2-11 初対面! 悪役令嬢と女伯爵!

 聴取の会場となる大広間は、なにかしらの儀典や、宴会のときに用いられる部屋だ。数百人は入れる大きな部屋で、今はそこに審問を行う国の重鎮、あるいは見学に来た貴族なども集まっていた。


 大広間に用意された席としては、入口から赤絨毯が引かれ、上段に据えられた玉座の手前に椅子が二脚置かれていた。そこがおそらくヒサコとティースの座ることになる椅子なのだろう。


 その両隣を少し空間を空けて長机に椅子が数脚置かれ、すでに重臣達が座していた。


 ヒサコは案内されるままに中央右側の椅子の前に立ち、同時に、両脇にいる重臣達に軽く会釈して挨拶をした。


 重臣達もそれに反応してか、頷く者、あるいは同じく会釈する者、隣と話していてわざとらしく無反応を決め込む者など、様々だ。


 その中にはヒーサの所へ顔繫ぎに来た者も含まれており、真っ先に上屋敷に来訪してきたマリューとスーラの姿もあった。


 そうした重臣の後ろ側にはずらりと立ち見の聴衆がおり、現れたヒサコを値踏みしながら、ざわざわと言葉を交わしていた。


 そこへ、もう一人の主役であるカウラ伯爵ティースが姿を現した。


 ヒサコは振り向いて姿を確認したい衝動に駆られたが、あえて高慢に見えるよう関心も示さず、空席となっている玉座の方を見続けた。


 そして、足音がすぐ隣まで来たところで、ようやくわずかに横眼を向け、その姿を確認した。



(へぇ……、思っていたよりも美人じゃない)



 ヒサコは素直にティースの持つ美貌を称賛した。


 癖のない茶色の髪を後ろで一つに結い上げ、気の強さを表すかのように、眉が少し吊り上がっていた。背丈はヒサコより少し高めで、女性にしては高身長と感じた。


 胸も大きく、それでいてスラっとしているが、注目すべきはてのひらだ。相当鍛えこんでいるのか、手にタコが見えたのだ。


 剣術、馬術、弓術を嗜んでいるとは聞いたが、思った以上に鍛え上げている、そうヒサコは感じ取った。


 それ以上に驚くべきは、来ている衣装ドレスが黒で統一されていたことだ。おそらくは喪服を表し、今回の一件における喪を弔うとでも言いたげであった。



(残念だけど、それをやるのは“被害者側”の方。そちらがそれをやるのは演技過剰よ)



 ちなみに、ヒサコの服装は外行き用の少し地味な青地のドレスを着ていた。


 互いにチラ見した後は、それ以降、一瞥もせずに、玉座の方を見つめた。色々と言いたいことはあるが、それはこれから国王臨席の下で行うことであるので、わざわざ顰蹙を買ってまで先制攻撃を加える必要はあるまいと、互いに気配で牽制し合った。



 カツンッ!



 儀仗官が持っていた杖で床を突き、皆の注意を集めた。同時に、座していた重臣達も席から立ち上がり、体を玉座の方へと向けた。



「国王陛下、御入来! 国王陛下、御入来!」



 国王登場を告げる声と同時に、列席者全員は拍手を打ち鳴らした。うるさいくらいに響く音の中、玉座の裏手にあるカーテンが捲られ、そこから豪奢な衣装に身を包む一人の老人が姿を現した。



(カンバー王国の国王フェリク=ドン=カンバー=ヘイク=ケインゲイツ、っだったっけ。名前長いわよ。覚えるの、面倒臭かったわ)



 ヒサコは国王の長ったらしい名前に心の中で文句を言いつつも、日ノ本も変わらないなと考え直した。


 なにしろ、自分ですら、“松永久秀”という名前のみならず、道意(号名)、弾正(官職名)、霜台(唐名)など、様々な名が存在したのだ。死後にはこれに戒名まで加わることだろう。


 そう考えれれば、この世界では変わらないだけマシかもしれない。


 フェリク王は玉座の前に立つと、手で拍手を制し、それを鎮めた。



「皆、よく集まってくれた。今回の一件、非常に痛ましい出来事であり、事の真偽を精査するためにこの場を設けた。真実のみを口にし、忌憚ない意見で解決してくれることを望む」



 フェリク王の宣言の下、聴取会の開催が告げられた。


 王の着座を待ってから、他の面々もそれぞれの席に着き、ヒサコとティースも同じく椅子に腰かけた。


 なお、二人の側にはそれぞれの侍女が脇を固め、議論が白熱しすぎて口ではなく手が出てしまった際の静止役として控えていた。



「それにしても珍しいな。こういう外交の場で、女同士の対決など」



「まあ、片方は代理ではありますがね」



 ヒサコの耳にマリューとスーラの声が飛び込んできた。この二人にはしっかりと鼻薬をかがせておいたので、それなりの援護は期待できるが、過信は禁物だと考えていた。


 自分一人で隣にいる女伯爵をねじ伏せるつもりだが、それでも効果的に相手を叩くのであれば、援護射撃は欲しいところであった。


 そして、マリューが“外交”と言ったのには、一応の社会情勢というものがある。


 この異世界『カメリア』には、大きく分けて三つの国が存在する。


 人間が多く住まう『カンバー王国』。


 森妖精エルフ地妖精ドワーフ草妖精グラスランナーなどの妖精種が住まう『ネヴァ評議国』。


 小鬼ゴブリン豚人間オーク犬頭人コボルトなどの亜人種が住まう『ジルゴ帝国』。


 この三国で世界を成しているわけなのだが、この三国は国内のことにしか興味がなく、そのため、他国との交流があまり活発でないのだ。


 『ネヴァ評議国』では、それぞれの妖精は住む領域が違うため土地絡みのいざこざがなく、お互い干渉しないように過ごしていた。一応、定期的に評議会を開き、意見交換などは行われているが、“国”と名乗るにはあまりに繋がりが緩すぎるのだ。


 『ジルゴ帝国』は年がら年中、闘争に明け暮れる日々を過ごしており、各地の亜人が帝国の覇権を握らんと血で血を洗う抗争を繰り広げていた。野蛮極まる国内事情だが、争っている間は外に膨張しないため、他二国にとっては有難い話であるが、たまに現れる帝国統一の亜人皇帝が世界を席巻せんと、海外遠征に乗り出す時がある。


 帝国が内乱期から膨張期に切り替わると、王国、評議国は肩を並べてこれに対抗するが、ここ数十年は皇帝の誕生はなく、平和そのものであった。


 たまに略奪目的で国境侵犯する部族もあるが、国家存亡に係るような大事はない。


 そのため、問題は基本的に国内の揉め事なのだ。


 そして、王国という一括りにされてはいるが、各地の領主はほぼほぼ独立しているようなもので、上納物を金銭ないし特産物で王家に支払う以外は、これといった縛りがないわけである。自領のことは自領で片付け、接する領主同士の揉め事となると、力のある公爵、あるいは王家がその調停に当たるというわけだ。


 つまるところ、領主は実質的には小さな国の君主であり、人によっては伯国、公国と呼ぶ者もいたりするのだ。


 マリューが“外交”と呼んだのは、そういうわけなのである。



「では、事件の聴取を始めるとしよう。宰相、よろしく頼むぞ」



「はい、僭越ではございますが、私が会の進行を務めさせていただきます」



 フェリク王の脇に控えていた、一人の青年が前に進み出てきた。王国宰相のジェイクその人である。


 ジェイクはフェリク王の次男であり、次期国王に内定している。類まれな調停力の持ち主であり、貴族間のいざこざを巧みな弁舌と政治力で鎮め、たまに国境を侵そうとする亜人達を戦場で屠ってきた。


 文武両道に優れ、人望も厚く、老いた父王に変わり、国政の多くを切り盛りしていた。


 フェリク王には子供が三男一女の合計四名いるのだが、長男を差し置いて次男が後継となったのは、長男が病弱で政治から遠ざかる生活をしており、当人の意向もあって弟に後継の座を譲っていたからだ。



「では、事件のあらましからお話いたしますが、その前に、枢機卿猊下、“あれ”をお願いいたします」



 ジェイクは国王から最も近い位置に座する紫色の法衣をまとう初老の男にそう要請した。


 枢機卿とは、教団全体でも僅か二十一名しかいない最高幹部である。また、教団の頂点に位置する法王は枢機卿の中から選ばれることになっており、枢機卿に名を連ねているということは、次期法王候補ということでもあった。


 そして、その教団幹部の一人であり、王宮に出仕し、国王の顧問として会に参加しているのは、ヨハネスという人物であった。


 さすがに枢機卿に名を連ねるだけあってか威風堂々たる威厳を持ち、宰相の要請に応じて、席から立ち上がり、神に祈りを捧げた。



「真なる言葉を聞き分ける耳よ、篤き神の恩寵を以て、我が肉体に舞い降りよ」



 ヨハネスの言葉に魔力がほとばしり、その体に淡く光る薄布のようなものが降り立った。そして、光が集約されていき、最終的には両耳にそれが入り込んで、それは収まった。



「あの枢機卿、術を使ったわ」



 ヒサコの耳元で、トウが囁いた。



「おや、早速ですか。さすがは教団幹部といったところね。で、術のどんな効果かしら?」



「あれは【真実の耳】ね。聞き取った言葉の真贋を見極める効果があるわ。つまり、あの術がある限り、嘘をついたらすぐバレる」



「ほほう、そう来ましたか」



 お得意の口八丁が初手から潰されたことを意味していた。嘘やごまかしを巧みな話術に乗せて、相手を引っかけてきた手法が、いきなり封じられたのである。



(面白いなぁ~、これは。でも見てなさいよ。嘘を見破るというのなら、嘘をつかなければいいということ。私の喋りを甘く見ないことね♪)



 ヒサコは痺れるほどの興奮を覚え、やる気をみなぎらせた。高がその程度の術で、梟雄の口を封じるなど片腹痛し、そう言わんばかりに荒々しい鼻息を噴き出した。


 貴族令嬢としてははしたないことこの上のだが、今は誰もそれを気にしていない。事件のあらましをはなすジェイクの方に意識が向かっているからだ。


 さあ、合戦だ。撃ち込むのは銃弾にあらず、“嘘偽りのない”言葉の雨だ。


 ヒサコは第一撃を放つ機会を、話を聞きながら待つこととした。

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