2-35 天才少女! 炎をまとう白き神童!(2)

 王宮の一角にある大広間には、多数の上流階級の者達が詰めかけていた。貴族、教団の上級職、あるいは廷臣に富豪と、その種類は様々であった。


 建前上の目的は、シガラ公爵ヒーサとカウラ伯爵ティースの婚儀の祝辞を述べることだ。


 だが、実際のところ、より重要なのはそれぞれの新当主となった二人への顔繫ぎであり、あるいは顔見知り同士の情報交換などであった。


 そんなおしゃべりが絶えない広間に、主役である二人が戻ってきた。


 他にも、ヒーサの妹であるヒサコや、それぞれの専属侍女であるテアとナルも随伴していた。


 少し休憩のため席を外していた体を装っていたが、会場は変わらず賑わっており、主役の帰還によって再び詰め寄る者もいた。


 ここで密かに注目を集めているのが、ヒサコであった。


 ヒサコはヒーサの妹で現在十七歳。腹違いの兄妹で、ヒーサの方が少しだけ早く生まれてきたという“設定”になっていた。


 そして、ヒーサの当主就任と同時に公爵家の正式な一員と認められ、今回の騒動で社交界デビューという運びであった。


 そのため、ヒサコを狙って、有象無象が群がってきている状態となったのだ。


 ヒーサとティースの件もそうだが、上流階級においては婚儀は親や家門の長が勝手に話を進めてしまうことが多々あり、それも早ければ十歳になる前に婚約が成立していることもあった。


 つまり、貴族の結婚はある意味で席の奪い合いである。下位の貴族は上位の貴族と縁故になるために、上位の貴族は繋がっておきたい者の家と結びつこうとし、その確たる形が婚姻なのだ。


 それを成立させるために、あの手この手で売り込んだり、逆に焦らしたりするのはよくある話だ。


 そして、ヒサコはまさによく見える位置に出された餌なのだ。


 ヒサコが社交界デビューを果たしてからと言うもの、その手の話が時に正面から、ときに回りくどく、ヒサコと婚儀を結ぼうとする者が現れた。


 なにしろ、ヒサコは公爵家当主の妹で、十七歳と結婚適齢期。兄ヒーサは不幸な事件によって身内を失い、残った妹のことを殊の外、可愛がっている。


 しかも美人だ。


 この際、“性格”などは二の次で、シガラ公爵家と縁故になりたいと考える者など、山ほどいるのだ。


 この動きも、ヒーサの狙い通りであった。ヒサコの餌にしてこの手の輩を釣り上げ、旨い話を頂戴するという『結婚するする詐欺』もまた、ヒサコを連れ歩いている理由でもあるのだ。


 そのため、宴席ではヒサコという“人形”を操作し、常に自分の側に侍らせ、焦らせるためにあまり喋らせずに笑顔だけを振り撒き、狙いを定めている者の気を揉ませた。



「お持ちいただいたお話は、前向きに検討させていただく」



 すでにこの台詞を二十回以上も口にしており、仕掛けとしては上々の仕上がりと言える。あとはどのタイミングで竿を動かし、釣り上げるか、そこは釣り師である自分の腕の見せ所であった。


 しかし、それはあくまでおまけだ。利益は見込めるが、ヒサコの最大の役目は自身を守る壁役であり、そちらの方が重要であるからだ。


 なにより、今はヒサコの案件よりも、視界に捉えた、“白き神童”との顔繫ぎと交流が最優先事項であった。


 ヒーサが見据えたのは、火の大神官アスプリクという少女だ。


 現国王の娘で、齢十三でありながら、すでに国内では一、二を争うほどの術の使い手だ。父親の身分の高さに加えて、天稟の才を有していることから、この若さに大神官に名を連ねていた。


 ちなみに、教団の組織として、まず火、水、風、土、光の五つの神殿が存在する。それぞれの統括者として各神殿の人事と財務を掌握する“大司教”、神殿などの施設の管理運営を行う“大司祭”、実際に現場で祭事を執り行う神官をまとめる“大神官”が任にあたっている。


 これに教団の頂点である法王、それに五人の枢機卿を加えた計二十一人が、教団における最高幹部と目され、執行会議もこの二十一人が中心になって運営されており、まさに教団の顔であり、心臓でもあるのだ。


 そんな最高幹部の中に、まだ十三歳の少女が加わるなどといったことは前例がなく、それだけアスプリクの存在が異例中の異例ということであった。



(しかしまあ、完全に浮いた存在だな)



 それがヒーサのアスプリクに抱いた第一印象であった。


 なんと言っても、容姿が悪目立ちし過ぎるのだ。白化個体アルビノのため髪も肌も真っ白で、目だけが赤い。


 しかもエルフの血が半分混じっているため、耳もかなり尖っている。この姿だけで、気味悪がる人も多い事だろう。


 そして、聞いた話だと、赤ん坊でありながら膨大な魔力を持ち、生まれてすぐに母親を焼き殺したという。おまけに成長して魔力の制御ができるようになるまで、何度も王宮や神殿を燃やし、大事にされつつも疎まれてきたということだ。


 現に今も、その周囲には人がいない。一応、教団幹部ではあるので付き人と思しき女性の神官が控えているが、他に近寄る者はいない。



(さて、では、気難しそうな姫君を口説いてみますか)



 ヒーサは群がっていた人々をかき分けるように進み出て、アスプリクの方へと歩き始めた。


 主役が人をかき分けて歩き始めたのである。何事かと人々の注目を集め、さらにその進路上には白き鬼子の姿があったため、にわかに広間がざわめき始めた。


 そこで先方もヒーサのことを気付いたようで、姿勢を向き直してヒーサに相対した。


 そして、二人は手を伸ばし合えば届く距離まで詰めると、ヒーサは軽く会釈した。



「お初にお目にかかります、アスプリク王女殿下。この度、シガラ公爵の位を継承いたしました、ヒーサ=ディ=シガラ=ニンナと申します。以後、お見知りおきを」



 礼に適った挨拶であった。


 そして、会場は静まり返った。会の主役と、関わりたくない問題児、この二人がどのような会話を交わすのか、皆が注目し、固唾を呑んで見守り始めたのだ。



「ご丁寧な挨拶痛み入りますが、僕の肩書は王女殿下ではなく、火の大神官だ。名前だって、アスプリク=ケインゲイツで、王族の称号は消しておりますので、お間違えなきように」



 素っ気ない、というより壁を作るような返礼であった。


 はっきりと言えば、誰とも話したくない、とでも言いたげな態度であった。



(これは……。思った以上に“与しやすい”相手だ)



 力や才能はあれど、まだまだ未熟。それがヒーサが相手の第一声を聞いたうえでの印象であった。


 孤立し、誰からも相手にされず、自分からも壁を作る。


 傷心の女子を慰める事など、松永久秀にとっては“容易い”と呼べる範疇なのだ。

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