2-40 密議! 乱世の梟雄と白無垢の鬼子!(3)

 テアとしては、呆れるより他なかった。


 つい先日、ティースと結婚したばかりだと言う目の前の男。あろうことか、こちらのお姫様に乗り換えると言う雰囲気を出しつつあった。


 控えめに言ってもクズの中のクズである。



「あのさぁ、そのちっこいのを嫁にするとか、数日前に結婚した男の台詞とは思えないんですけど!?」



「いや、だって、女伯爵と王女殿下、どっちがお得かと考えるとな」



「うっわ、最低! クズ! 女をなんだと思っているのよ!?」



「半分は“抱き枕”で、残りの半分は“踏み台”だな」



「あなたって本当に最低のクズね!」



 ブレないのは相変わらずだが、こうまで真っ向言われると寒気すら覚えるテアであった。



「なにより、ティースをまだ試してないからな。試験の結果が出るまでは、特にどうこうするつもりはない。しかし、結果如何では、どうなるかな。前の“抱き枕”は破けてしまったし、今回はちゃんと切り抜けて欲しいものだな」



 冷ややかな視線をテアにぶつけてきて、背筋がぶるりと震えあがった。前の抱き枕とは当然、リリンのことであろうが、彼女と同じことを場合によってはティースにも仕掛けるとぬけぬけと言ったのだ。


 どこまで外道を突き進めば気が済むのか、先が読めなさ過ぎて恐ろしかった。



「え~、公爵ぅ~、僕もそのどっちかなのかい?」



「いいや。お前は私の試験に合格した。どころか、それ以上の提案をしてきた。そんな人物を私はこう呼ぶ、“共犯者おともだち”と」



「わ~い、やったぁ! 生まれて初めてのトモダチだぁ!」



 アスプリクは嬉しそうに飛び跳ね、その勢いのままヒーサに抱き付いた。



「どうだい、公爵。このまま床入りして、朝まで語り明かさないかい? 貧相な体で申し訳ないが、君にならいつでも誘われてもいいかな」



「大胆なお子様だな、おい」



 さすがのヒーサも目の前のチビでガリガリの子供をそうした対象とは考えず、頭を撫でるだけであった。なにより、“女”として食べ応えがないのだ。



「まあ、そのうち大きくなったらな」



「それは厳しいかもね~。僕、母の血が濃いみたいだから、エルフの華奢な体つきになっちゃっててね。成長の余地が残っているかどうか、怪しいところだよ」



「それは可哀そう、とでも言えばいいかな」



「どうなんだろうか。ハッハッ、まな板に梅干しみたいな体じゃ、さすがに興奮しないか。普通の感性の人間の男なら、そうなるか」



 アスプリクは押し当てても感触を伝えられない自らの貧相な体を嘆いたが、目の前の男は違った。ヒーサはいきなり小柄な少女の肩を掴み、顔をグイッと近付けた。


 その目は先程とはまた別の輝きを放つ、欲望に満ちた目になっていた。



「……今、何と言った?」



「人間の男は興奮しないと」



「違う、その前!」



「えっと、まな板に梅干し?」



「それだ!」



 ヒーサの鬼気迫る表情に押され、アスプリクは後ろに下がろうとしたが、ヒーサはしっかりと肩を掴んでおり、逃げ出すことができなかった。



「あるんだな! この世界にも“まな板”と“梅干し”が!?」



「ええっと、ある、よ」



「っっっしゃぁあああああ!」



 ヒーサは諸手を上げて喜び、喝采の声を上げた。


 ようやく見つけた手掛かりだ。ないと思っていた日ノ本の関わる物品が、目の前の白無垢の鬼子からもたらされたのだ。


 この世界に飛ばされて、初めて見つけた日ノ本の品。以前、自分で拵えた箸などではなく、この世界にある日ノ本と同じ品なのだ。


 いよいよ見つけたかと感じ、興奮の度合いは高まる一方であった。


 あまりの豹変ぶりにアスプリクはドン引きし、数歩後ろに下がった。そして、視線を同じく唖然とするテアの方に向けた。



「ねえねえ、侍女メイドさん、この人っていつもこうなの?」



「たまにね。ていうか、興奮したり感動したりする点がなんかズレてるから、この人と付き合いたいんなら慣れた方がいいわよ」



「そうだね。今後は留意するよ」



 二人の見守る中、ヒーサは喝采の声を上げながら踊った。がらんどうとした殺風景な部屋には、いつまでもその喜びの声がこだまするのであった。

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