2-26 求む! 茶ノ木はどこですか?

 新たなる力、スキル【手懐ける者】を手にし、意気揚々のヒーサ。


 手懐けた自分自身ヒサコを動かし、“動作確認”を行った。



「それと、同時に二体まで支配下に置いて、操作できるからね」



「そうか。ヒサコ用に一枠確保するとして、あともう一体分使えるか」



「偵察用に鳥とかでも使役したら?」



「いや、暗殺用に、毒虫か毒蛇でも仕込んでおこう」



「うん、それは言うと思った」



 発想に一切のブレを感じない。慣れてきたとはいえ、テアも苦笑いせざるを得なかった。


 やはり、松永久秀と言う男は、どこまでいっても松永久秀なのだ。



「まあ、術を解けば枠は空くし、好きにすればいいわよ。あ、でも、制約に関しては、前のままだからね。遠出させるのはいいにしても、使い魔はともかく、分身体ヒサコが怪我したら、本体も同様の傷を受けるから、その点は注意してね」



「ちっ、やはり自爆特攻はダメか。損耗しない分身体は、さすがに虫が良すぎるか」



「そこまで行くと、【人体錬成ホムンクルス】のスキルがいるから、完全に別系統の術式になるわ。諦めることね。てか、自爆特攻可能な分身体の生成って、軽くホラー入るわよ。怖すぎる」



 とはいえ、十分すぎる技術を手にしたことはかわらないのだ。これを使って何をするのか、テアとしてはやはり心配であった。



「まあ、ヒサコを遠出させる事ができるなら、是非探し出してもらいたいものがあるからな。それの探査並びに獲得を目指そう。そちらの方が重要だ」



「探し物ねえ……。何を入手したいの?」



「茶の木」



 短いが、力のこもった一言であった。ヒーサの目も真剣そのものだ。今まで見た中でも、特に強い意志を感じるほどに欲しているようであった。



「この世界に飛ばされて一番気に入らぬのは、もちろんあの作法のなっていない食事風景だが、それと同等に嘆かわしいのは、この国には喫茶の文化がないことだ」



「あぁ~、そう言えばそうね。この国で飲み物って言えば、水、酒、果汁とかかな」



「うむ。見事に“茶”がないのだよ」



 ヒーサの中身は茶人である。茶を点て、風情を感じ、あるがままを楽しむことを何よりの至福と感じる者だ。それが、この世界に来てからというもの、一切の茶を飲むことができないでいた。


 茶の禁断症状とも言うべき、イライラも感じ始めていた。あの濃い緑色の液体で喉と心を潤し、安らぎを感じたいのだ。



「でも、この世界に茶の木があったかな~」



「分からんが、せめて何かしらの代替品でもよいのだがな。何か良案か、探すあてはあるか?」



「探すなら、ネヴァ評議国かな。森に住まうエルフ族なら、植物に関しては誰よりも詳しいし、そこを当たってみるのが無難かな」



 ネヴァ評議国はエルフを始めとする妖精種が多く住んでいる国である。一応、カンバー王国との交流はあるのだが、活発と言うほどでもなく、不干渉なお隣さん程度の存在であった。


 だが、植物に詳しいのであれば、茶の木についての情報を得られるかもしれないので、まずはそこを目指すべきだと、ヒーサは判断した。



「ときに、茶の木って何に使うの? 魔王探索の何かに使うの?」



「いいや。普通に飲むためだが?」



「……は?」



 テアは驚き、絶句した。数々のスキルを使用し、更には女神の魔力を消費し、やりたいことが「お茶を飲みたい」だという。


 欲望丸出し、我が道を行く、ここに極まれりであった。



「貴重なスキルを使って、しかも不安定な遠隔操作までやって、やりたいことがそれ!?」



「これ以上にない重要な案件だぞ。そもそも、茶は薬用として飲用されたもの。医者として、皆の健康に気を遣っているのだ」



「絶対こじ付けだわ、今の理由」



 みんなのために、などと殊勝な心掛けは絶対にこの男からは出てこない発想だ。自分本位をどこまでも通すはずで、本当にただ茶が飲みたいのであろう。


 テアとしては、さっさと魔王探索という本来の仕事に戻って欲しかった。なにしろ、あれほど凄惨な簒奪劇をやり遂げたのである。


 これで仕事をほっぽり出して、お茶でほっこりなんぞされては、嫌々ながら簒奪に付き合った自分がバカみたいだ。



「ヒーサさぁ、真面目に魔王探査やる気あるの?」



「あるぞ。一応確認を取っておきたいのだが、女神よ、術の使い手は大半が『五星教ファイブスターズ』に属しているので間違いないな?」



「ええ、それは確実。この世界の術士の八割九割が教団の関係者。教団関係者以外が術を使用することは異端認定されかねないから、術士は教団に入るか、もしくは在家の協力者にさせられる。それ以外は、異端の『六星派シクスス』に走るか、隠棲して身を隠しているかのどれかね」



 神の奇跡の代行者たる術士は、同じく神の地上における代理人たる教団のみ。それ以外は魔に魅入られし異端の存在。それが「五星教ファイブスターズ』の考え方だ。


 これについては徹底されており、術の才能を持っていた貴族が教団への隷属と言う名の協力を拒んで、異端認定からの討伐の憂き目にあったことすらあった。


 それゆえに、密かに『六星派シクスス』に走る者が後を絶たず、教団側も頭を抱えている状態なのだ。魔王誕生が囁かれている以上、闇の神を奉じる異端派に対する締め付けや、自身の強化を緩めるわけにはいかなかった。


 自業自得とはいえ、敵を締め上げるつもりで、敵を作り出しているのだ。間抜けな話である。



「茶の木の件だが、シガラ公爵の領地では、少し寒い気がしてな。栽培するのに、少し暖かくしたいのだよ。ゆえに、火や熱を操るのに長けた術士が欲しい」



「温室の茶栽培!? あなたのいた時代の遥か先の話じゃない!」



「茶人ゆえ、致し方なし。茶の安定供給なくして、喫茶の文化は生まれぬ」



「うん、そこまで考えるとか、お茶バカだわ、あなた」



「誉め言葉として、受けておこうか」



 やはり一切ぶれない。自分がやりたいようにやる。目の前の男はそれなのだと、テアは改めて見せつけられた格好だ。



「それにな、術士が教団関係者というのが、逆に利用できる」



「というと?」



「初めは茶栽培なんかで協力させ、その利益を還元する。富と名声には誰しも釣られるものであるから、喜んで協力するであろう。そこから少しずつ深みにはめていき、気付いた時には「六星派シクスス』に半分突っ込んでいる状態に持っていけば、あら不思議。“内通者”と言う名の“共犯者”の完成である。フフフ……」



「また、なんということを……」



 共犯者は自身を守るために、絶対に裏切らないものである。まして、教団関係者であればこそ、異端認定の危うさは身に染みているはずだ。ヒーサに協力し続けなければ身の破滅。となれば、嫌々でも従わざるを得なくなる。


 実に理に適った裏切り者の作り方である。



「同盟というものはな、“いずれは裏切る”ことを前提とした、期間限定のお仲間のことを言うのだ。逆に言えば、利益の共有、秘密の共有、これらがあるうちは絶対に裏切らないものだ。裏切れないとも言えるがな」



「つまり、それらがなくなったら、裏切ってしまうと」



「何か問題かな? 遊びで国盗りをやっていたわけではないのだぞ」



 テアの背筋に何かが走り、ぞくりと寒気が走り抜けた。


 その正体は目の前の男が放った気配だ。姿形は変わろうとも、やはり目の前の“共犯者あいぼう”は、どこまで行っても戦国を駆け抜けた梟雄だ。


 “盗る”ことに命を懸ける、下剋上の申し子なのだ。



「気に入らないかね、女神よ」



「うん、気に入らない。人間って、もう少し理性的に動けると思っていたから」



「理性なんぞ、所詮は人間関係を維持するための、仮面に過ぎん。剥ぎ取ってしまえば、そこにいるのは欲望に支配された猿しかおらん。人も獣も大差ないわ」



「それは戦国の生きた人間の感想?」



「いいや、人間そのものへの感想よ。いや、ワシの感性とも言えるか。戦に明け暮れれば、平穏を求める。平和に浸れば、刺激が欲しくなる。どこまで行こうと、人間とは“わがまま”なのだ」



 そして、誰よりもわがままな男が、女神の目の前にいる。奪って、奪われた、どこまでもわがままな男だ。


 少しばかり戸惑う女神であったが、そんな気持ちを察してか、ヒーサはテアに笑顔を向けた。



「まあ、堅苦しい話はここらで終わろう。ようやく手に入った地位と領地だ。存分に活用させてもらおうではなか。仕事にも、道楽にも、な」



「真面目なのか、不真面目なのか」



「ワシはどこまでも大真面目だぞ。ああ、楽しいな、領地経営。箸の普及に、茶の栽培。あとはカウラ伯爵家から奪うつもりでいる鵞鳥の肥育も面白そうじゃな。あとは、嫁も“開墾”してやらねばならぬし、なんと忙しい事か!」



「うん、頑張って。最後の以外は手伝えるから。新郎の務めはしっかり果たしなさい」



 さすがに、新妻をどうこうするのに、女神の加護も手管も必要ない。というか、立ち入りたくないというのがテアの本音であった。


 ただでさえ、あんなひどい兄妹共作のマッチポンプを見せられたのだ。ティースに対しては同情心を覚えるし、これ以上は干渉したくなかった。



「え? ティースの開墾、手伝ってくれないのか?」



「私じゃなくて、“妹”に手伝ってもらいなさい!」


「……おお、なるほど。それ、採用! やはり新技術の“動作確認”は必須であるからな」



「おいぃぃぃ!」



 またしても良からぬことを思いついたらしく、ヒーサはニヤリと笑い、女神は余計な一言を発したことを後悔した。


 態勢は整った。あとは自分好みに染め上げるのみ。領地も、領民も、そして、新妻も、である。


 ヒーサは今、戦利品から漂う香しい雰囲気に、ただただ酔いしれるのであった。

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