2-27 華燭の典! 二人は幸せなキスをして終了……か!?

 カンバー王国の王都ウージェは長きにわたり、都として繁栄してきた由緒ある都市だ。人口は城壁の内側だけで三十万を超え、周辺の町村などの王都の都市圏、王族の直轄領を合わせれば、百万には届くと言われるほどの大都市だ。


 その花の都において、今日は一際輝く催し物が行われようとしていた。


 それは三大諸侯の一角を占めるシガラ公爵ヒーサと、カウラ伯爵ティースの結婚式であった。


 ヒーサとティースは元々婚約者の間柄であった。ヒーサは公爵家の次男坊にして医者であり、ティースは伯爵家の長女で父親に言わせれば「お転婆すぎて嫁の貰い手が心配になる」娘であったのだが、この度、華燭の典が催されることになったのだ。


 だが、この二人の婚儀には暗い影が落とされ、一時は結婚どころか、両家の間で戦争が勃発してもおかしくないほどの緊迫した情勢となっていた。


 世間一般では『シガラ公爵毒殺事件』として知れ渡った出来事であり、事件当初、公爵であったマイスとその嫡男セインが、カウラ伯爵ボースンの持ち込んだ毒キノコによって死亡してしまったのだ。


 ボースンは激高した公爵家の人間によって捕らわれの身となり、それを解放するために公爵の屋敷に向かったその嫡男キッシュが道中において落石事故に合い、命を落とした。


 そして、それを聞いたショックでボースンも軟禁されていた部屋で自殺してしまった。


 ここまでが事件後程なく広まったあらましであったが、これに“裏”があったことが王都で開かれた国王臨席の御前聴取の席で明らかとなった。


 公爵家側からの報告によると、キッシュの死んだ落石の現場には故意に石を落とされた形跡が残っており、さらに付近の森で異端宗派である『六星派シクスス』の聖印ホーリーシンボルを持つ遺体が複数発見され、どうやら両家を仲違いさせようとする異端者の謀略だということが疑われることとなった。



「ならば、両家の関係修復のため、婚儀を結ぶべきだ」



 この意見が多くの賛同を得て、現在の挙式となったわけだ。


 元々二人の結婚は両家の仲をより確実なものとする、という政治色の強いものであった。貴族の結婚ではままあることであり、それが事件のために、さらに政治色が強くなったというわけだ。


 なにしろこの結婚式には、両家の関係修復のみならず、『六星派シクスス』への牽制も兼ねているからだ。


 異端者の策謀によって今回の事件が引き起こされたのであれば、両家がギクシャクしたままでは思う壺であると考え、手早く結婚することにより、無意味な行動は止めよ、という政治的な宣伝効果を狙っているのだ。


 そのため、御前聴取からわずか三日で式が組まれ、どうにかこうにか間に合わせたという経緯があった。これには準備に追われた面々の苦労が偲ばれ、実際、大半の案件を取り仕切ることとなった宰相のジェイクは、顔に疲労の色をしっかりと浮かべていた。


 そんな慌ただしい挙式であったため、参列者の顔触れは少し寂しいものであった。


 なにしろ、三日前に急に挙式の王命が下されたため、大半の貴族が間に合わなかったのである。


 参列している貴族は、たまたま王都に滞在していた者や、わりと近い場所に領地を持っていた者ばかりで、三大諸侯の一角を占めるシガラ公爵の結婚式としては、人数が少ないと言わざるを得ない。


 また、これは大聖堂を管理する『五星教ファイブスターズ』にも言えることであった。枢機卿のヨハネスが直々に式を執り行い、新郎新婦に祝福を与える手はずとなったのだが、他の教団幹部は準備が間に合わず、ごく少数のみが祭壇の近くに並んでいるだけという状態であった。


 だが、ヒーサはそんな形だけの祝いなど、意にも解さなかった。重要なのは、ティースと結婚することそれ自体であり、合法的に伯爵領を掠め取るための取っ掛かりを得ることとなった。


 これを考えれば、寂しい結婚式など、わりとどうでもいい事であった。


 一方のティースの方は複雑であった。


 もし事件がなければ、この結婚式は“公爵の次男坊”と“伯爵の娘”の組み合わせとなるはずであった。お互いに爵位を持たない者同士の結婚であり、両家の結びつきを強める以外には、特別な意味を持たない結婚であった。


 しかし、今は“公爵”と“伯爵”という、互いに爵位を相続した者同士の結婚となってしまった。これは実質、伯爵が格上の公爵に取り込まれることを意味し、ティースとしては避けたいことであった。


 だが、ティースにはどうすることもできなかった。


 御前聴取の席で、公爵家の代理人としてやってきたヒーサの妹ヒサコによって散々にやり込められ、伯爵家の印象が著しく悪化してしまった。


 しかも、ヒーサが仕組んだことと思っていたのに、異端者の存在が知れ渡るとそちらに皆の注意が行き、両家の関係修復を望む声が強く、それに抗うこともできず、今に至っていた。


 さらにティースに複雑な感情をもたらしてるのは、ヒーサの態度であった。


 ヒーサは非常に礼儀正しく、ティース個人にも、伯爵家に対しても敬意を以て接していた。口八丁にやり込められるという点では妹ヒサコと変わりないが、相手に不快感を与えない納得の気持ちのいい負けであり、ティースの気持ちが揺れ動いたのだ。


 ヒサコの扱い以外では、ヒーサに対して文句のつけようがないほどに完璧な対応であった。


 そのヒサコに対しても、とうとうやり過ぎを咎めた。



「いい加減にせんか! 姉に対して、礼を弁えよ!」



 これは式の始まる直前にヒーサがヒサコに対して発した言葉だ。


 というのも、ヒサコはティースの後ろに付き、花嫁の被る長いヴェールを持つ役目を与えられていた。それにかこつけて、前を歩くティースのドレスを踏んづけ、転倒させようとしたのだ。


 まさかの子供のような不意討ちに、ティースは危うく転びかけたが、素早くヒーサがティースの体を支え、事なきを得た。


 そして、厳しく叱りつけた。その間近で見る顔が妙に凛々しく、抱き支えられるティースは心臓を高鳴らせながら顔を赤らめるほどの貴公子然とした対応であった。


 行動も、言葉も、顔立ちも、どれも隙のない立ち振る舞いであり、ティースの心はさらにヒーサへと寄っていった。


 参列者が見守る中、二人は並んでゆっくりと赤絨毯の上を進み、祭壇の方へと一歩一歩近づいていった。


 ヒーサの衣裳は白を基調とする礼服で、緑色のマントを羽織っていた。豊かな山林を有するシガラ公爵家では森の木々を示す緑色が代々珍重され、自前の衣裳ではよく用いられていた。

 

 そして、シガラ公爵家の象徴として扱われている幸運の運び手“フクロウ”、これを模したブローチも身につけていた。


 一方のティースは宝石を散りばめられた赤いドレスであり、全身を覆うほどに大きな薄絹のヴェールを被っていた。


 なお、そのヴェールを持つヒサコは不機嫌そうに口を尖らせていたが、さすがに先程のような馬鹿な真似はしてこなさそうなので、新郎新婦は“妹”をいないものとして、前へと進んだ。


 そして、祭壇の前に到着すると、待ち構えていたヨハネスに一礼し、居並ぶ神官達にも礼をした。これに合わせて神殿楽団が数々の楽器を奏で、厳かな儀式にさらなる厳粛さを添えた。


 儀式の始まりを告げるかのように、ヨハネスは手に持つ錫杖で床を突いた。五芒星の飾りに、五つの鈴が取り付けられており、床を突くたびにシャンシャンと鳴り響いた。


 ちなみに、ヨハネスは紫色の儀式の礼装に身を包んでいた。法王ないし枢機卿にのみ許された服装であった。


 その最高位の神職が打ち鳴らす鈴の音を以て儀式の開始となり、音楽は一旦鳴りやんだ。



「今ここに、新たに五星の神々の前で誓いを立て、夫婦たらんとする一組の男女が現れた」



 ヨハネスの声はよく通り、大聖堂にその声が響いた。


 そして、一度後ろを振り向き、祭壇の上に掲げられている五体に神像に向かって礼をした。



「火の神オーティアよ!」



 祭壇に並ぶ赤い僧衣の神官が叫ぶ。



「水の神ネイロよ!」



 祭壇に並ぶ青い僧衣の神官が叫ぶ。



「風の神アーネモースよ!」



 祭壇に並ぶ緑色の僧衣の神官が叫ぶ。



「土の神ホウアよ!」



 祭壇に並ぶ黄色の僧衣の神官が叫ぶ。



「光の神フォスよ!」



 祭壇に並ぶ白い僧衣の神官が叫ぶ。



「「神よ! 神よ! 神よ! 降臨せよ!」」



 神官達が一斉に合唱するかのように叫び、それと同時に神像がそれぞれに対応する色に輝き始めた。


 神の降臨、を表す演出だ。


 その光景を見つめ、神の降臨を確認した後、ヨハネスは再びヒーサとティースの方を振り向いた。



「神は舞い降りた! 新たなる旅立ちに祝福を与えることであろう!」



 再びよく響くヨハネスの声が聖堂中に反響した。



「さあ、誓われよ、新郎よ。汝、ヒーサ=ディ=シガラ=ニンナよ、ティース=デ=カウラ=トーガを妻とし、生涯に亘って愛することを誓うか?」



「はい、誓います」



 ヒーサは今一度ヨハネスに拝礼し、誓いを立てた。



「では、新婦、ティース=デ=カウラ=トーガよ、汝はヒーサ=ディ=シガラ=ニンナを夫とし、生涯に亘って愛することを誓うか?」



「……誓います!」



 若干、言葉に詰まったが、ティースもまた誓いを立てた。



(そう、どのみち、もう引き返すことはできない。自力で事件の裏を探るのにも限界がある。立場は変わってしまったとはいえ、当初の予定通り、公爵家に嫁ぐ。そして、見つけ出す。すべての鍵を握っている、毒キノコを差し出した“村娘”の居場所を突き止める!)



 ティースには選択の余地がなかった。これで実質的に伯爵家は吸収合併されるが、それでも再興の道はある。例の“村娘”さえ居場所を突き止め、公衆の面前に引きずり出せば、伯爵家の名誉は回復する。それに賭けるしかなかった。



「誓いはなされた! 五星の神よ、この者達に祝福を! 幸あれ! 栄光あれ! 繁栄あれ!」



 シャンッシャンッと再び錫杖の鈴が鳴らされ、それに合わせて万雷の拍手が大聖堂を揺らした。


 ここに新たな夫婦が誕生し、更なる誓いとして、ヒーサとティースは向き合い、そして、二人は口付けを交わした。


 それを黙って見つめるヒサコの瞳には、欺瞞に満ちた夫婦に見えることだろう。なにしろ、見つめる二人の妹もまた、欺瞞そのものであるからだ。


 こうして、婚姻の儀式は無事に終わり、ヒーサとティースは夫婦となった。


 しかし、二人は幸せなキスをして終わりとはならない。むしろ、ここからが苦難の始まりなのだ。


 ヒーサは女神以外に秘めたる欲望と魔王探査のため、ありとあらゆる手段に手を染めることになるだろう。


 ティースは伯爵家の潔白を証明するために“村娘”を探すこととなるだろう。


 欺瞞に満ちた夫婦、虚構しかない兄妹、憤激に染まる姉妹、それぞれの思いを胸に、新たな門出を迎えることになった。


 打ち鳴らされる拍手は、歓迎と祝福ではなく、嘘を隠す爆音にしか聞こえなかった。

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