2-16 結論! 悪いのは全部異端者です!

 状況は煮詰まったと判断し、ヒサコは最後の一押しを入れに行った。



「皆様、私の方からは最後となりますが、一つだけ疑念がございます」



 またもヒサコからの発言があると、皆が一斉に押し黙った。なにしろ、ヒサコが重要な発言をするたびに、秘密が暴かれ、事件の裏が見えてくるのだ。聞き逃してはならないと、誰しもが考えていた。


 そして、静まったのを確認してから、ヒサコは再び口を開いた。



「伯爵が美物として持ち込んだ毒キノコなのですが、植物学にも精通されているお兄様が言うには、そのキノコは『一夜茸ひとよたけ』というキノコなのだそうです。毒の効果は、どんな酒豪でもたちどころに下戸になる、とのことです」



「それはなんとも面妖なキノコだな」



「マリュー大臣の仰る通りです。面妖なキノコなのです。ですが、同時に美味しいキノコでもありまして、食べることは可能なのです」



 そう言うと、ヒサコは身をひるがえし、再びティースの側まで歩み寄った。


 また何か言ってくる気かと、ティースは身構え、それを見たヒサコはニヤリと笑いながら、質問をぶつけた。



「伯爵、御父君は下戸であったと聞いておりますが、間違いございませんね?」



「ええ。父は酒を飲めない体質のようで、いつも湯冷ましの水を飲んでいましたわ」



 ティースの答えを聞き、列席者の何人かも頷いた。ボースンが下戸で酒が飲めないことを、何人かは知っているようであった。



「それゆえに、お兄様はこう疑っておいででした、『宴の席では酒精を取り込まぬよう、水でも飲んでいましょう。そして、このキノコを食べさせた後、適当な場面で酒を勧め、それを飲ませる。そうすれば、事情を知らぬ者の目からは、酒毒にて二人が倒れたように映りましょう。キノコを食べても平然としていれば、まず安全と思うでしょうから』とね」



「…………! その言い方では、父を疑っているようではありませんか!」



 ティースはまたしても激高し、ヒサコを睨みつけた。こうも父の尊厳を踏みにじられて何もできない自分が腹立たしいが、とことんまで愚弄してくる目の前の女が特に許せなかった。


 もし、剣でも帯びていれば、間違いなく斬りかかっていたであろうほど、ティースは怒りに支配されていた。


 そんな態度を無視して、ヒサコは話を続けた。



「考えてもごらんなさい。公爵家の中にバカがいたのですから、伯爵家の方にいたかもしれませんよ」



「父が『六星派シクスス』と繋がっていたと言いたいのですか!?」



 いよいよ我慢ができなくなって、ティースは再びヒサコに掴みかかろうとしたが、互いの従者が割って入り、どうにか押しとどめた。



(どこまで挑発したら気が済むのよ、あんたは!)



 激発する度に割って入るトウとしては、さっさと決着付けて帰りたいと考え始めていた。



「だが、ヒサコ殿の言にも一理ある。ボースン殿が酒を飲めないのは、この場にいる何人もの列席者も知っている。酒を飲まないのであれば、例の毒キノコも害はない。一方で、マイス殿やセイン殿は酒を飲まれる。キノコの件が表に出なければ、バレずに暗殺成功となったかもしれん」



「実際、お二人は死んでしまいましたからな。まあ、ヒーサ殿が毒物に詳しく、そのまま見破られたのは御粗末ですが」



 マリューもスーラも、伯爵家側を完全に犯人扱いをしていた。周囲の聴衆もそれに賛同する者も出始めており、ティースの立場はますます悪くなった。


 だが、ここで引いていては本当に伯爵家が汚名の沼に沈んでしまうため、ティースも必死で頭を働かせて反撃を試みた。



「それだと、兄の死に矛盾が生じます! 仮に父が『六星派シクスス』と繋がっていたのであれば、なぜ兄を殺すような真似をしなければならないのですか! 明らかに矛盾します!」



「公爵家に仕掛け、バレずに引き上げることができればよかったのですが、ヒーサ殿に見破られて、ボースン殿は捕らわれの身。存在を知られたくなかった『六星派シクスス』がキッシュ殿を謀殺。息子の死を知ったボースン殿は、策の完全な失敗を知って自殺。矛盾はしておりませんぞ」



「まさに! 策が失敗したことによって、『六星派シクスス』が無能な協力者の口封じに動いた、とも考えられますな」



 ここぞとばかりに攻め込むマリューとスーラであった。どのみち、勝ちは動かないであるのであるから、すでにさっさと引導を渡そうする段階に入ったのだ。



「待って欲しい、お二人とも。あくまで推察の域を出ていない。ティース殿にしろ、ヒサコ殿にしろ、どちらも“嘘”をついていないのだ。もう少し冷静になっていただきたい」



 決めつけに入った二人と宥めたのは、ヨハネスであった。


 ヨハネスとしても、仇敵たる『六星派シクスス』が噛んでいる以上、徹底的に叩き潰したいと考えているのだが、今は事件の双方の言い分から客観的な結論を出すのが先決であった。


 確たる証拠もなしに、印象だけ先行してはならないと、硬く戒めたのだ。



「しかしですな、枢機卿。ボースン殿が美物に毒キノコを忍ばせたという事実があります。異端共に協力したか、あるいは独自に動いたのかは分かりかねますがね」



「ですから、誤解だと言っているではありませんか、マリュー大臣! どこぞの村娘が父に毒キノコを掴ませたのです!」



「では、その村娘をさっさと連れてきてくださいな」



 ここぞとばかりにヒサコが飛び出してきた。ニヤニヤ笑い、連れてこれるものなら連れてきてみろと言わんばかりの態度だ。


 実際のところ、連れてくる必要もない至近距離に“村娘”がいるのだが、それに気付いている者は、この場にはいなかった。


 なにより、村娘云々より、すでに『六星派シクスス』の方へ疑惑が向けられ、思考もそれに引っ張られている状態であり、興味を引く材料足り得なかったのだ。



「我が公爵領の人口はおおよそ二十万。そのうちの半分が女性で、さらに“娘”という縛りから、四分の一ほどが除かれたとしても、高々二万五千人程度でございますわ。存分にお探しあれ。協力は惜しみませんわよ」



 しらみつぶしなら万単位の人間の調査をしなくてはならないが、それも不可能であった。なにしろ、“村娘”の目撃者が死んでおり、正確な容姿の判別ができないからだ。


 ヒサコがおちょくるように述べているのも、それを熟知してのことであった。


 ティースは結局、何も言い返せずに苦悶の表情を浮かべるだけであった。



「宰相閣下、そろそろ結論を出してもよろしいのでは?」



 議論はし尽くした、ヒサコは宰相のジェイクに結論を促した。


 ジェイクとしてもそろそろ煮詰まってきており、結論を出したいところであったが、気がかりな点があったため、視線をヨハネスに向けた。


 『六星派シクスス』に絡む案件であるならば、教団の意向が強く働くため、意見を求めたのだ。



 それを察して、ヨハネスも頷いて応じた。



「あの異端共がどこまで関与していたかは調査せねば分からぬが、この案件はすぐに本部の方へ送らせていただこう。後日それはお伝えいたします」



 もはや『六星派シクスス』の関与を疑う者はいなくなっていた。それほどまでに、異端の浸透が問題視されており、影響拡大阻止に躍起になっているということだ。


 ジェイクはその言を以て、まずは収められると判断した。



「陛下、議論、意見は出尽くしたようですが、いかがいたしましょうか?」



 ジェイクは父王に対して採決を促した。御前聴取であるため、やはり国王自らの結論を述べてもらわねば、やはり締まらないのだ。


 フェリク王は顎に手をやり、色々と考え込んで、そして、結論を口にした。



「此度の一件は大変痛ましいものであり、まずは犠牲者の冥福を祈りたい。そして、国内の不和が残らぬよう、シガラ公爵家、カウラ伯爵家は、手を取り合って和解いたすようにな」



 どうとでも取れる内容の結論であった。なにしろ、『六星派シクスス』の動向が掴めぬ以上は、ズバッとした結論を言いにくいということでもあった。


 とにかく、国内の騒乱は困るから、それだけはなんとかしてくれ、と当事者と各大臣に申し付けた格好となった。


 そのとき、マリューが手を上げ、発言許可を求めた。



「陛下! その件につきまして、私に妙案がございます」



「うむ、申してみよ」



 フェリク王に促され、マリューは席から立ち上がって国王に拝礼し、それからヒサコ、ティースの方を振り向いた。


「痛ましい事件であり、両家の和解こそ最重要であると、陛下が仰せられた。そこで、ヒーサ殿と、ティース殿の婚姻を行うべきだと提案したいのだが、どうであろうか?」



 かくして、マリューの手によって、最後の札が場に登場する格好となった。


 さあ、いよいよ総仕上げだ。ヒサコはいよいよ獲物に喰らい付く時が来たと、思わずペロリと舌なめずりをした。

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