2-32 ヤバい三人組!? 密偵頭はかく語りき!(後編)

 混乱し、気落ちする従者を目の前にして、ティースも少なからず動揺していた。


 だが、やられっぱなしというのも癪であるし、逆に一発かましてやろうと言う気概もあった。


 気持ちを切り替えよう。そう考えて、一度深く呼吸をした。



「ん~。ま、まあ、次! ナル、次の人、話して!」



「……はい、次は、ヒーサなのですが」



「はぁ? ちょいちょい、待って! 次にヒーサってことは、一番ヤバいのがあのテアとかいう侍女!?」



 ナルの考えている順番は、ティースの予想の真逆を行っていた。ティースの予想はテア、ヒーサ、ヒサコであるのに対し、ナルの評価では、ヒサコ、ヒーサ、テアの順なのだ。


 そもそも、これといった動きを見せていない侍女が、なぜナルがここまで警戒するのか、全く見えてこなかった。


 ヒーサ、ヒサコ兄妹のヤバさはティースもある程度は理解していた。


 方向性が真逆とはいえ、すべてを見透かしたような観察力、洞察力、それを余すことなく使い切り、心の隙間に入り込んでくる弁舌、話術、目の当たりにした身の上としては、あの二人に警戒しない方がおかしかった。


 だが、目の前の従者は、特に動きがなかった相手方の侍女こそヤバい、そう断じたのだ。



「ま、まあ、先にヒーサの方から聞きましょうか」



「はっきり言いますと、ヒーサは別次元の存在です。裏仕事で様々な人間を見てきましたが、あれほど恐ろしいと感じた人物はいません。ティース様と同い年などとは、到底思えません。どこをどう鍛えて、どんな十七年を過ごせばああなるのか、直接問いただしたいくらいです!



「そ、そう……」



 何かに怯えるように語るナルであったが、ティースにはいまいちピンとこなかった。


 敵意むき出しのヒサコと違い、ヒーサはティースに対して敬意と配慮を示してくれていた。実質、吸収されたと言っても、伯爵家の当主として丁重に接してくれていた。


 だからこそ、ティースはヒーサに対して、多少は好意的に評価するようになっていた。それがなにかしらの打算によるものだとしても、いきなりすべてを奪いに来るような粗雑な輩であれば、ティースも心を開くことも、好意を持つこともなかったであろう。


 しかし、目の前の密偵頭が言うには、それはすべてがまやかしなのだと言う。



「ヒサコが私の暗器について講釈してましたが、あれを見抜いたのは、おそらくヒーサでしょう」



「そうなの!?」



「ええ、間違いなく」



 ナルがスカートを捲し上げると、程よく鍛え上げられた両足があらわになった。


 両足にはそれぞれベルトにより取り付けられた剣が見え、右腿には刃砕剣ソードブレイカー、左腿には盾剣マンゴーシュが身に付けられていた。



「こいつらや鎖帷子チェインメイルなら、そこそこの目利きがあれば判別できるでしょう。ですが、あちこちに隠した暗器や小道具、果ては髪留めに擬態させた爆弾にまで気付くなんて、同業者アサシン以外にありえません。つまり、私のヒーサの評は、“公爵の地位を持つ医者の仮面を被った暗殺者”です! 擬態が完璧すぎて、一切のボロが出ていませんが、それゆえに導き出した私なりの結論です」



「……ナル、あなた、疲れてない?」



「かもしれません。自分でも何を口走っているだと、考えたくなるような評価ですよ」



 実際、ナルにしろ、ティースにしろ、ヒーサへの評価は、事件当初に比べて大きく改善していると言ってもよい。最初は犯人扱いであったが、今は容疑者リストから外れかかっているほどに、二人からの信を得始めていた。


 それを差し引いても、ナルによるヒーサへの評価は辛辣を極めた。それほどまでにヒーサと言う存在が不気味であり、怖くもあるのだ。



「で、それ以上のヤバい評価を得ている、テアって侍女はどうなの?」



「……人間じゃないです」



「はぁ!?」



 またしてもとんでもない評に、ティースも目を丸くした。



「ナル、疲れているどころか、頭大丈夫!?」



「言いたいことは分かりますよ。でも、そうじゃないと説明がつかないんですよ」



 ナルの焦りも最高潮だ。自分でも訳が分からず、汗だけが流れ落ちた。



「ティース様、私があちら側に殺気をわざと飛ばしていたのはご存じですね?」



「そりゃあんだけバカスカ撃ち込んでたら、誰だって気付くわよ」



「それに対する反応は、ヒサコは真正面から投げ返してきました。一方でヒーサは、笑って流してしまいました。そして、テアは“何もなかった”んですよ」



「……え? あの殺気を正面から受けて、なんの反応もなし!?」



 暗殺者アサシンが標的を始末する際は、当然ながら気配を消す。そして、機械的に殺す。それが普段のやり方だ。


 だが、今回は表の仕事であるため、あえて前面に殺気を出し、三人を計ってみたのだ。


 結果、ヒサコは投げ返し、ヒーサは流し、テアは何の反応も示さなかった。



「あんなの喰らったら、常人なら訳も分からずビビッて下がるか、腰抜かすわよ!」



「そう考えたから、思い切り威圧したんですよ。でも、反応なし。何度やっても、空気を手で押しているような感覚なんです。鈍いとかじゃなくて、確実に命中しているんですけど、突き抜けていくんですよ。まるで遥かな高みから試されているような」



「神か、悪魔か、あの女は!?」



「訳が分からないからこそ、ヤバいと言っているのです!」



 混乱する二人であったが、これには理由があった。


 テアニンという女神はカメリアという世界に降臨した際に、本来の力を使わないように制限されている。


 その反面、召喚した英雄に付き添わなければならないため、防御性能に関してはかなり高い。


 また、毒や精神汚染等の、デバフに対する耐性も高く設定されている。


 そうでもしなければ、英雄と魔王の戦いに巻き込まれて、消し飛びかねないのだ。


 干渉せず、干渉させずが、降臨中の神であり、それをどうこうできるのは、神の力を得ている英雄、すなわち“松永久秀”ただ一人だけなのだ。


 なお、本来なら互いの不干渉を以て実質的に無敵なテアではあったが、転生者プレイヤーがお構いなしに女神テアを攻撃してくるため、不安で仕方がないという馬鹿げた状況にもなっていた。



「ま、まあ、状況は分かったわ。とにかく全員面倒臭いってことは」



「はい。そこで提案なのですが、ティース様がご結婚された以上、おそらくはあちらもその身柄を公爵領へ移し、行動も制限してくることでしょう」



「そりゃまあ、そうでしょうね」



 ティース自身の懸念はそれだ。今のところはヒーサの態度は大人しいのだが、どこで豹変するかは未知数なのだ。伯爵領にどの程度まで干渉してくるか、それを早く見極めなくてはならなかった。


 評価は改善しつつあっても、だからと言って全面的な信頼を置くなど論外であった。


 ティース自身、ヒーサのとの距離をまだなお測りかねていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る