2-25 新たなる力! 悪役令嬢緊縛プレイ!

 王都ウージェの大通りを一台の馬車が進んでいた。かなり豪華な造りをしており、掲げられた紋章からは、それが王国三大諸侯の一角を占める、シガラ公爵のものだと判別できた。


 その馬車に乗る者が二人。シガラ公爵ヒーサと、その専属侍女テアだ。


 二人は先程までカウラ伯爵の上屋敷を訪問していた。伯爵家の当主であるティースはヒーサと結婚することになっており、その初顔合わせのためだ。


 他にもドレスや支度金などの受け渡しもあったが、主目的はそれこそ女伯爵の篭絡であった。


 そして、結果は上々といった感じであり、成し遂げたヒーサは上機嫌であった。



「フフフッ、意外とすんなり堕ちたな」



「そのようですね。はっきり言えば、ヒサコへの悪感情以外は、かなりの部分でほぐれたと見て間違いないわ。特に、ヒーサへの警戒はほぼほぼ薄れた。演技といい、台詞回しといい、【大徳の威】をこうまで使い切るとは恐れ入ったわ」



 去り際にティースが見せた顔などは、明らかに好意と思慕と恥じらいが入り混じった表情をしていた。言葉からも最初の壁を作っていた感覚はなくなり、親しみの入った声色に変わっていた。


 要は、女としても、領主としても、ヒーサという人物に“堕ちた”のである。



「あの手の女は、恋愛には慣れておらんからな。崖の上から落ちそうになったところを、優しぃ~く手を差し伸べてやれば、すんなりいくものよ」



「なお、崖から突き飛ばした当人が、手を差し伸べている模様」



「あくまで、突き飛ばしたのはヒサコの方よ。突き落とされ、ようやく掴んでいる手をグリグリと踏みにじり、ついでに石をぶつけてやっているところを、ヒーサという男がスッと引き揚げてやっただけのこと。まあ、感謝くらいはするだろう。あとはそれを恋愛感情に変え、最終的に隷属とすればよい」



「バレた後が怖いけどね」



 実際、テアの言う通り、正体バレすると崩壊しかねない案件が山積みであった。上手く擬態できているとはいえ、その辺りがさすがに心配でならなかった。


 そして、そんな心配など不要と言わんばかりに、あのファンファーレが鳴り響いた。



 チャラララッチャッチャッチャ~♪


 スキル【大徳の威】のレベルが上昇しました。転生者プレイヤーは所定の手順に従い、カードを引いてください。



 前にも聞いたその声は、ヒーサの持つスキルの練度向上を告げた。



「やっぱり来たか……。ここ最近で、いったい何人の“被害者”を生んだことやら」



「被害者ではないぞ。要救助者に手を差し伸べただけだ」



 要救助者を生み出しておいて、この言い様である。マッチポンプと言う言葉がこれほど似合う人物もなかなかいないであろう。



「救助が必要な人間を生み出して、それを助けて経験値獲得。なんだろう、味方討ちフレンドリーファイヤーでも経験値入るММО的な……」



「なんだ、それは?」



「この世界みたいな御遊戯かな~」



 そうこうしているうちに、いつもの箱が現れ、テアの横の席に着地した。



「さて、再び緊張の一瞬がやってきたわね。Sランクカードの派生ないし発展だから、強力なのが結構あるけど……」



「ちなみに女神よ、おぬし的に引かれたくないカードは?」



「ぶっちぎりで【破損判定無効ブレイクスルー】ね。ブレイクカード限定のやつ。文字通り、悪行を積んでも名声が落ちなくなって、【大徳の威】の効力が消えなくなる」



「ほう、それはいいな。面倒な偽装工作の大部分を省略できる」



 是非とも欲しいとヒーサは思ったが、テアとしては勘弁してほしかった。ただでさえ悪行三昧を繰り返しながら、【性転換】を利用してすり抜けてきたのである。


 その制限がなくなったらどうなるか、想像するのも恐ろしい事であった。



「……でも、悪行を重ねても名声が残るって、それじゃあまるで」



「魔王ならばそうであろうな」



「でも、あなたは魔王じゃない」



「悪には悪の“かりすま”とか言うのがあるからな。悪名もまた、名声の一つの形態に過ぎん。魔王でなくとも、悪い奴なんぞいくらでもいる。ワシのような凡夫には理解できぬ世界がな」



「はいはい、凡夫凡夫。ほら、さっさと引いて」



 テアは箱を差し出し、ヒーサは箱の穴に手を突っ込んだ。


 ごそごそまさぐった後、カードを一枚取り出した。


 色は銅褐色。ランクはCランクだ。



「あらあら、さすがに連発して高ランク引いてきたから、そろそろ打ち止めかしら?」



「……馬鹿を言うな。女神よ、はっきり言って、ランクを間違えているぞ。こんな強力なカードがCランクとか、見る目がなさすぎる。……いや、そもそもワシ自身もCランクであったのだ。案外そうした“曲者”が潜んでいるのやもしれんな、Cには」



 珍しくヒーサが困惑の色を表情に出していた。いったいどんなカードを引いたのか、テアはそれを覗き込むと、そこには【手懐ける者】と書かれていた。



「ああ、それか。動物を手懐けて、使役するスキルね。遠隔操作と視界共有とかも出きるから、偵察用としては悪くないスキルだけど、言う程強力かな~?」



「……使役する動物の制限はあるか?」



「小動物みたいな、明らかな格下とか自我の薄いのとかなら、簡単に使役テイムできるわよ。理論上は魔獣とかも使役テイムできるようになるけど、そういう強力な奴はボコボコに倒して、どちらが上位者か分からせてからなら、手懐けることはできるわね」



「やはり破格の性能ではないか!」



 ヒーサはパシンと膝を叩き、してやったりと喜びを表した。


 そんなヒーサの態度に、テアは混乱した。やり方次第では強力ではあるが、はっきり言って、これ単体では使い道が乏しいのだ。



「まあ、確かに別の世界で、ドラゴンとか手懐けた人もいたけど、あなた、戦闘系スキルないじゃない。ボコってから手懐ける以上、手懐けれる相手なんて、そんな強力なのいないよ」



「いるではないか、強力無比な被使役者が」



 ヒーサがパチンと指を鳴らすと、自信のすぐ横にヒサコを作り出した。【性転換】の派生スキル【投影】による、分身体の作成だ。



「ていっ!」



 ヒーサは作り出したヒサコの額にデコピンをお見舞いした。痛くないほどの、軽い一発だ。


 だが、それはすぐに効果が現れた。ヒサコの体が光だし、細い縄のような物が現れたかと思うと、それがヒサコとヒーサの体を結びつけた。


 それは【手懐ける者】が発動した証であった。



「よし、ヒサコを手懐けたぞ」



「自分で自分を手懐けた!?」



 まさかの自分縛りであった。


 スキルの発動条件としては、確かに可能であった。意思を持たない人形である分身体は、分からせるまでもなく本体の支配下に入る。そして、手懐けられた者は支配者に完全に従い、遠隔操作と視界共有も付与される。


 はっきり言えば、【投影】の分身体への強化付与であった。



「こんな使い方があるとは……」



「確かに、【手懐ける者】単体では、いまいち使い勝手が悪い。まあ、偵察用としては優秀だがな。しかし、他のスキルと組み合わせることにより、無限の可能性を得た」



「視界共有できるから、離れた場所にいても動かせる。何よりこれ!」



 テアは二人を繋ぐ縄を注目した。常人には決して見えない支配者と隷属者を繋ぐものだが、スキルを付与した女神だからこそ捉えることができるのだ。



「これを伝って、魔力供給もできるから、どこまでも遠くまで移動させることができるわ。【投影】が更に使いやすくなったってところか」



「結構なことだ。ヒサコを別行動で使役し、面倒な偽装工作や裏工作も、更にやり易くなった」



 なにしろ、今まではすぐ近くにいなくては使えなかった分身体が、遥か多くまで送り出すことができるようになったからだ。今までの比ではないレベルで、分身体を使えるようになったことを意味していた。



「そうね。しかし、こういう使い方を瞬時に思いつく当たり、やっぱあなた、頭がいいわ」



「それもまた、戦国の倣いよ。強くて賢くなければ、他人の食い物になるだけだ」



 弱肉強食、下剋上、そんな世界を闊歩してきたのが、松永久秀である。この程度の機転を利かせられぬようでは、戦国では生き残れなかったのだ。


 この世界はそれよりかは遥かに温いが、かと言って手を抜くつもりもない。むしろ全力で頭を使い、自己の優位性を高めることに躊躇はない。


 そして、新たなる力を得た事を、ヒーサは素直に喜ぶこととした。

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