2-9 国盗り物語! これぞ、梟雄式魔王探索術なり!

 王宮で開かれる御前聴衆についてあれこれ思考に耽っていたヒサコは、ふと大きな不安要素がある事に気付いた。



「トウ、ちょっと聞いておきたいんだけどさ。あたしが時空の狭間でスキルカード貰って、特殊技能を身に付けたわけだけど、ああいうのをこの世界の住人が持っていることはある?」



「あるわよ。主に『五星教ファイブスターズ』の教団関係者ね」



 トウがパチンと指を鳴らすと、白、赤、青、緑、黄、黒、六色の球体が現れた。



「この世界の魔術をざっくり説明すると、火、水、風、土の四元素、それに光と闇を加えた六種の属性から成り立っているわ。ごく稀に生まれる魔力持ちが訓練を受けることによって術士となり、教団に所属するようになる。ま、実際のところは教団に所属しない術士は異端者として狩り立てられているから、教団関係者以外の術士はほとんどいないってわけなんだけどね」



「それでは反発が生まれるだけじゃない? 術の便利さは身を以て体験しているから、独占したい気持ちはわからないでもないけど」



「だから、異端である『六星派シクスス』が伸びてきているのよ」



 トウは馬車の中に浮かぶ六種の球体の内、闇を表す黒の球体を掴んだ。



「『五星教ファイブスターズ』にしろ、『六星派シクスス』にしろ、信奉する神の名と経典は同じ。ただ、“闇”の解釈が違うだけ」



「というと?」


「『五星教ファイブスターズ』の経典解釈だと、『世界に光が生まれ、それと同時に世界は四元素に包まれ、今の形を成した。行き場を失った闇など、隅っこで大人しくしていろ』という考え。一方で『六星派シクスス』は『原初の世界においては、闇こそすべての支配者。後から生み出された光と四元素はその従属品に過ぎない』という考え。要は“闇”を最底辺に扱うか、逆に最上位に祀るか、その差が両者の対立の理由なのよ」



「うん、バカの極みだわ」



 経典の解釈の差でここまで盛り上がれるのも、場外から見ている分にはただの喜劇だが、大貴族にとては教団との関係を考えねばならず、自然と巻き込まれていくことだろう。


 できることなら、お近付きにはなりたくないが。



「でも、結局のところ、教団のやり方に反発する奴が『六星派シクスス』に集まらない?」



「実際集まっているわ。教団が術者の八、九割を確保していて、残りはあなたみたいに上手く擬態しているか、あるいは人との接触を避けて僻地で暮らすか、教団に対抗するため『六星派シクスス』に身を投じるか、そのいずれかね。教団を恐れず、教団に反発している奴ばかりだから、数は少ないけど実力や教団への敵愾心は本物よ」



「勧誘したい」



「うん、そう言うと思った。だから、尋ねられるまで黙ってた」



 これ以上厄介事を増やさないで、トウとしては当然のことを忠告した。



「何度も言うけど、魔王探しが仕事なんだから、闇の勢力を崇める『六星派シクスス』と手を結んだら、それこそ教団が牙を剥くわよ。あいつら、『六星派シクスス』に関しては、本気で殺しに来るからね。公爵が手を組んでたなんてことになったら、国家挙げての大戦争になりかねないわ」



「でも、実力者揃いなんでしょ?」



「質は高くても、数が違い過ぎるわ。衆寡敵せず、言葉の意味はわかるでしょう?」



 その言葉は身に染みるほど理解していた。圧倒的兵力を誇る魔王のぶながの軍勢に押しつぶされた経験を幾度も味わってきたからだ。



(だからこそ、欲しいのよ。大軍勢を跳ね除けられる、最高の城砦を、最強の兵士を……。そしてなにより、信頼するに足る臣下を、ね)



 最高傑作である信貴山城が落城したのも、部下の裏切りによる統率の崩壊が原因だと考えていた。


 いかに強固な城郭と言えど、内部からの攻撃だけは防ぎようがなかった。


 今、目の前のあるウージェの城砦とてそうだ。城壁は高く、装備も設備も整っている。つり橋を上げさえすれば、誰も落とすことなど叶わないだろう。


 しかし、もし中に裏切り者がいて、上がった橋を下ろす者がいれば、難攻不落ではいられないであろう。


 心を“いつ”にしなくては、難攻不落は生まれない。これがかつての世界で学んだ最後の教訓であった。


 そのための条件は揃いつつある。スキル【大徳の威】がまさにそれだ。


 前世では身に付けようもなかった圧倒的な人徳が備わり、人々の心を掴んできている。今は公爵家の臣下だけに留まっているが、いずれは領民全員を心服させ、公爵領それ自体を巨大な城塞として機能させる。


 そこに、粒揃いの『六星派シクスス』を流し込めば、一大勢力となれるであろう。


 公爵領民からは忠誠を、『六星派シクスス』は『五星教ファイブスターズ』への反発心を、これらを結集させて、独立した“国”を作る。



(まず、闇の勢力のための居場所を作る。そして、流れ込んだ闇の中に、おそらくは魔王も紛れ込んでくるでしょう。なにしろ、世界の闇を集結させるんだから。あとは目星をつけて、女神の【魔王カウンター】で調べればおしまい。ま、あと二回しか使えないから、しっかりと厳選しないといけないだろうけどね)



 それがヒサコの思い描く、おおよその計画だ。闇雲に探すよりも、むしろ、魔王そのものを手元に呼び寄せる。その方が効率的だと判断した上での未来絵図だ。


 だが、それを成すのに、手札が全然足りていないのだ。シガラ公爵領を“国”と認識した場合、カンバー王国との国力差は、ゆうに三十倍はあるはずだ。これでは勝負にならない。それに堪えられるだけの城砦も要害もない。



(そう、闇の勢力を引き寄せつつ、国力を増大させ、しかも、表向きは王国に忠誠を誓いつつ、睨まれないようにしながら、下剋上の準備を進めなくてはダメ)



 難しい。でも、楽しい。これこそ、“国盗り物語”の醍醐味なのだ。


 魂の中に疼く梟雄のサガが表に飛び出し、ヒサコの顔に歪んだ笑みを浮かび上がらせた。



「ま~た悪い顔してるよ、この人」



 やれやれと言わんばかりに、トウはため息を吐いた。こういうやり取りは何度となく繰り返してきたが、未だに自身が選んだ転生者プレイヤーの突飛すぎる行動に振り回されているのであるから、やむを得ないことであった。



「戦国ゆえ、致し方ないわよ」



「だから、戦国の作法をこの世界に持ち込まないでよ~」



「茶でも飲んで、一服したら、気分も変わるかもね」



 だが、この世界に来てからというもの、のんびりする時間はまったく取れていなかった。


 休めるとすれば、目の前の王宮より抱えられぬ手土産を持ち帰った後になるだろう。


 そして、馬車は吊り橋を渡り、王宮の玄関前で止まった。



「さあ、行きましょうか、女神様。前の戦は奇襲、闇討ち。今度こそ、正面決戦の初陣よ♪」



「で、その初陣とやらで刈り取る大将首は、自分の花嫁候補、と。なんかおかしくない?」



「そりゃあ、あたしはお兄様の完全無欠な大徳の君主を演出するために作られた、罪を背負うべく生み出されし“悪役”の御令嬢なんですから。存在自体がおかしいものよ。大徳の君主と悪役の令嬢、二役演じるのは結構大変だわ。いや~、乱世乱世」



「少なくとも、シガラ公爵領以外は割と平和なんだけどね、この世界」



「え? そう? 公爵領も平和だと思うけど?」



 ヒサコはニヤリと笑い、トウと一緒に馬車から降り立った。


 堂々と胸を張り、自信満々に人々の見守る中、王宮せんじょうへと足を踏み入れていった。

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