2-22 飴と鞭! ならば、今度は飴の出番だ!

 ティースが応接室に入ると、そこには二人の人物がいた。


 一人は金髪碧眼の貴公子。もう一人は緑髪の侍女。公爵とそのお付きの侍女か、とティースは判断し、机を挟んだ反対側に立った。


 なお、その机の上には少し大きめの木箱が置かれており、なにかしらの進物だろうかと気になった。



「やあやあ、お初にお目にかかる、麗しの花嫁ティース殿」



 随分と馴れ馴れしく話しかけてくるが、不思議と嫌悪感は湧かず、むしろ親しみすら感じていた。


 今までにない不思議な感覚を覚えつつも、ティースもそれに応じた。



「シガラ公爵ヒーサ様、初めまして。カウラ伯爵ティースにございます。先日、お会いする機会を逸して、いつお会いできるのかと気を揉んでおりましたら、わざわざご足労いただき、恐縮でございます」



 もちろん、今この場で会いたいなどとは思っていなかったが、そこは貴族の社交辞令である。裏に敵意があろうとも、それを感じさせず、にこやかな笑みを浮かべるくらい造作もないことであった。



「ドレスの仮縫い中だというのに、申し訳ないね」



「いえ、ほぼ終わっておりましたから」



「と言うのは嘘八百で、本当はドレスが手に入らなった、と」



 ヒーサはニヤリと笑い、ティースは心の中で舌打ちした。



「あと数分、こちらを待たせた方がよかったよ。仮縫いから服を着替えて、ここに来るのにはいくらなんでも早すぎる。焦って事を仕損じる、ということだ」



「……それで、本日はどういったご用件でしょうか?」



 さっさと話を切り上げて欲しいと、ティースは言葉の中に棘を含ませ、心の壁を作った。


 だが、ヒーサは特段気にもかけず、話を続けた。



「まあ、いくつか話をしておきたいこともあるが、まずは君を安心させたいから、こちらを先に渡しておこうかな」



 そう言うとヒーサは机の上に載せておいた木箱の蓋を開け、中身をティースに見せた。


 それは“ドレス”であった。


 赤を基調とする艶やかなドレスで、金の刺繍を始めとする様々な装飾も施されていた。これほど見事な逸品など、なかなかお目にかかれないであろう。



「こ、これは……?」



「御父君の置き土産だよ。我が屋敷に運び込んだ荷の中に、それがあった。おそらくは君のために密かに設え、結婚式の際に着てもらうつもりだったのではないかな」



 そう説明されると、ティースは箱からドレスを取り出し、それをじっくりと眺めた。丈などから、自分のために用意されていたことは間違いなさそうだ。



「……ヒーサ様、お聞きしても?」



「なんなりと」



 ティースは自分の心が洗われていくような、そんな不思議な感覚を感じていた。優しげな笑顔と声が心に直接響き、ヒーサに対する疑心が薄れていくような、そんな感覚だ。


 そして、これこそヒーサの持つスキル【大徳の威】の力であった。魅力値に大きなブーストが入り、どんな人間に対しても初対面で好印象を植え付けることができた。


 ティースの場合、最初から大きくマイナス方向に振り切れていたが、こうして直に会ったことにより、それが消された格好となったのだ。



(おっそろしい効果よね。さすがSランクカードのスキル)



 後ろに控えていたテアが、ティースの心境の変化を感じ取り、しみじみと思った。


 初対面で好感度プラス補正、事前の悪評も帳消し、これさえあればどんな人間とでも仲良くなるのは難しくはない。


 しかも、このスキルを持つのは口八丁の梟雄である。相性があまりにも良すぎるのだ。


 早くも術中にはまっていく新たな“抱き枕”に対して、テアは同情を禁じ得なかった。


 だが、手加減も手心もなしだ。共犯者あいぼうと話し合い、今後の方針はすでに決まっているからだ。手を抜くわけにはいかないと、テアは表情を動かさずに、推移を見守った。


 これから始まる茶番劇。先日は鞭が振るわれた。そして、今日は飴が振る舞われる日だ。


 さてさてどうなることやらと、テアはジッとティースを見つめるのであった。

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