2-13 追撃! 悪役令嬢、容赦なし!
聴取の会場は熱気を帯びたまま、冷めやる雰囲気を見出だせぬままであった。
シガラ公爵ヒーサの妹であるヒサコが、体調を崩した兄の代理として出席し、係争者であるカウラ伯爵ティースをものの見事にやり込めていた。
もっとも、見た目が違うだけで、ヒーサとヒサコの中身は同じ松永久秀。スキル【性転換】で都合よく、男になったり女になったりしているだけだ。
どうだと言わんばかりのにやけ顔でティースを見やるヒサコは、まだまだ余裕の楽勝ムード。
一方のティースの顔からは焦りの色がにじみ出ていた。
何度もやり取りしたがすべて返され、どころか父ボースンの死が公爵家側に殺されたと思っていたのが、公爵家側の発表通りの自殺であったことが何より衝撃だった。
(かなり動揺しているみたいね。そうね~、もう一押ししてから、切り札の投入といきましょうか)
ヒサコは体の向きを変え、ティースの方を振り向いた。そして、苦渋に満ちたティースの顔を覗き込むように、首を傾げた。
「伯爵ぅ~、一つお尋ねしてもよろしいかしら?」
「な、なによ……」
「なぜ、軍を動かしたのですか?」
ちなみに、この質問は憶測であった。実際に動かしたかどうか知らないのだが、当てずっぽうで尋ねたのだ。おそらくは招集をかけているだろうという予想の下に。
「そ、それがどうかしましたか? あの状況下では、軍に召集をかけ、不測の事態に備えておくのは当然でしょう!?」
何を聞いてくるのだと言いたげなティースであったが、その返答を聞いてヒサコは会心の笑みを浮かべた。また一つ、墓穴を掘ったな、と。
「それはおかしくなくって? こちらは軍に召集をかけなかったというのに」
「え、嘘……?」
ティースは思わず視線をヨハネスに向け、事の真偽を目で問いかけた。
「ヒサコ殿の言葉に嘘はない」
またしても、場がざわめき出した。その場の誰しもが考えたのだ。もし、自分が当事者だとした場合、軍に召集をかけないなど、まずもって有り得ない、と。
なにしろ、当主が毒殺され、自領が動揺している状態である。何かに備えて軍を招集し、即応体制を整えておくのが常道と言うものだ。
あの状況で軍に動員をかけていないとなると、ヒーサが相当なバカか、あるいはお人好しということになる。
前者はさすがにないだろうが、後者は十分にあり得た。まだ事態の解決を穏便に終わらせようと踏ん張っていれば、であるが。
「これってさぁ、伯爵家側が絶賛混乱中だった公爵領を、掠め取ろうとしてないかしら?」
「それは有り得ないわ! あくまで自衛のために召集をかけただけよ!」
確認のため、ヒサコはヨハネスの方を振り向くが、特に反応なし。ティースの答弁は嘘ではないということだ。
「お兄様は周囲がせっついて、軍の招集をかけるように進言してきましたが、それらを突っぱねた。軍の招集は一切かけなかった」
「……今の言葉は嘘だ」
ヒサコの言葉にヨハネスの横槍が突き刺さった。ようやくボロを出したかと、ティースはヒサコを睨みつけたたが、ヒサコは動じず、フィリク王に頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。今の発言は言葉が正確ではありませんでした。正確には『戦闘部隊には招集をかけていない』です。歩哨、斥候の数を増やすようには指示を出していました」
「……訂正後の言葉は嘘ではない」
ヨハネスはヒサコの訂正が間違いでないことを皆に告げ、またしてもざわめきが起こった。
見張りは増やせど、実質的には無防備。それが事件直後の公爵領の状況であったからだ。
「ヒーサお兄様はこう仰っておいででした。『私は医者だ。人を救うことはあっても、殺生は好まない。ゆえに、話し合いで今回の一件を解決したい』とね。医術は仁術、とても素晴らしいことです」
しっかりとヒーサを持ち上げることは忘れず、ヒサコはきっぱりと言い切った。
ちなみに、これはヒーサが実際に言ったセリフであり、中身の方はデタラメであった。ヒーサは端からカウラ伯爵をはめるつもりでいたからだ。
しかし、こういうことを言ってましたという説明であったため、
ヒーサが“表面的”には、その態度を崩さなかったからだ。
「しかし、伯爵家側は軍を動かした。お兄様が軍を招集しなかったのにね。これで野心を疑うなという方が無理ですわ!」
ヒサコはビシッと指をさし、ティースを大いに糾弾した。
「ですから、それは有り得ないと、枢機卿猊下も仰ったではありませんか!」
「ええ、そうね。“あなた”の野心がないことは、すでに証明されている。でも、あなたの御父君はどうなのかしらね?」
「な、なんですって!?」
ティースは思わずヒサコに詰め寄ろうとするが、ティースの従者が上手く割って入り、主人をどうにか押しとどめた。
もはや、感情を完全に制御できなくなりつつある女伯爵に挑発的な笑みを今一度ぶつけてから、ヒサコは周囲をぐるりと見回した。
「ヒーサお兄様はこう仰っておいででした。『父上と兄上を亡きものにし、そうすれば家督は私に転がり込んでくる。そして、その伴侶として、自分の娘を当てる。二人の間に子でも生まれてから、私を始末すれば、幼い孫の後見役として公爵家を差配し、めでたく乗っ取り完了』だと!」
これもデタラメであるが、ヒーサがこう言った、という体で【真実の耳】をすり抜けた。ヒーサが発言したという点では正しいからだ。
無論、難癖やでっち上げあるが、状況的には実行可能な策である。その可能性を気付かされた聴衆はまたざわめき出した。
今までの答弁で伯爵家側への印象が著しく落ちており、疑心が疑心を呼んでさらに痛々しい視線がティースに降り注いだ。
「そんなことない! 父がそんなことを考えるはずはないわ! 有り得ないわ!」
「では、それを証明していただきたいわ。ないということを示してくださいな」
「そ、それは……」
ティースは言葉に詰まった。それを証明、証言できるのは死んだボースンだけであり、それゆえに証明することができないからだ。
「待て、ヒサコ嬢! 今の発言は不適切だ! “悪魔の証明”に属するものだ!」
進行役の宰相ジェイクから鋭い声が飛んできた。
“悪魔の証明”とは、証明することが不可能か非常に困難な事象を悪魔に例えたものである。否定の証明はまさにそれに該当するからだ。
今回のヒサコの指摘に対する唯一の証明方法は、ボースン本人に聞く以外にない。だが、ボースンはすでにあの世へ旅立ち、嘘発見器にかけることができないため、証明は極めて困難なのだ。
「……宰相閣下のご指摘が正しいですわね。発言を撤回させていただきます」
ヒサコは頭を垂れ、自身が発した不適切な発言を撤回した。
だが、効果は十分であった。聴衆の思考の中に、さらにもう一つ疑心の種を蒔くことに成功したからだ。誰かしらから指摘されるのは分かっていたので、それに固執する必要もなかった。
伯爵家側が公爵家側に仕掛けた”かもしれない”と。そういう疑念が少しでも生じれば、十分な成果と言える。
悪魔の証明は、証明するのが困難であるから、指摘された後ではそのまま突っ込んでいくのは逆に印象が悪くなる。
伯爵家側の印象をさらにもう一段下げることができた。印象操作としては、十分な効果だ。
ここでもう一度、ヒサコはティースの表情をチラ見した。先程同様に焦っているが、同時に不安定感も増してきていた。
伯爵家に対する感情、印象がどんどん落ちていることを感じているからだと、ヒサコは判断した。
あとは、“わざと”失策を犯しておく必要があるとも考えたからだ。あまりに冷静沈着、かつ嘘のない答弁を続けては「言葉を選んでいる」という印象を与え、隠している重箱の隅を突かれる恐れがあるからだ。
どうでもいい場面や言葉で失敗し、“人間性”を見せることでその手の印象を薄れさせ、質問されたくない脇道に逸れるのを抑える意味合いもあった。
(よしよし。下準備はこれくらいでいいかしら。では、そろそろ切り札の登場といきましょうか)
ヒサコは今こそ一気呵成に攻めかかるときだと判断した。
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