2-33 いきなり別居!? 何もなかった結婚初夜!

 ティースの最大の懸案事項、それは自分の身柄の処遇であった。


 結婚した以上、その身柄は夫ヒーサの下、シガラ公爵領に行くのがスジである。


 カウラ伯爵の領地に留まると言う別居状態は、まず許してくれないとも考えていた。


 そうなったとしても、“妻の警護”を名目として、公爵家の軍隊が伯爵領に駐留する事も考えられた。


 ならば逆にヒーサの懐に飛び込み、好き放題させないための方策を練った方がいいのでは、とも考えていた。



「どのみち、考える時間、ないわよね」



「はい、その通りです。とにかく重要なのは、時間稼ぎです。なんでもいいですから、ティース様には時間を稼ぐようにしてください」



「……で、その間に、例の“村娘”を探し出す、と」



 ティースは状況次第では伯爵領全域での怠業サボタージュをすることも考えているが、怒りを買って軍を駐留されてはそれも厳しくなるだろう。


 ならば、そういう事態が発生する前に、問題の“村娘”を発見して伯爵家の潔白と威信を取り戻す必要があった。


 あるいは逆に徹底して従順に振る舞い、余計な被害を受けないようにして、再起を後日の課題とするかだ。


 その時間稼ぎという意味合いで、ヒーサに媚びへつらい、あるいは色香を用いて、どうにかしなくてはとも考えていた。


 とにもかくにも、“村娘”の捜索と確保が最優先なのであるが、二人はその“村娘”が目の前にいたことに、当然ながら気付いていなかった。擬態と証拠隠滅が行われ、ヒサコと村娘が同一人物という事実に到達できていないためだ。



「でも、結婚初夜だというのに、床に呼ばれなかったのよね」



「ええ。意外といえば意外でしたが、こちらの考えを読んで警戒し、様子見の段階かもしれません。あるいは、本気で配慮していたかもしれませんがね。あと数日は、王家や教団絡みの式典や宴への顔出しが決まっておりますから、体力温存ということで」



「面倒臭いなぁ~」



 ティースはどちらかというと、そうした儀式や宴会という大勢の催し物は苦手であった。普段は好き放題に野山を駆け巡り、貴族令嬢でありながら単独行動すら普通にしていたのだ。


 無論、国家に所属している以上、その手の催し物をやらないわけにはいかず、重要性も理解はしているのだが、その渦中の、それもど真ん中に自分がいることが悩ましいのであった。


 できれば、隅の方で静かにやり過ごしたいのだが、新郎新婦の門出を祝うという名目がある以上、新婦である自分が逃げ出すわけにもいかなかった。



「とにかく! ティース様には徹底して時間稼ぎをしてください。その間に、こちらも標的を見つけ出してみせますので。前に教えた通り、床入りしたら何をするか、覚えてらっしゃいますね?」



「お、覚えてるわよ。でも、その……」



 ガンガン詰め寄るナルに対して、ティースの顔は真っ赤に茹で上がっていた。


 齢十七にして、恋愛経験皆無。家族と使用人以外の異性と接する機会はほぼなかった。


 嫁入り前の修行の一環として、一応その手のことは学ばされ、さらにここ最近の事態の急変に対応する最後の手段として、ナルに“追加の補習”を受けてきた。


 ナルは工作員として、情報収集や工作活動の際に色香を用いることも珍しくなかった。ゆえに、ティースとは二歳違いでしかないのだが、経験値は雲泥の差があるのだ。


 さすがに、多少知識を詰め込んだだけのド素人である主人に対して、工作員の真似事をしろと言うのも酷な話であるので気は進まなかったが、すでに伯爵家の存亡に王手がかかった状態であるため、手段を選んでられないのも事実であった。


 ここは文字通り、主人に一肌脱いで頑張ってもらうしかないのだ。



「だ、だって、ヒサコの話を信じるなら、ヒーサって“凄い”んでしょ!? 私なんか、いいように弄ばれるだけじゃないかって……」



「まあ、あの話が事実ならそうなるでしょうが、実際にやってみないことにはなんとも」



「うぅ~、他人事だと思って」



「代われるのなら代わって差し上げたいですが、あいにく、カウラ伯爵はティース様、あなたなのですから、代わりはいないのです」



 ナルとしては、とにかく頑張れとしか言いようがなかった。普段は気丈に振る舞おうとも、中身はやはり十七歳の初心な娘でしかないことを、ナルは思い知らされた。


 とはいえ、すでに風前の灯火どころか、咀嚼そしゃくの段階に入ってしまっている伯爵家を助けれるのは、ティース自身か、あるいは咀嚼しているヒーサだけなのだ。


 面倒な状況だとは思いつつも、ナルとしても最後の最後まで足掻くつもりでいた。目の前の可愛らしい主人が足掻く限り、自身もまた、それに追随するだけだ。


 こうして、それぞれの思いを胸に、床入りのない寂しい結婚初夜は終わりを告げるのであった。


 それがどういう意味なのか、知っているのは貴公子の皮を被った梟雄のみ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る