2-14 糾弾! 「身内殺しなんて、なんてひどいことをするんですか!(久子談)」

 切り札を出すのはここだ。そう判断したヒサコは、おもむろに前に出た。



「さて、お集りの皆様、ここで重大な事実を私の方からさせていただきます」



 ヒサコがもったいぶるように言い放つと、全員の視線がヒサコに集中した。今まで以上に重大な話とは何なのか、聴衆の注目が集まったのだ。


 その視線を心地よく浴びながら、ヒサコは口を開いた。



「宰相閣下が述べられた事件のあらましでありますが、決定的に違う点が一つございます。伯爵家嫡男でありますキッシュ殿のことです」



 これを聞いたティースはしまったと思った。兄キッシュに関することには大きな誤りがあり、それを指摘する機会を先取りされたからだ。


 真っ先にその点を指摘してもよかったのだが、より劇的な場面でと考え、後回しにした。結果、ヒサコの“嘘”のない口八丁にやり込められ、その機会を逸してしまっていたのだ。


 あるいは今こそそれを発するべきであったかもしれないが、気が動転していたこともあって、機を見るに敏なヒサコに先を越された形となってしまった。



「先程のお話では、キッシュ殿は“落石事故”でお亡くなりになったということでしたが、それは事実ではありません。なぜなら、それは故意に引き起こされたものであり、事故ではなく、他殺性のある事件だということです!」



 今度という今度こそ、集まっている聴衆全員が驚きの声を上げた。



「それは本当か!?」



 玉座にいるフェリク王ですら、驚きのあまり声を漏らし、視線をヨハネスの方に向けた。


 他の聴衆もそうだ。ヒサコの発言に信憑性はあるのか、全員がそれを知りたがったのだ。



「……今のヒサコ殿の発言に嘘はありません。少なくとも、ヒサコ殿は他殺であると考えているようです」



 ヨハネスの言葉にいよいよ会場全体が抑えきれぬ熱気を帯び始めた。


 まさかこの期に及んで伯爵家側の人間が殺されたとは、誰も考えていなかったからだ。


 公爵家乗っ取りのために伯爵家が仕掛けた策謀と考える者も出てきた中で、あろうことか伯爵家側の方が謀殺されるなど、思いもよらなかったのだ。


 あるいはティースが父兄を殺し、家督を奪うためにという発想もできなくもないが、ティースの野心は先程の答弁で否定されており、それも有り得ないのだ。


 なお、父兄を殺して家督を奪うという野心は、ヒーサ、ヒサコの方であり、考え自体は間違っていなかったのである。向いている矢印の方角が違っていただけだ。



「静粛に願います! 会の進行に支障が出ます!」



 ジェイクは大きな声を張り上げ、静かにするように促した。そして、どうにか会を続けれるほどに鎮まってくると、ヒサコに対して答弁を続けるように示した。


 ヒサコは軽く一礼した後、話を続けた。



「キッシュ殿がお亡くなりになられた付近を公爵家の手の者が調べた結果、崖上には明らかに何者かの手によって石が集められた痕跡が残っておりました。それゆえに、これは他殺であると断じたわけでございます」



「……嘘はない」



 次から次へと飛び出す衝撃の事実に、皆が驚きを隠せなくなってきた。再びジェイクからの抑制の声が飛び、どうにか鎮まった。


 よしよしと思いつつ、ヒサコは再びティースの方を向いた。



「伯爵、この件はそちらにもお伝えしたはずですが、なぜそのことをご自身でし指摘なさらなかったのでしょうか?」



 ヒサコが鋭くティースを指さし、聴衆の視線もティースに集中した。あまりの勢いに、ティースは思わず一歩後ろに下がってしまった。



「そ、それは……」



「よもやとは思いますが、兄君を殺して、家督の相続者になるなどとお考えだったのでは?」



「…………! それだけは絶対にありません!」



 簒奪者ヒサコ被害者ティースを一方的に糾弾する展開となってきた。


 ヒサコの指摘通り、兄の死因を真っ先に訴えていれば、ここまで事態が悪化することはなかったであろうに、手順を間違えただけで現在の苦しい立場を生んだ。


 これは完全にティースの手抜かりであり、ヒサコとしても儲けものの敵失であった。



「ティース殿の言葉に偽りはない。やはり、伯爵には野心がないのではないかな?」



 見かねたヨハネスが助け舟を寄こし、ティースの野心は否定された。


 ヨハネスとしては、あくまで自身は話の真贋を確かめる役目であって、追及する立場ではないと考えていたのだ。自身の言葉を疑ったティースに対しては憤りを覚えたが、あくまで立場は中立の審査を心掛けていた。


 だが、他の聴衆は違った。一度芽生えた“疑心”の根は心に深く浸透していき、どうにもこうにも信用する気が起きなくなりつつあったのだ。



(なんで、どうして、こんなことになるのよ……)



 ティースの心にはいよいよ絶望の二文字が浸食を始めつつあった。


 なにしろ、自分は“正しい”答弁をしているはずなのである。にも拘らず、聴衆の心象は悪くなる一方であるからだ。


 逆に、目の前のヒサコの答弁は怪しいものばかりだ。しかし、疑惑はするりとすり抜け、逆にこっちの立場を悪くする答弁に終始した。


 ティースにしてみれば、追及する立場のはずが、逆に追い詰められる結果となってきていた。これでは公爵家への憤り以上の絶望を抱かざるをえなかった。


 だが、ティースは勇気を振り絞り、そして、とうとう口にした。



「あなたの言うことは何もかもでたらめ! あなたがすべて仕組んだのね!?」



 ティースはヒサコを指さし、絶叫した。


 そして、それは“大正解”だったのである。


 もし、ここでヒサコは「そうです」とでも答えれば、今回の一件はすべて解決。目の前の悪役令嬢が罪を背負いて火炙りにでもされ、片付く話であった。


 だが、そんな“真実”の前に膝を折るような、生易しい性格ではなかった。


 例え、強烈な爆弾を投げつけられようとも、それ以上の爆弾を投げつけて、爆風を相殺してやればよいだけだ。そうヒサコは考えた。


 ヒサコはティースの指を無視し、ゆっくりと前に進みて、ヨハネスの座る席の前に立った。



「なにかね、ヒサコ殿」



「枢機卿猊下、まずは何も言わずにこちらをご覧ください」



 ヒサコは袖口に潜ませていた“切り札”を取り出し、それをヨハネスの前にある机に置いた。


 それを見るなり、ヨハネスの顔がみるみるうちに険しくなった。眉は吊り上がり、口は明らかに力強く食いしばり、怒りをあらわにしていた。


 差し出された物、それは“六芒星のお守り”だ。『五星教ファイブスターズ』の異端である『六星派シクスス』の用いる聖印ホーリーシンボルであった。


 ヨハネスからしてみれば、仇敵の象徴がいきなり差し出されたわけである。心穏やかでいられるわけがなかった。



「どういうつもりだ! これを私に見せつけるなど!」



 ヨハネスの怒声が会場のざわめきを打ち消すほどに響き渡り、憤怒の感情が目の前のヒサコに突き刺さった。


 よし、飛びついた。ヒサコは表情には出さずに、会心の笑みを心の中に浮かべた。


 状況は整った。切り札も絶好の場面で出せた。あとは詰めていけば終わる。もうヒサコは自身の勝利を疑うことはなかった。

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