2-39 密議! 乱世の梟雄と白無垢の鬼子!(2)

「異端派であろうと安寧の内に暮らせる場所を作る」



 端的に言うと、ヒサコこと松永久秀の提案はこうだ。


 かつての世界で見てきた『一向宗』のやり口をまねたやり方であり、彼らのやらかしを考えると怒りたい気分ではあったが、それでもやり方次第では有用であると判断し、心の中にある怒りを宥めすかして目の前の少女に微笑みかけた。



「へぇ~、そりゃまた随分と大胆なお話だね。そんなに『五星教ファイブスターズ』がお嫌いなのかい?」



「まあ、こちらのやりたいようにやっていたら、あいつらが邪魔なのよ。教義だなんだと言って、口を挟んでくるのが目に見えているから」



「そりゃそうだ。あいつらが僕を見る目も、いつもそうだ。表面的には優しくしといて、いつも僕の力を利用しようとするんだ。なにが輝ける五つの星だよ。鬱陶しい! 欺瞞だよ、欺瞞!」



 アスプリクはヒサコの言葉に納得し、もう一度立ち上がって、握手を求めてきた。ヒサコはそれに応じて立ち上がり、また握手を交わした。



(まるで子犬ね。でも、惰眠を貪る老犬よりはマシかな)



 ヒサコははしゃぐアスプリクを見ながらそう思った。力は強大でも、精神はまだまだ未熟。これで“魔王”などとは片腹痛い、それがヒサコの目の前の少女に抱いた率直な感想であった。


 そして、再び椅子に腰かけた。



「それで具体的にはどうするんだい?」



「隠れ潜んでいる『六星派シクスス』を流入させる。新事業の働き手募集、とか適当に宣伝してね。それに乗っかってくれればいい」



「で、徐々に浸透させていく、と」



「それにはあなたの協力がいるの。新事業の内、どうしても火や熱を操るのに長けた術士が必須だから」



「なるほど、それで僕の出番ってわけか。いいよ、燃やすのは得意中の得意だ」



「燃やしてもらったら困るわよ。植物相手の事業だから、加減してもらわないと本当に燃えるから」



 しかし、すべては茶の木が手に入るか否かにかかっていた。エルフの領域に狙いを定めてみたが、本当にあるのかどうか、そこが最大の難題であった。


 いずれ準備が整ったら、偽者のヒーサを置いて、ヒサコの姿でエルフの領域を探索するつもりでもあるし、それ以前に情報の収集もやっておかねばならなかった。



「しかし、公爵、君は本当に面白いな。ここまで気の合う相手は初めてだよ。誰も彼も僕を煙たがるか、あるいはおべっか使ってご機嫌取って、なんやかんや働かせようとする。そういうの、もううんざりなんだよね」



「あたしも、あなたの力を利用するって言ってるわよ」



「そう、それだ。真正面からそれを言われたのが、実は初めてなんだ。だから、なんだか楽しい。嬉しい。面白い」



「余程、寂しくてつまんない人生送ってきたのね」



「でも、君さえ力になってくれるのなら、僕はそれを取り戻せそうな気がする」



 アスプリクはニヤリと笑ったが、周囲の気配は重くなった。魔力を放出し、ヒサコを威圧し始めたのだ。



(友達になってくれなきゃ殺す、とでも言いたげね。なるほど、本当に子供だわ)



 見た目も中身も子供、それでいて術士としては国内最強クラス。これでは扱いに困るだろうなと、ヒサコは苦笑いするよりなかった。


 とはいえ、目の前の少女の力は絶大であり、これを利用しない手はなかった。



「大神官さん、申し訳ないけど、もう一度目を瞑ってくれないかしら?」



「ほいよ」



 アスクリプは言われるままに目を閉じ、ヒサコは再びヒーサに姿を変じた。


 そして、席から立ち上がると、アスプリクの横に立ち、両脇に手を添えて、そのまま持ち上げた。



「ふほぉ~」



 いきなり持ち上げられたアスプリクは驚きながらも歓声を上げ、自分を持ち上げるヒーサを見下ろした。今まで自分に向けられたことのない、優しい笑顔であった。



「契約だ、火の大神官よ。私は『六星派おまえら』が平穏に暮らせる“国”を作ろう」



「代わりに、それ相応の協力をしろ、と」



「悪くない話ではないか?」



「ああ、その通りだ。僕は誰かに顎で使われる生活は、真っ平御免だ。豪華な法衣なんて、見た目が派手なだけで、僕にとっては紐で繋がれた首輪でしかないんだ。脱ぎ捨てたいんだ、こんなのは」



 アスプリクは今自分が来ている法衣を睨みつけた。



「あ、そうだ、脱ぎ捨てるでいいこと思いついた。どうだい、公爵、僕と結婚しないかい? なんならすぐにでも還俗して、夫婦になってもいいよ」



「ほう……」



「おいおいおいおいおい」



 いきなりのアスプリクの提案に、ヒーサは瞬時に色々と頭の中で利害の計算をし、ニヤリと笑った。


 なお、テアは慌てふためき、全力でツッコミを入れるべきか、迷った。



「僕はこの国の国王の血を引いている。その僕と結婚すれば、公爵も王族の一員だ。まあ、認めてはもらえないだろうけど、それなら力づくで“分からせて”やればいい」



「だが、君の魔力が絶大で、腕っこきの『六星派シクスス』を招き入れたとしても厳しいぞ。公爵領と王国では国力が優に三十倍はあるからな」



 無論、“国盗り”のために反旗を翻すつもりではいるが、まだ準備が整っていない。王族の看板は魅力的だが、いきなり掲げては潰されるのがオチだ。



「ああ、確かに手札としては不十分だ。だが、公爵、君には“妹”がいるだろう? それを嫁がせればいい。僕の兄上にね。それも、一番上の」



「第一王子のアイク殿下か。たしか、病弱のため政務には携わらず、保養地でのんびりされているそうだな。彫刻や絵画を嗜みながら」



「そうそう。その空っぽの器にヒサコという猛毒を注ぎ込むんだ。ある日突然、親身なって世話してくれる美女が現れる。徐々に接近していく二人。やがて結ばれる。そして、美女は囁くんだ、『もっと広いお屋敷に住みたい』とね。アイク兄は“妻”を従えて、王城へと返り咲く」



「そして、今は鳴りを潜めている後継者問題を引き起こす、と。ククク……、ヒサコの嫁ぎ先としては、面白い案だ」



 ここへ来て、まさかの“国盗り物語”である。ヒーサの中にいる梟雄の魂が、興奮して蠢き始めた。


 下剋上だ。奪え、何もかも奪ってしまえと、魂がざわめくのだ。



「今はアイク兄は病弱で、政務から引いている状態だから、ジェイク兄が宰相として手腕を振るい、国政を動かしている。しかし、そこへアイク兄が戻ってきたらどうだろうか。長子相続の観点から、人々の目がアイク兄に向く。しかし、実績実力はジェイク兄が上。ああ、国論真っ二つだろうね」



「そこへ私も参戦する、と。なにしろ、“ヒサコ”が長兄に嫁いでいるのだからな。これを手助けするのは当然よ」



「もちろん、僕もね。表では教団に居座って情報を流し、裏では不穏分子を動かして、好機を見つけて横合いから殴りつける」



「うむ、悪くない。悪くないぞ、大神官! そこまでぐちゃぐちゃになれば、まさに群雄割拠の戦国乱世。食うか食われるか、当然こちらが食う側だ! 盗れる、国を! ああ、滾る、滾るぞ! 久しぶりに血が滾ってきたぞ!」



 嬉しそうに談笑する二人に、テアは呆れて開いた口が塞がらなくなった。



(ちょっとこの二人、話が飛躍しすぎてない? 安住の地云々が、いつの間にか、国盗りになってるわよ~。ヤバい奴をヤバい奴に会わせて、さらにヤバい状況になってない!?)



 不気味に笑う二人であったが、その笑顔は実に楽しそうであった。



「ああ、そうだ。公爵、君、確か医者でもあったよね?」



「その通りだ」



「では、アイク兄の“延命”はよろしく頼むよ。事の趨勢が決する前にアイク兄にいなくなられると、お飾りとはいえ旗頭不在と言うのは困る。あいにく、僕は治癒系の術式を使えないんだ」



「任せておけ。私の薬は良く効く。すでに“実証済み”だ。生かすも殺すも自由自在だ」



 十三歳とは思えぬ機転の速さと着眼点、そして、道徳や倫理に縛られない行動、間違いなく逸材であるとヒーサは持ちあげたままの少女を見つめた。



(ひぇぇぇ、“魔王”が二人いるぅぅぅ)



 想定外すぎる事態に、テアはすっかり怯えてしまった。しかし、そうも言ってられないので、ゴホンゴホンと咳払いをして二人の注意を引いた。


 楽しいひと時を邪魔された二人はテアを忌々しそうに見つめた。そして、ヒーサは持ち上げたままだったアスプリクをそっと床に置いた。



「なんだ、テア。何か言いたそうだが?」



「言いたい事だらけよ! なぁ~に物騒な話をこれ見よがしにしてんのよ」



「戦国ゆえ、致し方なし」



「平時に乱を起こしているようにしか見えんわ!」



 実際その通りなので、ヒーサとしては笑ってごまかすよりなかった。

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