2-38 密議! 乱世の梟雄と白無垢の鬼子!(1)

 火神の神官アスプリクに付き従い、王宮のとある一室にヒーサ達は通された。



「ここは以前、僕が書斎兼研究室として使っていた部屋だ。一応、今でも僕の部屋ではあるけど、荷物はほとんど神殿の方に運んでしまったから、少し殺風景かな」



 説明の通り、中は空になった本棚や焦げたり切れたりして傷物になった机がいくつか見られた。手入れはされているみたいだが、今はほぼ使用されていないことを感じ取れた。


 中に誘われるままに、ヒーサ、ヒサコ、テアは部屋に入り、そして、小さな円卓を挟んで腰かけた。椅子は二つ、ヒーサとアスプリクが腰かけ、ヒーサの後ろにヒサコとテアが控える、という形だ。



「さて、何からお話ししましょうかね、大神官殿」



「回りくどいことは抜きにしたいが、その前に確認だ」



 アスプリクは懐から“五芒星”のお守りを取り出した。『五星教ファイブスターズ』の聖印ホーリーシンボルであり、神職なら誰でも身に付けている護符であった。


 それを机の上に置き、スッとヒーサの前に差し出した。



「公爵、君の思うままにしてくれ」



 どうぞお好きなようにと、アスプリクがヒーサに笑いかけてきた。


 ヒーサは迷うことなく、お守りを掴み、そして、それを後ろに放り投げた。


 ヒサコがそれを掴むと、そのまま地面に叩き付け、足でグリグリと踏みにじった。



「え、あ、ちょ、ちょっと!」



 神官の前で聖印を踏みにじる。教団への冒涜行為としては、一級のものだ。テアはそれを危惧して、慌てふためいた。


 だが、ヒーサは動じないし、アスプリクもニヤついたままだ。


 それどころか、教団の“大神官”は拍手を以て、一連の行動を称賛した。



「素晴らしいよ、公爵。一切の迷いもなく、今の行動ができるとは、素直に感心する。しかも“教団幹部”を前にして、だ。『六星派シクスス』でもないというのに、そこまで露骨な教団への敵対行動をとれるなんて!」



 アスプリクは興奮し始め、机をバンバン叩いた。笑顔がこれまた愛らしく、冒涜行為をした後でなければ、素直に可愛いと思ってしまうであろう。


 だが、あろうことか、大神官が神への冒涜行為を称賛しているのである。教団関係者が知れば、間違いなく大問題に発展するはずだ。



「ちなみに、公爵が教団への敵対行動をする理由は?」



「気に入らないから」



「うん、分かりやすいもっともな理由だ」



 アスプリクはヒーサの言葉に納得し、何度も頷いた。下手に理屈をこねるよりも、遥かに分かりやすくて納得のいく言葉であったからだ。



「では、見せてくれないか。君の力を」



「いいでしょう。では、申し訳ないが、十を数え終わるまで、目を瞑っていていただきたい」



「お安い御用だ」



 アスプリクは素直に目を瞑り、それを確認してからヒーサは後ろを振り向いて、テアに視線を送った。


 言わんとすることを察したテアは、魔力供給を止め、ヒサコを消してしまった。


 ヒサコはヒーサの持つ【投影】のスキルで作られた分身体であり、それをテアの魔力によって維持していたのだ。魔力源がなくなれば、体を維持できなくなって消えてしまうのは道理であった。



 そして、アスプリクは十数え終わって目を開くと、そこには先程まで立っていたヒサコの姿が消え去っているのを視認した。



「幻術……、いや、彼女は明らかに実体のある存在だった。変わった術だね」



「すまないが、もう一度、目を瞑ってくれ。今度は五つ数えるだけでいい」



「うむ、いいぞいいぞ」



 アスプリクはヒーサに言われるがままにまた目を閉じた。


 そして、ヒーサは今度は【性転換】のスキルを使い、ヒーサからヒサコに変身した。



 例え至近距離にいたとしても、視界さえ遮ってしまえば変身することができる。これはリリンの体を使って、すでに確認済みの行動であった。


 そして、アスプリクが目を開くと、先程まで座っていたヒーサの姿は消えており、代わりにヒーサの服を着たヒサコが椅子に腰かけていた。



「おお、また変わった! ああ、そうか。公爵の身に付けている術は、変身系の術式か」



「ええ、その通り。男と女、どちらにも簡単に姿を変えられる、それがあたしの術。一応、男の体が本体だけど、妹がいるように芝居を演じているわけ」



「凄い凄い! 初めて見たけど、変身系って、こうもそっくりに変身できるんだ」



 はしゃぐ姿は本当に年相応の少女であったが、まとう神官衣がそれを否定していた。少女ではあっても、やはり高位の神官であり、教団の幹部なのだ。


 もっとも、神を冒涜されてもなんとも思わない、背信者ではあったが。



「で、大神官さん、これでこちらの“誠実”な態度は納得していただけるものでしょうか?」



「うーん、そうだね。さすがに全部見せたって風ではないけど、ここまで晒した相手を無碍にはできないね~。なにより、こちらの心の内も見られたし、“共犯者おなかま”ってことかな」



「結構なことだわ」



 二人は立ち上がって机の上で軽く握手し、再び椅子に腰かけた。



「それで、“商談”なんだけどさ、公爵は何がお望みなんだい?」



「公爵領を開放し、『六星派シクスス』であろうと、大手を振って住める場所にする」



 ヒサコのサラリと言ってのけた言葉に、アスプリクは目を丸くして驚いた。なにしろ、その言葉の内容は、謀反を行って王国からも教団からも独立します、と言っているに等しいからだ。


 ゆえに、アスプリクは目の前の令嬢の言葉を、にわかには信じられなかった。あまりにも不可能で、あまりにも話が大きすぎるのだ。


 ちなみに、この話も独自の発想というわけではない。かつて日ノ本で宗教勢力を中心に据え、独立した勢力として百年の長きにわたり存続した、『加賀一向一揆かがいっこういっき』というものがある。


 一向宗(本願寺)は加賀国の守護大名であった富樫とがし氏の後継争いに要請を受けて介入し、それによって保護を受けることを期待した。


 だが、逆に大きくなり過ぎた一向宗を警戒して富樫氏は弾圧に乗り出した。


 結局、紆余曲折を経て、富樫氏は国を追われ、一向宗が加賀国を治めることとなった。



(しかし、あやつらは周辺諸国に喧嘩を売り過ぎた。だから、最終的には信長うつけに討滅されている。ああ、まったく、あやつらがもう少し大人しければ、信長うつけを倒せたかもしれんのだ。織田氏、朝倉氏、長尾氏、この三者には、一向宗と言う共通の敵がいた。いたからこそ、信長包囲網に穴が開いた。朝倉氏、長尾氏の一向宗への敵愾心が強すぎた。織田氏討伐に集中できなかった。ああ、口惜しい口惜しい!)



 かつてのことを思い出し、ヒサコの“中身”は憤激した。


 しかし、怒ったところでかつてが戻ってくるでもなく、過去が書き換わることもない。次をどうするか、それを考えることが先決であった。

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