2-30 千両役者!? 女形はお任せあれ!

 ティースとナルがいなくなり、部屋にはヒーサとヒサコ、テアの三人が残った。


 テアは先程までティースが腰かけていた椅子に座った。


 そして、テアは今まで押し黙っていた分を一気に放出した。



「ヒーサ、あなた、演技力上がり過ぎでしょ!? 一人二役、完璧にこなしているわよ。ヒサコが実体のある“幻”だなんて、とてもじゃないけど思えなかったわ」



「我ながら凄いと思ったぞ、実際」



 ヒサコは実在しない妹である。それが実在しているかのように会う人すべてが錯覚しているのは、習得しているスキルの効力に他ならない。


 【性転換】に始まる兄妹の入れ替わりから始まり、【投影】による分身体の作成まで行えるようになった。


 そして、つい先日には【手懐ける者】のスキルを手にし、自分で自分の体を手懐けるという予想外の行動によって、分身体の動きが更に滑らかになったのだ。


 喋り方から各種表情に至るまで、より操縦者の意図するように動くようになり、ますます本物と分身体の差が縮まっていったのだ。



「まあ、これで心置きなく旅立てるというものよ」



「……本気で茶の木を探すの?」



「とりあえずは、エルフとやらに聞いてみて、それでダメなら領地に戻って考え直す」



 ヒーサはお茶が飲みたかった。なにしろ、転生前は合戦続きで茶を楽しむ余裕すらなく、転生後はお茶の存在すらない世界を彷徨っている状態であった。


 文化人であり、茶人でもある松永久秀にとっては、耐えがたい状況なのだ。


 ゆえに、植物に詳しいエルフを訪ね、茶の木か、あるいはそれに類する植物を手にしようとしていた。


 ただ、茶が飲みたいという一念を叶えるために。



「具体的にはどうする気?」



「エルフの住んでいるネヴァ評議国に、“ヒサコ”の姿で赴く。領地の政務は、“ヒーサ”の分身体を置いて代行させる。まあ、操作は自分がするから、実質的には自分が政務をこなすことにはなるがな」



「で、私もそれに同行しろと」



「魔力源がないと、分身体の形を維持できないからな」



 分身体の維持には魔力が必須であり、それをもっているのは女神であるテアだけだ。本体と分身体は【手懐ける者】によって見えない縄で縛りつけられており、それを介して魔力の供給が行えるようになっていた。


 どちらかに随伴していれば魔力供給が可能であるが、距離が離れすぎると、本体の方に優先的に引っ張られるため、女性体ヒサコで出かけるのであれば、自然とヒサコに帯同することになる。



「でも、それだと政務秘書は誰にやらせるの? 私が付いていったら、身の回りの世話くらいなら他の侍女でも大丈夫だろうけど、秘書官はちゃんとした教養持ちでないと難しいわよ」



「それはティースに任せる」



「いきなりの嫁起用!?」



 なんとも、大胆な登用であった。つい先日まで、事件の真犯人としてヒーサを疑っていたティースを、公爵家の政務に携わらせると言ったのである。


 驚くなと言うのが無理なほど、断端極まりない秘書官採用宣言であった。



「貴族としての教養もあるし、なにより政務の多くはおそらく“実質”吸収したカウラ伯爵領の差配に追われることになるだろう。そうなると、そこの出身者が近くにいてもらった方がいい」

 


「てか、伯爵領の相続人だしね」



「そうだ。ティースにしても、好き放題伯爵領をいじくり回されるよりかは、政策決定に自分の意向を入れやすい位置を確保するのに、反対する理由はないからな」



「おやおや、優しいご配慮なことで」



「すべてを奪うのは、食べ頃になってからでよい。今強引に奪ったところで、食べる箇所も少ないしな。肥え太らせてから食べる。さながら鵞鳥の肥大肝フォアグラのようにな」



 太らせ、それから食べる。カウラ伯爵領において特産品化が進んでいる鵞鳥のごとく、最後にはきっちりいただくとヒーサは宣言した。


 焦らず、じっくり太らせ、食べ頃を待つ。実に理に適ったやり方であった。



「で、そのやり方を嫁さんにも適用すると」



「ククク……、女神よ、おぬしも分かってきておるではないか」



 ヒーサは下品な笑みを浮かべ、わざとらしく舌でペロリと唇を舐めた。なかなかに堂に入った悪役ムーブであった。 



「女を堕とすのは、城を落とすのと同じこと。じっくり焦らせ、攻め立てる。女子を手にする策はな、撫でたり、すかしたり、敏感なところを心も体も少しずつ刺激するのだ。後は向こうから、抱いてくれ、抱いてくれと、じきにせがんでくるようになる。ああいう気の強い女が、そういう風に様変わりする姿を眺めるのは、なんとも楽しい」



「このスケベ爺め……」



 なんとも楽しそうなヒーサの姿に、テアは呆れ果ててため息を吐いた。やはり、目の前の男は、どこまでも欲望に忠実なのであった。



「そう言えばさ、ナルだっけ、あの侍女。よく色々と仕込んでいるのが分かったわね」



「当然であろう。【暗殺】のスキルが最初から備わっていると言ったのは、おぬしではないか」



「ああ、そういえばそうだった。盗みのことは泥棒に、暗殺のことは暗殺者に、ってか」



「どうやら、その手の感覚にかなりの補正が入るみたいでな。仕込み武器の類はなんとなく分かるようだ。あちらさんは大慌てしていたがな」



 つまり、おちょくって楽しんでいたということである。新たなスキルを手にした後のヒサコの動作確認もあるだろうが、これもまた女を焦らせるテクニックの一つだと言わんばかりであった。



「そんなもんか~。……あ、去り際に言った髪留めってなんのこと?」



「ああ、あれはな、小型の炸裂弾だ。導火線を差し込み、火を付ければ、たちまち爆弾に早変わりする、そういう擬態を施した髪留めだ。大きさ的に大した威力ではないがな」



「おおう、マジか。物騒なメイドさんだな~」



「正確には、暗殺者や工作員にメイドの格好をさせてるだけだ。分かりやすい殺気を放ったり、こちらへの牽制のつもりだったのだろうが、却って逆効果よ。腕前がまだまだ未熟というものだ。ワシをりたいのであれば、百地丹波や伊賀崎道順くらいにはなってほしいものだ」



 不敵に笑うヒーサに、テアはゾクリと背中を走り抜ける寒気を感じた。見た目は優男な貴公子であろうとも、中身は乱世を駆け抜けた戦国武将だ。



「ねえ、ヒーサ、……いえ、ヒサヒデ、あなたって、どれくらい人を殺めてきたの?」



「それを答えられるようでは、一端の武将とは言えんな」



 要は、数えられないということだ。頼もしくもあり、恐ろしい存在だ。魔王を見つけるのに不可欠な冷徹さではあるが、それでも目の前の男を相方に選んだことを、まだ女神は悩んでいた。



(本当に大丈夫なのかな~)



 こうして、何事もなくヒーサとティースの結婚初夜は終わった。


 それは喜ぶべきか否かなのかは、神様にも分からなかった。

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