2-34 天才少女! 炎をまとう白き神童!(1)

 シガラ公爵ヒーサと、カウラ伯爵ティースの結婚式から四日が経過していた。


 その間、二人は王家や教団の主催する催し物や宴席に招かれては、貴族や教団幹部と顔繫ぎを行い、交流を深めていった。


 御前聴取から三日で挙式と言う慌ただしい流れであったため、式に間に合わなかった貴族や教団関係者が多く、それを補う意味で連日の催しというわけだ。


 遅れてやってきた人々が二人に挨拶をしたり、あるいは談笑したりと、余裕ある姿を示した。


 これには何かと巷を騒がせる異端宗派『六星派シクスス』への牽制を兼ねているため、表向きは手を抜くわけにはいかなかった。


 にこやかに笑顔を振り撒き、明るく話しかけては挨拶や言葉を交わし、事件によって引き裂かれた公爵家と伯爵家の健在ぶりと、婚儀による関係修復を世間に見せつけた。


 そんな忙しい日程も、今日の予定で終了である。ヒーサとしてはさっさと領地に戻り、色々と計画していることを実行に移さねばならなかった。


 そのために必要な人脈の構築として、渡りをつけておきたいと考えていた貴族や教団関係者とは、すでに顔繫ぎは完了していた。


 そう、たった一人を除いて。



「その方は今日中には王都に到着するそうだ。はっきり言えば、今までの顔繫ぎした連中とは比べものにならんくらいに最重要で、しかも気難しいからな。慎重にいかねばならん」



 ヒーサは休憩用の控室で、集まっていた面々にいつになく神妙な面持ちで注意を促した。


 ちなみにその部屋にいるのは、ヒーサを筆頭に、ヒサコ、テア、ティース、ナルの五名だ。公爵家の華が一同に会した程に華やかであった。



「あの、その話は今聞き及びましたが、どなたをお待ちなのですか?」



 尋ねてきたのはティースだ。かなりの数の上流階級と交流してきたはずなのに、それよりも重要と位置付ける相手となると、気になって仕方ないのだ。



「お兄様がお会いしたいのはアスプリク=ケインゲイツ、火の大神官ですわよ、お姉様」



 答えたのはヒサコであったが、意外過ぎる人物の名が出たため、ティースは目を丸くして驚いた。


「な……。あの教団きっての問題児に」



「口が過ぎますわよ、お姉様。教団の大神官で、しかも現国王の血を引く王女殿下ですわよ。まあ、出家した以上、王族の身分には“元”が付きますが」



「っと、これは失礼」



 ティースはヒーサに頭を下げ、軽はずみな言動を謝罪した。ヒサコに謝罪しないところが、ティースの妙な子供っぽさの表れであり、ヒサコに頭を下げたくないという反感でもあった。


 カンバー王国の現国王フェリク王には、三男一女の四人の子供が存在する。


 長男のアイクのは病弱であるため政務には携わらず、辺境の保養地で暮らしていた。


 次男のジェイクは宰相として父王の補佐を行っており、次期国王がほぼ内定していた。


 三男のサーディクは将軍として軍を率い、最近きな臭くなっていたジルゴ帝国との国境に張り付いていた。


 そして、ヒーサのお目当てである末っ子で一人娘のアスプリクは、上三人の兄にはない、複雑な事情の持ち主であった。


 まず、アスプリクは王妃との間に生まれた子ではない。つまり神の祝福を受けない“庶子”なのだ。


 しかもその母親は人間ではなく、ネヴァ評議国から流れてきた旅の森妖精エルフ、つまり彼女は人間とエルフの間に生まれた“半妖精ハーフエルフ”でもあるのだ。


 また容姿も特異で、髪も肌も白一色、目だけが赤色。つまり白化個体アルビノなのだ。


 しかも、エルフの血が混じっているため、耳が人間よりも遥かに尖っており、なお怪しげな容姿に拍車をかけていた。


 庶子にして半妖精ハーフエルフ、しかも奇抜過ぎる見た目の持ち主。王女と言えど、本来ならすぐに捨てられてもおかしくない身の上であったが、それを王に躊躇させるほどに、彼女は天稟の才と重すぎる業を持って生まれてきたのだ。


 アスプリクが生れ落ちて最初にやったことは産声を上げることではなく、先程までその腹中にいた母親を焼き殺すことであった。


 母の腹から出た途端に全身から炎が吹きあがり、出産に立ち会っていた神官が数人がかりでどうにか魔力を抑え込んだときには、母親はすでに焼死していた。


 そして、神官は驚いた。目の前の赤ん坊が、嬰児とは思えぬほどに膨大な魔力を抱えていることに。


 すぐに教団の施設に運び込まれ、綿密な検査を行ったところ、火の神オーティアの片鱗を抱えて生れ落ちたことが分かった。


 王族からはそうした要因もあって忌避されたが、教団関係者からすればまさに神の恩寵を抱える神童であり、大切に育てられた。


 しかし、魔力の量が多すぎて度々暴走させてしまい、焼き払った王宮や神殿の施設は、小火ぼやを含めれば百は下らないと言われるほどだ。


 現在は十三歳で、力の制御ができるようになって無自覚の放火を行うこともなくなったが、かつての騒動はまだまだ記憶に新しく、母親殺し、放火魔、白子の魔女など、陰口を叩かれる事もしばしばであった。


 

「で、その元王女の大神官に会いたいと教団関係者に話してみたら、今日中には王都にやって来ることが分かったのだ」



「物好きですわね。色々と悪い、というか、怖い噂の絶えない方だというのに」



 ティースとしても、ヒーサの真意を図りかねた。教団幹部など、他に幾人も顔繫ぎしたというのに、それを脇に置いて問題の多い元王女に拘る理由が見えてこないのだ。



「まあ、あれだ。いくつか聞いておきたいことがあるのと、新事業の立ち上げに、彼女の助力が必要だということだ」



「新事業……、ですか」



「ああ。ティースの伯爵領が鵞鳥の肥育を事業として立ち上げたように、我が公爵領でも新規に始めようと思っている事業案がいくつかある。そのうちの一つにどうしても、火や熱を操る術士が必要でな。それで彼女や、火の神の神官達との繋がりを深めておきたいのだ」



 教団は、火、水、風、土、光の五つの系統の術式で構成されており、それに対応した部署、神殿が存在している。当然、火の神の神殿には、火を操る術士が多数所属しており、ヒーサの目指す“茶葉の温室栽培”の手助けになると期待していた。



「なるほど。そういう事情でしたら、火の神殿の方とは仲良くされておくのは当然ですね」



「まあ、種が見つかるかどうかの案件ではあるがな」



 茶の木の種、茶栽培には欠かせぬものであり、あるかどうかも分からない種子を探すなど、少々分の悪い事案ではあったが、それでも茶を飲みたい感情は抑えられず、一人の茶人としてこの世界に根付かせたい喫茶文化の大元だ。


 あとは、釜、茶碗、茶杓、茶入れなどの道具類に、茶室も作っていきたいとも考えていた。


 そして、それに先立つ形で、“箸”の普及による食事作法の改善もやっていかねばならなかった。



(ああ、やることが多いな。いや、まあ、それが楽しいのだがな。どれから手を付けるべきか、なんとも悩ましい)



 ヒーサは無意識にニヤついてしまい、ヒサコを除く全員がドン引きした。



(まぁ~た、悪いこと考えてるよ、この梟雄)



 テアとしては、それが自分に飛び火しない内容であることを願うしかなかった。


 そこへ扉を叩く音が部屋に響いた。



「公爵閣下、火の大神官様がご到着されました」



 扉越しからの呼びかけに、ヒーサは待ってましたと言わんばかりに椅子から勢いよく立ち上がった。



「了解した。すぐにお会いしたいとお伝えしてくれ」



 ヒーサがそう言い、周囲を見回すと、他の面々も座っていた者は立ち上がっていた。



「では、行くか。神に愛され、人に呪われた、王女様を口説きに」



「妻の前で言うべき台詞ではございませんね」



 ティースのツッコミに、後ろに控えていたナルも何度も頷いて同意した。確かに、姫君を口説くなどとは、結婚したての夫の口から出てよい台詞ではなかった。


 そんなつもりはないのだが、下手に言い訳すると角が立ちかねないので、ヒサコを操作して壁役を務めてもらうこととした。



「あらあら、お姉様。妬いてらっしゃるのですか? まあ、結婚してからこの方、未だにお兄様に床の誘いを受けていらっしゃらないご様子ですし、無理もございませんか」



「なんですって!?」



「女としての魅力に欠けるのではないでしょうか。剣を磨くよりもご自身を磨かれた方が、今少しお兄様の目を引くと申し上げておきますわ」



「ヒサコ、あなた……!」



 ティースとヒサコの間に一触即発の空気が早くも形成され、テアとナルが止めに入ろうかとしたところで、先にヒーサが両者の間に割って入った。



「二人とも止めんか。まったく、顔を会わせる度に口汚く罵りおって」



 ヒーサはやれやれと言わんばかりにため息を吐くと、ティースは変わらずヒサコを睨みつけ、ヒサコは不貞腐れてそっぽを向いてしまった。



「ヒーサ、口汚く罵って来るのは、そちらの礼儀や躾がなっていないお嬢様よ」



「お兄様、自身の落ち度を棚上げして、毎度“材料”を提供してくるのはお姉様ですわ」



 口から飛び出す罵詈雑言は聞かなかったことにして、ヒーサは二人を宥めすかし、落ち着かせた。


 といっても、これで成功である。ヒーサに向いていたティースの悪感情を、ヒサコに倍増させて移し替えることができたからだ。



(やっぱり便利だな~、【投影】)



 自身の分身体を生み出す【投影】の術式。肉壁にはならないが、口論のヘイト稼ぎにはもってこいの技であり、こういうときには重宝するのであった。



「さて、王女を待たせるわけにもいかんし、さっさと行くぞ」



 こうして五人は部屋を出て、白き神童たる火の大神官が待つ広間へと向かった。

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