2-12 真実は常に一つ!? “嘘”をつかない騙し合い!

 『シガラ公爵毒殺事件』と呼ばれる事件が発生した。シガラ公爵のマイスとその嫡子であるセインが、領地を隣接するカウラ伯爵ボースンによって毒キノコを食べさせられ、毒殺された事件である。


 多くの貴族が事件の第一報を聞いた時、まさか、という反応を示した。なにしろ、両者の関係は長きにわたって良好であり、子供同士の婚約まで決まっていたほどであったからだ。


 事件の結果は散々なもので、マイス、セインに加え、ボースン自身も首を吊り、その嫡子キッシュも“落石事故”で命を落とし、さらに多くの従卒も命を落とした。


 両者の間で戦になってもおかしくないほどに、その関係は険悪なものとなった。もし、公爵位を継いだヒーサが“理知的な判断”によって戦の発生を全力で止めていなければ、今頃は刃を交えていたかもしれない。


 そんな状況を打破するべく、王都ウージェにて国王臨席の下で事件の聴取を行い、何らかの解決策をみいだそうというのが、現在の状況であった。


 そして、宰相のジェイクがまとめておいた事件のあらましを読み上げ、改めて今回の事件の凄惨さを皆に認知させた。


 読み上げている間、ヒサコはすぐ横にいるティースの顔をチラ見したが、やはり納得がいかないという顔をしているのを確認した。



(まあ、そりゃそうでしょうよ。完全にハメてあげたんだから、当事者としては納得しかねるでしょう)



 有り体に言ってしまえば、この事件は“被害者”と“加害者”が逆なのである。すべて、ヒーサとヒサコの中身である、戦国の梟雄が仕込んだ謀略であるからだ。


 毒を掴ませ、毒を飲ませ、事故を装って落石で潰し、さらには自殺を“おすすめ”した。証人、証拠は全て消し去り、カウラ伯爵がシガラ公爵を毒殺したという“表面的な”事実のみが残っている状態だ。



「……以上が、本件の概要となります」



 ジェイクが現段階で把握している事件のあらましを話し終えると、改めてひどい事件だと認識し、列席者が近場の者と率直な感想を話し始めた。


 ヒサコの耳に入ってくるそれらは、カウラ伯爵への疑義が強いが、それでも信じられんなという感想もまた強いことが聞き取ることができた。



(ん~、ここからカウラ伯爵への敵愾心を植え付けつつ、こちらの同情を引かねばならないけど、さてさてどうしましょうかね)



 ヒサコはチラリと列席者の中にいる枢機卿のヨハネスに視線を向けた。教団からの出向という形で派遣されており、国王への助言を行う教団幹部だ。


 神の奇跡と言うべき術を使うことができ、今も嘘を見破る【真実の耳】という術を使用していた。虚偽の答弁を行えば、一発でバレるという厄介な術式であり、ヒサコも思案のしどころであった。



「話の内容に、いくつかの疑義がございます」



 先に仕掛けてきたのは、ティースの方であった。椅子より立ち上がり、一歩前に出た。周囲をぐるりと威圧に近い気配を飛ばしてから、正面のフェリク王を見据えた。



「まず、強調しておきたいのは、父ボースンが毒キノコを何者かに掴まされたことにあります。供廻りからの報告によりますと、父は公爵の邸宅に向かう際に、公爵領内にて村娘からそのキノコを受け取ったと伝えられております」



 ティースの答弁の後、何人かの視線がヨハネスの方に向いたが、ヨハネスの反応は特になし。つまり、嘘はついていないということだ。少なくとも、ティースはそれを嘘だと思っておらず、見聞きしたままのことを話した、ということだ。



「では、その村娘とやらをここへ招いて喋らせればよいではありませんか。どうしてそのようなキノコを渡したのですか、とね」



 “毒キノコを差し出した村娘”であるヒサコが、ティースに向かって言葉を投げかけた。


 チラリとヨハネスを見るが、特に反応なし。この程度ならすり抜けれると、ヒサコは判断した。



「……私が直接現場にいたわけではないので」



「では、渡す現場に居合わせた者をここに呼び寄せては?」



「全員死にました!」



 挑発的に話すヒサコに対して、ティースは悔しそうに叫んだ。父親に随伴していた騎士カイを始め、キノコを渡す現場に居合わせた者は、そのことごとくが死亡しており、現場の正確な証言も、問題の村娘に関する情報もないのだ。


 そう、その村娘本人を除けば。



「話になりませんわ、それでは。さあ、村娘本人か、居合わせた者を連れてきていただかなくて、その話の信憑性が……」



「公爵側の人間が殺したのでしょう!?」



「いいえ、伯爵様は“自殺”しました。間違いございませんよ」



 ここでヒサコは論点をずらした。伯爵の随伴者の話をしていたのに、いきなり伯爵当人の話題を出したのだ。


 だが、これにティースは飛びついた。父が殺されたと考えていたため、自殺したなどと虚偽の答弁が飛び出したと考えたからだ。


 ティースはヨハネスの方に視線を向け、ヒサコの言葉の真贋に対する反応を視線で求めた。



「……今のヒサコ嬢の言葉に嘘はない」



 ヨハネスの判定に、場がざわめいた。状況的に怒り任せで公爵側に殺されたかもと考えていた者もいたのだが、それが枢機卿の一言によって全否定されたからだ。



「嘘……。そんなの嘘ですよ! 父は殺されたんじゃ……。こいつらに殺されたんです!」



 当然ながら、そんな言葉など信じられず、ティースは取り乱しながら悠然と椅子に座したままのヒサコを指さした。


 父は殺された、そう頑なに思っていたからこそ、今の今まで我慢してきたのだ。御前聴取の場でその化けの皮を剝がすつもりで参じたというのに、あろうことか、自殺と断じられた。


 動揺しない方が無理であった。



「ヒサコ嬢の答弁に虚偽はない。それとも、私の言葉と、神の奇跡を否定するのかね、カウラ伯爵ティースよ」



 ヨハネスから鋭い視線がティースに向かって突き立てられた。


 神に仕えるヨハネスにとって神の啓示は絶対であり、それをもたらす奇跡と言う名の力の代行には絶対の信頼と敬意を抱いていた。それが否定されたとなると、不機嫌を通り越して敵意すらむけたくなったのだ。


 ティースはその点に思い至り、慌ててそれを否定した。



「いえ、そういう意味ではございません! 失礼いたしました」



 ティースは苦々しい顔をして引き下がらざるを得なかった。そして、軽く振り向くと、ニヤリと笑うヒサコの顔が目に映り、ますます憤りを高めていった。



(なるほど、あの時、“自殺”に拘っていたのはこういうことか)



 トウは無言無表情のまま、かつてのことを思い出した。


 捕らわれの身となったボースンに頑丈な“ネクタイ”を渡し、自殺するように促したのはヒサコであった。誰も見ていないのだし、毒か何かでさっさと殺せばと考えていたのに、ヒサコはわざと正体を晒して相手を怒らせ、娘の安全を盾にして自殺を促した。


 それは今の状況を見越しての準備というわけだったのだ。



(例え、術がなくても、嘘を見破るのが得意な者なら、嘘をついたら気付かれる可能性がある。でも、本当に自殺したのなら、嘘をついたことにはならない)



 トウは悠然と構えるヒサコの横顔から、どこまで先を読んでいたのだと背筋を震わせた。



「失礼、私からも一言申し上げたいことがあります」



 ここでヒサコが満を持して立ち上がり、あえてティースのすぐ真横に立った。手を伸ばせば肩を組めるほどの至近だ。



「問題がある言うのでしたら、美物の中に毒キノコと知ったうえで、例のキノコを混ぜた伯爵なのではありませんか?」



「なんですって!?」



 ティースはヒサコの言葉に憤り、掴みかかろうとしたが、そこはトウが止めに入った。



(お~い、止めてくれ~。これじゃ、私の立ち位置が、『悪の女頭領に従う女幹部』みたいになっちゃうじゃない! 女神なのにぃ~)



 と心では思いつつも、討論の場での暴力沙汰は止めなくてはならず、咄嗟に両者の間に割って入ったのだ。相手の従者も主人を宥めすかし、呼吸は荒いままだが、どうにか鎮まった。



「……今の言葉にも偽りはない。少なくともヒサコ嬢は、ボースン殿が毒キノコを“故意”に持ち込んだと認識している」



 ここで再びヨハネスの口から強烈な爆弾が投下された。


 毒キノコと知ったうえで、ボースンは美物として提供した、これが事実だと告げたからだ。


 なにしろ、ヒサコがボースンに例のキノコを渡す際、「これは毒キノコです」と言って手渡したのであるから、ボースンも供廻りも全員があのキノコが毒入りだと認識していたことになるのだ。


 当然、場がざわめいた。訪問時に渡す美物に毒入りの物を混ぜるなど、先方に対してなにかしらの野心や悪感情でもなければやるはずもないからだ。



「そんな、そんな……!」



 ティースは狼狽えた。またしても、カウラ伯爵側に不利な事実が暴かれ、公爵側が被害者であることが補完されていったからだ。相手の悪事を暴くために参じたはずなのに、これでは思惑とはあべこべだと大いに焦った。



(嘘は言ってない。不都合な事実は上手く伏せ、都合のいい事実だけを言葉に出している。こいつは本当にいい性格してるわね)



 トウの間近に見えるヒサコは、これでもかと言わんばかりにすましたドヤ顔を見せており、ティースを挑発していた。


 だが、ティースはこれに対して、血管が引き千切れんほどに怒っていたが、どうすることもできなかった。互いの従者が割って入っているので物理的に殴りつけることはできないし、何よりそんなことをすれば場を乱したとして、自分が罪人扱いをされることが目に見えていたからだ。


 それ以上に痛いのは、列席者の視線であった。


 始まった当初は事件の内容が大袈裟に喧伝されるか、あるいは何かの誤解では、などという感想を抱く者もいたが、今ではそうした者達ですら、ティースに対して疑惑の目を向けていた。


 なにしろ、ヨハネスの【真実の耳】によって、ヒサコの答弁が嘘のないものであるとお墨付きを与え、不利な状況に追い込まれていたからだ。


 始まったばかりの御前聴取だが、すでに情勢は大きく傾いて来ていた。事前準備や先読みの差が出た格好だ。


 だが、まだ始まったばかりであり、なによりヒサコにはまだ切れる札が何枚も手元にあった。


 騒めく会場のど真ん中で人々の注目を集めるヒサコは、すでに勝利を確信し、あとはどの段階で切り札を出すか、その段階まで思考を進めていた。

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