2-36 天才少女! 炎をまとう白き神童!(3)

 出会った白無垢の少女は、誰とも話したくないと言わんばかりに壁を作って来た。


 言葉の端々からそれを端的に感じ取る事ができ、それを聞いたヒーサは“与し易い”と判断した。


 そして、傷心の王女様の関心を引くべく、さらに踏み込んでいった。



「大神官様には私の式に参列していただいて、その技前を是非とも拝見したかったのですが、それだけがあの式での不満でした」



「それはそれは、大変失礼したね。文句なら、僕のところに急な依頼を寄こした無能なジェイク兄に言ってくれ」



 アスプリクは少し離れた場所にいる宰相のジェイクに対して、聞こえるような大きな声をわざと出し、キッと睨みつけた。


 ジェイクは不機嫌になりこそすれ、反論するのもバカバカしい内容であったので無視を決め込んだ。


 そんな姿勢を確認してから、アスプリクはヒーサの方を向いた。



「それで、僕に何の用件だい?」



「あなたの力が欲しい」



 簡潔だが、力強い言葉であった。これが逆にアスプリクの興味を引いたようで、更に一歩近づき、その気になれば抱き付ける位置にまで近づいた。


 近付いてきたアスプリクは、とても小さかった。十三歳ということだが、背丈は低く、それこそ十歳と言っても通用しそうなほど小柄であった。


 しかし、怪しく光る赤い瞳は、逆に小柄な体であるからこそ不気味さを醸し出し、魅力的であり、同時に言い表せぬ恐ろしさもあった。



「これは面白い。おべっかも聞き飽きていたところだけど、僕ではなく、僕の力が欲しいときたか。ククク……、正直な奴だなぁ、公爵は」



「はい、私は誠実さが最大のウリでございますから」



 後ろで控えていたテアが、あまりの白々しさに吹き出しそうになったが、どうにか堪えて、あくまで平静を装った。



「そうかそうか、誠実か。では誠実な商人に、品の確かさを見せてもらおうかな。内容も含めて」



「長くなりそうなので、別室で構いませんか?」



「うん、いいよ。こんなところでは、騒がしくて商談もできないしね」



 そう言うと、アスプリクはヒーサの連れを見回し、そして、ニヤリと笑った。怪しげな笑顔、容姿が特異なだけに、悪目立ちする微笑みであった。



「そうだね~、公爵と妹さん、それにお付きの侍女も、御一緒にお話ししようか。僕と君ら、“四人”でね」



「ほほう……。それはそれは!」



 ヒーサは心の中で歓喜した。アスプリクが説明するまでもなくこちらの立ち位置を読み解き、ティースを外して話がしたいと言ってきたからだ。


 しかも、自身の付き人も外すと言ってきた。


 人払い、そして、密談、謀議、その条件が整ったと言える。



(理解力、洞察力がずば抜けている。想定以上に頭がキレる。これはいい。だが、しかし……)



 ヒーサは目の前の少女の察しの良さに感心しつつも、妙な違和感を覚えた。それも引き剝がさねばならないと思いつつ、勘付かれないために平静にティースの方を振り向いた。



「ティース、申し訳ないが、大神官殿は公爵家との商談がお望みのようだ。すまないが、君は遠慮してくれないか?」



 声色は優しいが、突き放つような言い方であった。要は、お前は公爵家の一員とまだ認識していないと言われたも同然であったからだ。


 ティースには少しばかり衝撃的であったが、カウラ伯爵家の称号を差し出して、完全な公爵夫人になったわけではないので、夫婦間であっても秘しておかねばならないこともあるだろうと、自分に言い聞かせた。



「畏まりました。私はこのままここに残り、皆の相手を続けておきますので、商談をしっかりとまとめてきてください」



 食い下がったところで、どうせ聞き入れないであろうし、ならばさっさと下がって、印象を悪化させない方が得策とティースは判断した。



「ですが、後で決まった商談の内容くらいは教えて下さいね」



「それは約束しよう。では、参りましょうか、大神官殿」



 ヒーサの呼びかけにアスプリクは頷いて応じ、小さな体を先んじて動かし、扉の方へと歩き始めた。


 そして、同じことを考える人々の奇異な視線が突き刺さった。



 「厄介事を呼び込む鬼子と、公爵は何を話されるのだろうか?」



 それが出ていく四人を見つめる人々の共通認識であった。

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