2-17 拒否!? あなたと結婚するのはお断りです!

 カンバー王国フェリク王の宣言により、『シガラ公爵毒殺事件』は穏便な形で終わるようにと告げられた。


 結局、両家の当主と嫡男が死亡するという痛ましい事件であるが、途中から疑惑が異端宗派『六星派シクスス』の関与を匂わせる証拠と証言によってそちらに意識が集中し、双方の罪や諍いが棚上げされる格好となった。


 不満が残る決着となったが、そこへ新たなる話が持ち上がった。


 すなわち、シガラ公爵家の新当主ヒーサと、カウラ伯爵家の新当主ティースの婚姻である。


 この話を持ち出したのは、法務大臣のマリューであった。



「状況はどうあれ、両家の間に諍いがあったのは間違いなく、これを修復してこそ、王国全体の安寧をもたらすというものでしょう。そもそも、お二人は何事もなければ結婚していたのですから、それを復活させればよいのです」



「ああ、それはいいですな。やはり家同士の関係を取り持つのは、互いの血を混ぜるのが最適ですから」



 財務大臣のスーラも兄の意見に賛同し、さてどうだろうかと周囲を見回した。


 広間にいた聴衆も周囲の者と話し始め、まあ妥当かなという空気が広がり始めた。



(ちょっとちょっと、それはダメ! それだと、伯爵家が消えてしまうじゃない!)



 焦ったのはティースであった。カウラ伯爵家の当主は現在ティースであり、そのティースが婿養子以外の形で婚儀を結んでしまうと、それは伯爵家の吸収合併を意味していた。


 なにしろ、相手は公爵である。同列ならまだどうにかできなくもないが、明らかな格上相手との結婚は、どうあがいても共同統治の看板を掲げた実質的な併合に他ならない。


 ティースとしては避けねばならない事態であった。


 だが、対案が思い浮かばない。


 国王直々の穏便な解決という下命が出ており、しかも先程の聴衆の席で伯爵家の印象も悪化している。ここで王命を突っぱねるような真似をするわけにもいかなかった。



(なんとか……、なんとか断れる理由を!)



 ティースは必至で頭を働かせ、生き残れる道を模索した。

 

 そして、意外なところから助け舟がやって来た。



「お断りします」


 

 あろうことか、ヒサコが婚儀に反対の意を示したのだ。これにはティースのみならず、列席者からも戸惑いのどよめきが起こった。



「あぁ~、ヒサコ殿、理由をお聞きしてもよろしいかな?」



 会の進行役である宰相のジェイクも困惑しながらも尋ねた。なにしろ、この話は公爵家側には利益しかない話であるからだ。


 もし、反対の意を示したのがティースであるならば、理解はできた。実質、伯爵家が吸収合併されるに等しい婚姻話であるからだ。


 しかし、そうなると、多額の賠償請求が発生することになる。公爵家側の被害がマイスとセインがボースンに毒キノコを食べさせられて死亡したのに対し、伯爵家側はボースンが自害、キッシュが『六星派シクスス』による謀殺なのである。


 状況的には、伯爵家側から公爵家側へ及ぼした被害の方が大きく、これを補填しようとした場合、とんでもない額の対価を要求されるのは目に見えていた。


 そうなると、ティースは全財産を支払いに回しても足りなくなり、あとは重税に次ぐ重税で補填しなければならなくなる。伯爵領が荒廃するのは目に見えていた。


 それを回避する上での婚姻でもあるのだ。実質的に吸収合併されるが、それによって賠償請求が消滅し、伯爵領が荒廃するのを回避できる。


 また、当代では実質消えてしまうカウラ伯爵領ではあるが、次の世代、ヒーサとティースの間に子が複数恵まれるか、あるいはヒサコが公爵家の分家でも創設すれば、カウラ伯爵家が再建される芽は残すことができるのだ。


 それに気付いているからこそ、宰相も大臣も、婚儀の話には賛成であるのだ。



「では、お答えさせていただきます」



 ヒサコは改まった態度で宰相に礼をした後、振り向いてティースを指さした。



「ヒーサお兄様には、このようなバカ女など相応しくないからです!」



 きっぱりと言い切ったヒサコの言葉に、その場の全員が固まった。何を言っているのか、理解の範疇を超えていたからだ。


 だが、それでも進行役として最後の閉めをしなくてはならないので、ジェイクも質問を続けた。



「ええっと、ヒサコ殿、状況は理解しているかね?」



「はい、理解しておりますが、それにも増して、このバカ女を“姉”と呼ぶのに抵抗を覚えます」



 完全に感情論であった。先程までの嫌らしいほどの理論武装と弁論術はどこかへ消え去り、完全に感情の赴くままに言葉を飛ばしていた。



「皆様、考えてもみてください! 私のお兄様、ヒーサ=ディ=シガラ=ニンナのことを! 優しくて、聡明で、慈悲深く、容姿端麗で、しかも夜の方は絶倫で!」



「え、夜……、ええ、夜!?」



「はい、御手付きになっちゃった侍女が失神するほどには」



 そして、ヒサコは勢いそのままにヨハネスの方を振り向き、答えるよう促した。



「い、今の言葉に嘘はない」



 ヨハネスは勢いに押され、【真実の耳】が発動したままであったので、ついつい答えてしまった。これはバカ話が続くなと思い至り、術式を解除した。


 猥談の真贋判定など、気が狂う所業であった。


 そして、先程とは違う雰囲気であるが、場がざわめき始めた。



「お兄様は素晴らしい方です。当主になってからまだ一月も経っておりませんが、臣下一同、その徳のある心に打たれ、心服しております。また、医者の身分も捨てきれないご様子で、今も家臣や領民に対して分け隔たりなく治療を施し、仁に篤いことを示しております。これほど素晴らしい人物など、他にはおりますまい」



 ヒサコはこれでもかと言うほどヒーサを持ち上げ、その徳を称賛した。



(笑うな。笑うな。ここまで自画自賛に徹することができるのは凄いけど、とにかく笑うな)



 端から話を聞いているトウは笑いを堪えるのに必死であった。


 ああも自分を真顔で褒め称えられる神経が凄まじいし、しかもそれが全部、本性を負い隠すための“仮面”でしかないのがまた凄かった。


 騙してはいるが、実際にそのように行動しているため、嘘ではない。ヒーサはどこまで行っても善人なのだ。


 悪事は、今熱弁を奮っているヒサコに押し付けているのだから。 



「医者としては右に出る者なく、貴族の当主としては聡明で慈悲深く、男としては無双の豪傑!」



 どんどんエスカレートする麗句に、いよいよ笑いがこらえきれなくなったのか、聴衆の中から笑い声が漏れ始めた。


 そして、見かねたトウが、やはり笑いを堪えながらヒサコを止めに入った。



「ヒサコお嬢様、お願いですからお止めください! 事実だからと言って、口に出して良い事と悪い事があるのですよ! ……あ、術式解除されたので、もう大丈夫ですよ」



 最後の一言は小声で伝え、ようやく肩の力が抜けるとヒサコは軽く息を吐いた。



「あなただって、こっそり苦情言ってきたじゃないの! お兄様の部屋から夜な夜な、悲鳴とも嬌声とも区別がつかない声が漏れ出てきて、近くの部屋で寝てるから寝不足だって!」



「お嬢様ぁ~!?」



 なにやら急に主人と従者による暴露系談話が始まり、いよいよ収拾がつかなくなってきた。堪え切れずに腹を抱えて笑い出す者まで出る始末だ。


 真面目な若者だと思われていた新たなる新公爵ヒーサの意外な一面を知ることができ、少しばかりからかいがてら会いたくなってくる者まで現れ始めた。


 なお、その横では、ティースが笑い話が耳に入らないほどに意識を集中させ、頭の中で素早く対応策を練り上げていった。



(……よし、現状、とれる手段はこれしかない。あとはどこまでごまかせるかが勝負だわ)



 思考の海から浮上して、意識を周囲に向けると、どういうことか笑い声が飛び交っていた。あと、なぜかヒサコの侍女が頭を抱えて悶絶していた。



(考え事している間に、何があったの!?)



 状況が把握できないティースは混乱し、どうしていいか分からず、キョロキョロと周囲を見回した。


 そして、ヒサコがティースを指さし、睨みつけてきた。



「ですので、こんなちょっとばかし顔が奇麗なだけの、頭空っぽの女なんかが、お兄様に釣り合うわけがございません! 昼であれ、夜であれ、お兄様のお相手など務まりませんわ!」



「どういう意味よ!?」



 周囲からもいささか下品な意味を含んでいそうな笑い声が耳に突き刺さったので、察したティースは顔を真っ赤にした。


 ティースも本来なら嫁入り間近の年頃の娘であり、そうした知識も教え込まれていた。


 そして、自分がかなり美人であることもなんとなく理解していた。


 あるいは、ヒーサを自分が篭絡できれば道が開けるとも考えなくもなかったが、そこまで浅い人間とは思えなかったし、なにより目の前の“未来の妹”が全力で妨害しようとするであろう。


 嫁げば身一つ。“敵地”のど真ん中にあっては、手数が足りないのだ。


 だからこそ、今考え付いた策を実行に移さねばならなかった。


 ティースもまた全てを奪れないよう、必死で足掻くのであった。

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