2-7 訪問再び! そして真意に気付く兄弟!

 だが、伯爵家の上屋敷に着いたマリューとスーラの二人は、早々に期待を裏切られることとなった。


 あろうことか、カウラ伯爵家の新たなる当主ティースが、二人との面会を拒否したからだ。



「御前聴取前に重臣の方と個別に面会しては、公平性に疑義が出かねません。ご用件があれば、正式な書面にてお知らせくださいますよう、お願い申し上げます」



 これがティースの言い分であった。


 間違ってはいないのだが、それにしても門前までやってきた訪問者にこの扱いでは、心証が悪くなるだけである。


 しかも、“表向き”には、今回の『シガラ公爵毒殺事件』はカウラ伯爵側が仕掛けたということになっている。それを先んじて重臣に説明し、誤解を解いておくのが得策と言えよう。


 なにしろ、訪問してきた二人はすでに異端の『六星派シクスス』が絡んでいるという情報を得ており、ティースの説明次第では“誠意”さえ示してくれれば、便宜を図るのもやぶさかではないからだ。


 二人はもう一度食い下がり、面会を求めると、ようやく屋敷の中に通された。


 応接間に通され、少しばかり不機嫌な、それ以上に疲れ気味のティースに出迎えられた。色々と心労が蓄積しているようで、その点では二人は同情を禁じ得なかった。


 あるいは、このやつれた姿を見せたくなかっただけかもしれない。



「ようこそお越しくださいました、マリュー大臣にスーラ大臣」



 ティースは“頭を下げず”に挨拶をして、席に座るように手で合図を送って来た。


 これも間違いではない。貴族は基本的に、明らかな格上相手、例えば王族など以外には頭を下げないものだ。ゆえに、ティースの応対も正しくはある。


 だが、先程まで訪問していたシガラ公爵ヒーサは、最上位の貴族でありながら、平然と“頭を下げて”きたのである。


 そして、二人は知っていた。卑屈以外の理由で平然と人前で頭を下げられる人間は、とんでもない野心を抱える厄介な相手であることも、今までの経験から学んでいた。


 なにしろ、自分達がまさにそうなのだからだ。


 それゆえ、すでに二人の頭の中では、話を始める前から軍配が上がっている状態となった。



「お初にお目にかかります、伯爵代行殿」



「代行の文言は不要ですよ」



「ああ、それは失礼いたしました、伯爵殿」



 軽い挑発にもあっさり乗ってきた。ヒーサが軽く流したのと違い、肩書にはこだわりがあるようだ。少なくとも二人はそう感じ、促されるままに席に着いた。



「まずは、御父君ボースン殿と兄君キッシュ殿の件、御悔み申し上げます。惜しい方々を不慮の事故で」



「事故ではなく、謀略です! 暗殺です!」



 ティースはドンッと机に拳を叩き付け、怒りの心情をあらわにした。そして、マリューを睨みつけ、発言の訂正を求めてきた。



(ああ、これはいかんな)



 マリューは恭しく頭を下げ、発した言葉を取り下げた。


 同時に、目の前の哀れな“生贄”に、一切の同情もなくなった。融通の利かない型通りにはめる、そういうタイプのお嬢様だと分かったからだ。


 これでは“誠意”を示してくれそうはなかった。


 『六星派シクスス』が関わっているのであるから、謀略と言う点では間違いない。しかし、言い方と言うものがある。


 家族が惨殺されたのであるから、感情的になるのも理解できなくもないが、それだと先程のヒーサはどうなのか、というところに行き着く。


 一応、冥福を祈ってはいるが、“次”を見据えた言動に出ている。


 冷静を通り越して、恐ろしくもあるのだ。まるで、全て“計算ずく”の行動のように見えるからだ。



「あのヒーサとかいう、私の元婚約者が全部仕組んだに決まってます! 父も兄も、あいつのせいで!」



「なんですと!?」



 ティースの口から出た言葉に、マリューは驚愕した。そして、全てを悟った。



(そうか、公爵が『六星派シクスス』の情報を伏せておくと提案してきたのは、枢機卿への嫌がらせではなく、ティース嬢への情報封鎖が目的か!)



 もし、ティースの視点で見て、『六星派シクスス』の情報がなかった場合、犯人はヒーサに見えることだろう。


 犯罪行為が行われたとすると、そこで利益を得たる者が犯人だと考えられるからだ。そして、今回の一件で得をしたのは、間違いなくヒーサなのだ。



(いや、よくよく考えてみればそうなのだ。今回の一件、新公爵が被害者でありながら、独り勝ちでもあるのだ。もしかすると、公爵が仕組んだのか、この一件は!?)



 それだと、辻褄の合う点が見られる。あろうことか、理知的に考えていた自分よりも、感情的に物事を判断しようとしたティースの方が、正解に近い位置にいたことになる。



(しかし、だからと言って、どうだと言うのか。証拠も証人も、全くないのだぞ)



 ティースの言は状況を鑑みた推察の域を出ていない。証人になりそうな人物は根こそぎ死亡しており、死体から聴取するわけにもいかないからだ。


 つまり、計画の犯罪性を立証し、それがヒーサの手によるものだと判断する証拠がどこにもないのだ。



「伯爵、先方がやったという何か明確な証拠でもあるのでしょうか?」



「犯罪行為は、得した人が犯人です」



「それはまあ、そういう可能性もありますが……」



 つまりは、証拠はないと言っているに等しい。ティース自身、なにか掴んでいるという様子もなかった。


 これでは聴取の席にいる顔触れを説得することはできないだろう。実際、自分でも鼻で笑うはずだ。



(そうか、公爵の狙いはこれか。まず、ティース嬢に好き放題喋らせて自分を糾弾させる。そして、頃合いを見て『六星派シクスス』の情報開示を行う。そうすると、場を乱しただけのティースは、列席者の心証が悪くなるだけ。しかも、振り上げた拳の下ろし所を失い、下手に振り下ろせばますます嫌われていく。孤立状態を作り、その上で“婚儀”の復活を押し込んでくるな)



 シガラ公爵がカウラ伯爵の領地を強奪する最短の道は、ヒーサとティースの婚姻を成立させ、実質的に管理下に置いてしまうことだ。



(そう、公爵は屋敷での去り際に言った。『鵞鳥の肥大肝フォアグラをごちそうする』と。聞いた話では、伯爵領では鵞鳥の肥育に力を入れ、近々特産品として売り出そうという話を聞いたことがある。もしやと思ったが、カウラ伯爵領を併合する、あの言葉はそう宣言したに等しい!)



 無論、いくつかの予想の中には入っていたが、こうも鮮やかな手並みを見せつけられては、驚かずにはいられなかった。ティースの話を適当に聞きつつ、表情に出さなないようにするのに苦労するほどだ。


 係争状態のヒーサとティースをどちらも訪ね、比較してみれば一目瞭然。はっきり言えば勝負にすらならないほどの差がついていた。


 聴取に向けての下準備、抱えている情報量、財の多寡、そのすべてがヒーサが圧倒していると言ってもよかった。



(ならば、やはり公爵に肩入れして、仲良くしておくのが得策か。目の前のヒステリックな女伯爵に手を差し伸べても、利益は望めまい)



 マリューはそう判断し、横にいるスーラに視線を向けると、互いに目が合った。どうやら、兄弟揃って同じ結論に至ったようで、息を合わせるかのように同時に頷いた。



((はやり、持つべきは気前のいい“友人”だな))



 二人は手を組むべき相手を見出した。それは決して目の前の女ではない。もっと狡猾で、それでいて財の使い方を心得ている男ヒーサだ。



(ぜひとも現ナマという元気の出る薬を処方してほしいものだ。そう、できるだけ多く、な)


 そう考えながら、二人の大臣による事前調査は終わりを告げた。


 数日後に開かれる御前聴取の結論は、ほぼ決していると言ってもよい。あとは、途中の議論がどれほど予想外の展開を見せてくれるのか、二人は今から楽しみで仕方がなかった。

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