2-15 異端審問!? 邪悪な異端者には神の裁きを!

「どういうつもりだ! これを私に見せつけるなど!」



 『五星教ファイブスターズ』の教団幹部である枢機卿ヨハネスの怒声が広間に響き渡った。


 ドンッと勢いよく拳を振り下ろし、机の上に置かれていた“六芒星のお守り”が勢いで吹き飛んで床に転がり落ちた。


 ヒサコはそれを拾い上げ、周囲の人々にも見えるように掲げた。


 そして、人々は察した。六芒星は『五星教ファイブスターズ』が異端認定する『六星派シクスス』の聖印ホーリーシンボルであるからだ。


 近頃、『六星派シクスス』の勢いが増してきており、教団はこれを抑えるのに躍起になっていた。


 そんな面倒な連中の象徴をいきなり見せつけられたのである。ヨハネスが怒るのも無理はなかった。



「失礼いたしました、枢機卿猊下。ですが、これの存在をしっかりと明らかにしなければならないため、あえてお見せいたしました。御不快に思われたことに関しては、お詫び申し上げます」



 ヒサコは丁寧に謝し、頭を下げた。



「……で、まずは理由を聞こうか」



 まだ不機嫌さが直り切ってはいなかったが、ヨハネスはヒサコに話を続けるよう促した。



「はい、猊下。先程述べましたが、キッシュ殿の死因は落石による圧死でございます。ですが、それは不幸な事故ではなく、石を落として殺したという他殺なのだということでございます」



「ふむ……。で、それが六芒星となんの関係が?」



「現場となりました崖に程近い森の中、そこに六名分の遺体がございました。そして、その中にこの六芒星を懐に忍ばせている者が含まれていたのでございます」



「なにぃ!?」



 ヒサコの言が正しいならば、今回の一件に『六星派シクスス』が関わっている可能性があるのだ。


 そして、ヨハネスの耳には、それが真実であると神の囁きが届いていた。



「なんと! では、今回の犯人は『六星派シクスス』だとでも言うのか!」



「それが事実であるならば、由々しき事態ですぞ!」



 叫んだのは、マリューとスーラの二人であった。


 二人は事前にこの件を知らされており、今の状況を予想していたのだが、まるで初めて聞いたかのように驚き、そして、誤誘導ミスリードを繰り出した。


 二人はこの“六芒星”のことが、ヒーサの仕込みではないかと予想していた。それどころか、今回の一件がすべてヒーサの謀略ではないかとも疑っていた。


 だが、証拠は一切なく、証人もことごとく死んでおり、詰めることが難しかった。


 【真実の耳】を利用して吐かせることもできなくもないが、残念なことにこの兄弟はすでに公爵家側から“二度も”賄賂を受け取っていた。


 一度目は事件直後に王都へ通報した際に有力者にバラまかれた物で、二度目はつい先日の会見の際にである。


 もしここで公爵家を潰すような真似をしてしまうと、“共犯者”として裁かれてしまう危険があった。


 ならばいっそのこと開き直り、ヒーサの用意した舞台に乗り、役者として出演して、“おひねり”でも貰った方がいいかと考えたのだ。


 ヒサコとしては、二人の援護が入ったことを感じ取り、心の中でガッツポーズを取ったほどだ。


 特に事前の打ち合わせもなし。話したことは異端派の関与を匂わせる情報を提示し、時期が来るまで伏せている、ということだけだ。


 それだけで十分だった。ヒサコの口から異端派の情報が開示されると同時に、二人は即座に動いた。


 シガラ公爵家の“誠意”に感じ入り、悪の異端派を徹底的に叩く、そういう筋書きを即座に書き上げたのだ。


 これでヒサコは御前聴取における勝利を確たるものとした。罪は『六星派シクスス』に被ってもらえることになりそうだからだ。


 あとはいかにして、ヒーサとティースの婚姻を成立させるか、というところまできていた。


 そして、さらなる一手を加えることにした。



「それと皆様、今一つ告げておかねばならないことがございます」



 まだあるのか、と再びヒサコに視線が集中した。これ以上何を告げるのかと、皆が高る気持ちを抑えつつ、次なる言葉を待った。



「先程、六人の遺体と申し上げましたが、争った形跡がございましたし、爆薬が爆ぜた跡もございました。刃物で刺された死体もありました」



 ヒサコは慎重に言葉を選びつつ、嘘の内容にならないよう言葉を発した。都合の良い事実や、晒しても問題ない情報を表に出していった。



「なんだろう、仲間割れか?」



「あるいは、暗殺に成功して用済みになった駒を口封じにでもしたのかもしれませんな」



 スーラの発した言が正解だった。ただし、口封じを実行したのは『六星派シクスス』ではなく、目の前にいるヒサコであった。



「さらにもう一つ。公爵家の恥を晒すようで、口に出すのも恥ずかしいことなのですが、その六名の遺体のうちの一名、女性が含まれておりました。そして、その女性は公爵家の屋敷にて勤めております侍女、しかもヒーサお兄様の専属侍女をございました」



 ヒサコの言う侍女とはリリンのことだ。ヒーサにとっては“人形”に過ぎない存在であり、割りとどうでもいい存在であった。生き残る機会を与えたにも拘わらず、結局はその命を散らせてしまった、その程度の存在だ。



(本気でリリンに全部おっ被せるとはね~)



 トウとしては、ウザいとは言え、同僚に対する多少の同情心もあったのだが、ヒサコにはそうした感情が一切ないようであった。


 道具として使い、そして使い潰す。本当に“人形”であったのだと、思い知らされた。



「ヒーサ殿の専属侍女が『六星派シクスス』であっただと?」



「情報はそこから漏れていた、ということか」



 またしてもマリュー、スーラからの援護射撃。悪い印象はとにかく『六星派シクスス』に押し付けてしまえ、という感じで周囲を誘導していった。



「ヒーサお兄様には専属侍女が二人おりまして、一人は当時は純粋な医者でありましたので、往診や薬草採取で出かけることも多く、外向きの仕事の補佐をしておりました。で、問題の侍女は、屋敷内の仕事を任されておりました。出かけることも多かったお兄様で、留守の間は時間や行動の余裕があったものと思われます」



 ヒサコの説明も都合のいい部分を切り出したものだ。屋敷内を誰にも怪しまれることもなく動き回れる身分と時間的余裕、人々の疑惑はリリンの方へと向いていった。



「う~ん、情報収集しやすい位置に、『六星派シクスス』がいたわけか」



 マリューは腕を組み、わざとらしく唸ったが、それを演技だと気付ける者はほとんどいなかった。



「ヒサコ殿、その侍女とやらは勤めが長いのか?」



「いえ、スーラ大臣、その者は屋敷で働くようになってから、まだ半年も経っておりません」



「では、今回の一件の仕込みとして、急に紛れ込んだ可能性もあるか……。内通者がいれば、手引きする者がいれば、策を実行するのに易くなるしな」



 スーラの言葉を聞き、ヒサコは今一度、心の中でガッツポーズを取った。


 この大臣兄弟の援護射撃は実に的確であった。自分で口にすると嘘になる部分があるため、【真実の耳】が発動している今の状態では言葉として出せないのだ。


 しかし、それを補完し、周囲を誤誘導ミスリードしてくれているのがマリューとスーラだ。



(いや、ほんと、こちら側に引き込んでおいて正解だったわ。あとでお礼を奮発しないとね)



 無論、先方もそれを期待しての沈黙の連携である。報酬は惜しむべきではない。


 場は沸騰し、いよいよ状況は煮詰まった。


 そして、ヒサコは“とどめ”の一撃を入れにいった。

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