2-29 戦争勃発!? 花嫁vs小姑!(後編)

 そして、ヒサコはティースに仕掛けた。



「でも、お兄様、そのナルとかいう女、侍女メイドでも、護衛ガーダーでもなく、どちらかと言うと暗殺者アサシンの類に近いですよ」



「なに?」



 ヒーサは目を見開いて驚き、ナルをまじまじと見つめた。しかし、見た目はどこにでもいそうなメイドであり、どこにもそれらしい点は見つけられなかった。


 

「ヒサコ、言いがかりはよしていただけませんか。私が暗殺者アサシンを連れてるなど……」



「スカートの下、刃砕剣ソードブレイカー盾剣マンゴーシュがありますね。まあ、これだけなら護衛用の武器と言えなくもありませんが、体の各所にぶっとい釘のような短剣、投擲用でしょうね。あと、鍵開けに使うのでしょうか、針金も仕込まれてますね。それにメイド服の下は鎖帷子チェインメイルですか。動きが阻害されないギリギリの重さ、フフッ、よくできておりますわ」



 ヒサコはわざとらしく怯えて肩をすくめつつ、ナルに拍手を送った。


 どうやら正解であったらしく、ナルは鋭い視線をヒサコにぶつけてきた。



「あらあら、飼い犬が吠え立てるなんて、しつけがなっていませんわね。主人の程度が知れると言うものですわ。フフッ、いつ調べたって顔してますけど、答えは簡単。昼間の広場で横に立った時やすれ違う際に、ササッと触れて調べたのよ。油断よねぇ~。護衛失格よ、あなた」



「……無礼な発言は、その辺りにしていただきましょうか」



 いよいよ鋭い視線に乗せて殺気まで放つようになり、今度はヒサコとナルが火花を散らすほどの視線を交わした。


 一触即発。互いに不自然なほど自然なリラックス状態。これこそ、瞬時に攻撃体勢に入るための、予備動作であった。



「こらこら、よさんか。これからよく顔を合わすと言ったばかりだぞ。毎回これでは身が持たん」



 ヒーサが身を乗り出して二人の間に割って入り、ヒサコがそっぽを向いて事なきを得た。


 腕を組み、鼻息荒く、怒りをあらわにする様は、とても貴族のお嬢様には見えない態度だ。



「お兄様は気楽でいいかもしれませんが、暗殺には気を付けてくださいよ。現に、我が家の侍女が、宗教に狂って内通していたんですから。どこの誰とも知れず、しかも暗器を隠し持つ輩が、お兄様をれる間合いに入っているのが、私としては心配なんですから」



「それでは、私がヒーサを暗殺しようとしているみたいではありませんか!」



 いよいよ我慢できなくなり、ティースは席を立ちあがった。腰に剣でも帯びていたら、間違いなく抜いていたであろうほど、激高した表情でヒサコを睨みつけたが、ヒサコはそっぽを向いたままだ。



「でしたら、なぜ侍女に暗器を持たせたのか、納得のいく理由をお聞かせしてほしいものですわ」



「私の護衛だと言ったでしょう!?」



「護衛だと言うのであれば、堂々と剣を帯びて侍ればよいだけのこと。暗器を持たせる理由にはなりませんわ」



 ヒサコは鼻で笑い、あくまでティースのやり方を責め立てた。


 またしても険悪な雰囲気が生み出されたが、ここもヒーサが割って入った。



「だから、止めんか、二人とも! 姉妹になったのだから、あまり喧嘩ばかりでは、我が家の評判に関わるというものだ。とにかく、双方とも、大人しくしなさい」



 ヒーサの言うことには逆らえないのか、ヒサコはまたそっぽを向いてしまった。なお、わざと聞こえるように舌打ちをして、ティースをますます不快にさせた。



「まったく、お前と言う奴は……。ティース、明日も色々と忙しい事だし、今夜はお開きとしよう。君の屋敷に戻って、ゆっくりするといい」



「え……。い、いいんですか? 屋敷に帰っていいんですか?」



 なにやら急にティースはもじもじと恥じらう姿勢を見せ、どうしようとばかりにヒーサとナルを交互に視線を送った。


 その光景を見たヒサコが、またしても大声で怒鳴りつけた。



「これだから、初心うぶなお嬢様は! お兄様に床に呼ばれるとか考えてたんでしょ! あぁ~、ヤダヤダ。暗器ブラブラ下げて、呼んで貰えるなんて思っている方が浅はか過ぎるわよ! むっつりなお姉様は、武装解除してから出直してきなさいな」



「おいおい、ヒサコ」



「お兄様! 別にむっつりお姉様を床にお誘いになるのは構いませんが、心配ですので、しっかりと見張らせていただきます。お二人で床に入ったのを確認し、私はそのまま朝まで部屋の中で椅子に腰かけながら監視を続けますので、どうぞ致して下さいな」



 ヒサコの無茶苦茶な言い様に、ティースもさすがに混乱してしまい、恥ずかしさから顔を真っ赤にしてしまった。手でそれを覆い隠し、妙な呻き声が口から漏れ始めた。


 実のところ、これは図星だった。


 そもそも、この日の夜は二人が夫婦となった初めての夜である。結婚初夜は夫婦揃って床入りするものだと聞かされていたため、不安半分期待半分の気持ちで公爵家の上屋敷に踏み入ったのだ。


 しかし、待っていたのは、妹からの嫌味ったらしい口撃の数々であり、その気分はすっかり萎えてしまっていたのだ。


 そして、夫からは“今夜はいらないです”宣言が放たれた。初めて尽くしのこの状況、困惑しない方が無理であった。


 これは夫の気遣いか、あるいは暗器云々の件で警戒されたのか、それとも女としての魅力に欠けるのか、判断の難しい状況だ。


 それにも増して、ヒサコの存在がいろんな意味で邪魔過ぎた。



「まあ、明日も忙しいし、体力は温存しておきたいからな。他意はない」



 優しい笑顔と共にヒーサの口から発せられた言葉に、ティースは自分の修行不足を痛感した。状況の整理がつかず、動揺するだけの今の状態では、床入りしても迷惑ではないのかと考え、早めに引き上げた方がよいと判断した。


 席から立ち上がり、恥ずかしそうに軽く頭を下げてから部屋から退出しようと動いた。同じく、ナルもまた主人の後に続いた。



「二人とも、おやすみ。……ああ、ナル、ちょっと待った」



 呼び止められたナルは無言で振り向き、ヒーサの言葉を待った。


 そして、それは心臓を握り潰されるほどの衝撃を受けた。



「その髪留めは“危ない”かな。明日は“実用的でない”物でお願いしたい」



 ナルはその言葉に動揺し、上手く即答ができなかった。ただ、軽く頷き、頭を下げ、そして扉を閉めて主人の後を追っていった。


 見送るヒーサはニヤリと笑い、嫁とその従者に牽制の一撃がちゃんと命中したことに満足した。

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