2-18 婚姻外交! お兄様、結婚おめでとうございます!

 ティースも必死だ。ここで下がっていては、全てを失う事となる。それを誰よりも理解していた。


 だが、ヒサコは反撃の隙すら与えるつもりはなかった。


 ティースの思惑など無視して、ヒサコは身を翻し、ヨハネスの前に立った。



「枢機卿猊下、お願いしたいことがございます」



「ああ、うむ、取りあえず聞くだけ聞こう」



 さすがのヨハネスも、目の前の娘の真意を図りかねた。


 聴取の席ではあれほど巧みな弁舌を披露したかと思えば、今は下品極まる猥談に終始する。とても貴族の令嬢とは思えぬほどの品のなさだ。


 とはいえ、相手は公爵の妹であり、提案があれば取りあえずは聞いておかねばならなかった。



「猊下にお尋ねしますが、『六星派シクスス』を跋扈させる気は毛頭なく、できればさっさとぶちのめしたいとお考えでしょうか?」



「無論、その通りだ」



 ヨハネスとしても、『六星派シクスス』と称する闇の神を奉じる連中をさっさと片付けたいと考えていた。


 元々、闇の神を信奉していたのは亜人の国である『ジルゴ帝国』なのだ。闇に魅入られし野蛮な蛮族の宗教であり、敵対国として、異教徒としてカンバー王国は戦ってきたのだ。


 だが、ここに変化が生じた。闇に魅入られし者が『五星教ファイブスターズ」の内部にまで現れだし、徐々にだが国内にその邪悪な教えが浸透しつつあった。


 魔王復活もささやかれる中、決して下がれぬ一線が迫りつつあると、教団幹部は感じていた。



「そこで提案なのでございます。ヒーサお兄様と、そこのバカ女の挙式、それを盛大に行うのです。王都で、それこそ明日にでも!」



「なんだと!?」



 いきなりの提案に驚いたのは、ヨハネスだけでなく、広間の全員が驚いたのだ。いくら婚儀が決まったとはいえ、明日いきなりやるなど、いくらなんでも早すぎであった。



「待て待て、ヒサコ。それは準備の問題から、実行不可能だぞ」



 当然ながらジェイクがヒサコの提案に難色を示した。いくら何でも、挙式を一日で準備しろなど、無茶にもほどがあるからだ。


「……まあ、さすがに明日というのは言い過ぎましたが、できるだけ早く挙式を執り行うべきだと、申し上げる次第です。理由は『六星派シクスス』への牽制でございます」



 ヒサコがチラリとヨハネスを見やると、困惑の色が薄れ、興味の色が支配的になりつつあった。


 やはり、異端への対抗意識は本物のようだと、話を続けた。



「今回の一件、『六星派シクスス』の暗躍があったとしますれば、その作戦は半分成功していると言ってよいでしょう。なにしろ、両家の当主と嫡男を抹殺できたのでありますから。今頃、諸手を叩いて大はしゃぎしているかもしれません」



「忌々しいことに、その通りだ」



「はい、ですから、猊下、それに屈しないためにも、両家ががっちりと結びつき、『お前らのやったことは無意味だったな!』と、盛大に挙式を手早く行うことで喧伝するのです」



「なるほど、そういう考えもあるのか」



 ヒサコの提案は一考に値すると判断し、顎に手を当てて考え始めた。


 それを見たヒサコは、次にジェイクに狙いを定めた。



「国王陛下も、宰相閣下も、国内の安定をお望みとのこと。ならば、私の提案の有用性をお考え下さいませ。準備に時間が少ないのも重々承知しておりますが、なにとぞご許可をいただきたいのです。これ以上、『六星派シクスス』の鼻が高くならぬうちに、これをへし折ってしまいましょう! それこそが、次の暗躍を阻止する一助となるのですから」



 ヒサコの提案は悪くないものだとジェイクも考えていた。


 だが、それでも、公爵級の人間が行う結婚式である。あまりみすぼらしいと却って嘲りを受ける可能性があり、そうなっては『六星派シクスス』の連中が腹を抱えて笑うことも考えられた。


 鼻をへし折る、これの逆の効果が出かねないのだ。



「よいではないか。やろう」



 そう声を発したのは、上座にいたフェリク王であった。



「陛下、よろしいのですか?」



「ああ。手早い挙式の理由は、ヒサコが説明した通りではないか。国内安定を実際に見せるのには、なかなかに良い策だ。反対する理由がない」



「ですが、あまりに準備の時間が短すぎます」



「とりあえず、三日後を目標にして、やってみようか。頼んだぞ、息子よ」



 フェリク王の無茶ぶりに、ジェイクも渋々ながら合意せざるを得なかった。


 三日後という期限を設けた以上、今から他の案件を横に追いやってでもやらねばならなくなった。当然、他の面々も出席することになるので、こちらもこちらで準備に忙しくなるというものだ。



「では、私が直々に式を執り行おう。他の司祭を呼び寄せるのも、手間であるからな」



 ここでワッと場が盛り上がった。なにしろ、結婚式の誓いにおいて、枢機卿が直々に執り行うなど、なかなかお目にかかることができないからだ。


 それだけでも、格式としては高まると言うもので、新郎新婦にも箔が付くと言うものだ。



「猊下、無礼なる提案を聞き入れてくださり、ありがとうございます。この場に不在の兄に成り代わり、お礼申し上げます。新郎は引っ張ってでも、私がお連れ致しますので、どうか新たなる門出に、祝福をお与えくださいませ」



 ヒサコはヨハネスに深々と頭を下げ、その謝意の深さを示した。


 そして、喧騒に包まれる広間の中にあって、唯一茫然と立ち竦む者に歩み寄った。他でもない、ティースであった。


 ヒサコは歩み寄ると、顔を近付け、そして、耳元で囁いた。



「残念でした~。時間稼ぎはさせませんわよ♪」



 ヒサコはニヤリと笑い、ティースの肩をポンポンと叩いた。


 そして、そのまま横をすり抜け、手をヒラヒラさせながら出口の方へと歩いて行った。


 少しの間、茫然としていたティースは我に返り、去り行くヒサコの背中を睨みつけた。



(策が読まれた……。やってくれたわね!)



 ヒサコの指摘通り、ティースの考えた策は“時間稼ぎ”であった。


 まず、挙式の準備と称して伯爵領に戻り、そこから領地に引き籠る気でいた。病気だの、日取りが悪いだのと適当な理由を付けて挙式を伸ばし、その間に領内や周辺地域の『六星派シクスス』の調査を行う。


 同時に、すべての鍵を握っている“村娘”の探索も行うつもりでいた。


 そして、前々から動いていた事業の収益、これが鍵となる。


 現在、カウラ伯爵領では、鵞鳥の肥育を大々的に行う準備を行っていた。鵞鳥の肥大肝フォアグラの特産品化を目指し、長年続けてきた事業がようやく稼働しようとしていた。事業として動き出せば、売り上げも期待でき、伯爵家の懐も潤うというものだ。


 つまり、時間稼ぎで情報を集めつつ、事件の裏をもすべて暴き、同時に公爵家へは自身の身柄ではなく、金銭による補償という形で収めようと考えたのだ。


 だが、先程のヒサコの提案で、それが全部台無しになってしまったのだ。


 国王と枢機卿の認可した式をすっぽかすなどできはしないし、そうなると三日後にはやりたくもない結婚をさせられ、公爵夫人となるのだ。


 当然、そうなると自由に動き回るのは困難になる。時間稼ぎなど不可能となるのだ。


(くっ……、この状況でできることがあるとすれば、後は私自身がヒーサを直接篭絡すること。もしくは、領内巡察名目で外出して、公爵領内にいるかもしれない“村娘”を見つけることくらいか)



 前者は絶望的に難しい。剣術に弓術と武器の扱いは嗜んでいるが、“女”の武器に関してはド素人であった。


 一応、嫁入り前ということで、年配の侍女から色々と教わりはしたが、はっきりいって真面目な生徒とは言い難かった。


 つまり、いくら顔立ちがいいと言っても、色香で相手をどうこうしようなど、それこそおこがましいのである。


 後者の方も難題であった。“村娘”を見つけるのはいいにしても、報告以上の容姿は分からない。そもそも、まだ公爵領内に留まっているという保証もないのだ。


 動きが制限される状況下で見つけるなど、やはり厳しいと言わざるを得ない。


 なお、その肝心の村娘が目の前にいるなどという事には、当然だが気付いてはいなかった。



(でも、やらないといけない。そうしないと……)



 名実ともに、カウラ伯爵家が消えてなくなることを意味していた。それだけは何としてでも避けたい。


 ティースは心の中で神に懇願した。どうか自分の願いを叶えて欲しい、と。


 なお、その神はメイド服を着こんで後ろ姿を彼女に晒していたのだが、さすがに気付きようもなかった。


 かくして、紆余曲折を経て、御前聴取の会合は終わり、同時にヒーサとティースの婚姻が成立した。


 望む望まないは別にして、これで一応は王国に平和が戻る、世間ではそう思われていた。この先がどうなるかは、結局誰も分からないのだが、今は平穏であることを噛み締めるよりなかった。

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