどまでに喜ばしい情報を得たからだ。
「いや~、まさか、“まな板”と“梅干し”が存在していたとはな。重畳重畳♪ この世界も捨てたものではないな♪」
「そんなに狂喜乱舞するほどなの?」
ヒーサが狂ったようにしか見えなかったテアは、聞き知った物品の価値が分からず、首を傾げた。故郷の味なら懐かしむ気持ちもあるだろうが、先程の踊りはそれを遥かに越す表現であった。
「まあ、はっきり言ってしまえば、カンバー王国、すなわち人間世界の作法は死んでいると言ってよい。それは“まな板”がないからだ。公爵家の屋敷の厨房を覗いてみたが、作業台の上で、まな板も敷かず、直接肉や野菜を切っていたからな。あれはいかん」
食事作法は見るに堪えない次元であったが、調理場もまたそれに匹敵する酷さだとヒーサは断じた。
まな板がなかったため、台の上で直接調理し、それを
一応、使う前と使った後には作業台を磨いていたが、それでもまな板を見慣れているヒーサこと久秀には耐えがたい状況であった。
「古今の作法に通じたる者にとっては、“式庖丁”は身に付けておくべき技能であるからな。宮廷人たるもの、弓術、蹴鞠、庖丁は覚えておかねばならない最低限の教養だ。式庖丁はまな板の上に魚を置き、それを直接触れることなく、庖丁と箸で切り分ける儀式だ。料理好きの光孝天皇が宮中行事として定着させたのが始まりとされる。宮中に留まらず、武家の嗜みとしても広がっていってな。特に、将軍家に仕えておった細川藤孝殿の庖丁捌きは実に見事であった」
こうしてスラスラ教養話ができるあたり、極悪非道の下衆男も、裏を返せば教養溢れる雅な都人、文化人であることが伺い知れた。
ただの外道などではないのが恐ろしいことだと、テアは改めて思い知らされたのであった。
「で、まな板があるということは、箸もある可能性が高い。だいたい、板と箸は一組扱いの道具だ」
「箸……。ああ、二本の棒切れで、物を掴むやつか」
「おお、あるのか! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」
アスプリクの口から箸の存在も明らかになり、ヒーサはまるます気分を高揚させた。
「ククク……、これは早いところ、エルフの里を襲撃して、奪ってこねばならんな」
「待て待て待て」
物騒な台詞が悪そうな笑顔と共にヒーサから漏れたので、テアは慌てて止めに入った。
「そこで“交易する”って選択肢は出ないの!?」
「出ない」
前にも似たような会話をした覚えはあるが、やはりどこまでもブレない男であった。
「交易は難しいかもよ。エルフの社会って、取引は、金銭じゃなくて、物品で行うからね」
「あぁ~、貨幣経済が浸透しておらんのか。では取引は難しいな。よし、奪おう!」
「待てぇい!」
どこまでもブレない戦国の梟雄であったが、女神の威厳にかけて、全力で止めねばならないとテアは感じた。叫ぶ声も、いよいよ必死だ。
「とにかく、荒っぽいことは止めましょう! 罪のないエルフを襲うなんてどうかしてるわ!」
「いや、非はあちらにある」
「どんな!?」
「異邦の地で難渋しているこんな可愛い子を、捨て置いているからな。母方の親戚は何をしている? ほったらかしにしているなら、多少の反撃は喰らって当然よ」
そう言って、ヒーサはポンポンとアスプリクの頭を叩いた。
「どうだ、大神官。これからエルフの里を襲撃して、十三年分の小遣い銭をせびりに行くというのは?」
「おお、いいね、公爵。いい案だ。乗ろう!」
「乗らないでよ……」
なんで出会ったばかりの目の前の二人が、こうまで息ピッタリなのか、まるで理解できなかった。
などとテアが頭を抱えていると、ヒーサは膝を折ってアスプリクと同じ背丈に合わせた。そして、互いに肩を組み、空いてる手でテアを指さした。
「汝、己が欲することをなせ♪」
とアスプリク。
「殺してでも奪い取る♪」
とヒーサ。
どちらも、欲望丸出しの笑顔だ。
息ピッタリの二人の外道な台詞に、とうとうテアもキレた。キッと天を見上げ、そして、叫んだ。
「ちょっと上位存在さぁん! なんかこの世界、“魔王”が二人いるんですけど!? バグってるか、設定ミスってませんかぁ!?」
しかし、声は虚しく響き渡るだけで、特にこれと言った反応を示さなかった。
唖然とするテアに、ヒーサは笑いながら肩を叩いてきた。
「残念だったなぁ~。どうやら上役は問題なしと判断したようだ。さあ、続行だ。エルフの里を略奪しようではないか」
「なんでだぁぁぁ!」
テアは絶叫と共に何度も拳を振り下ろし、側の机をバンバン鳴らせた。
愉快な女神だと、ヒーサは腹を抱えて笑った。
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