2-6 現ナマ! それは元気の出る処方箋!

 ガタゴトと揺れる馬車の中、相対するように座り、そして不気味にお互いニヤリと笑っていた。


 二人は兄弟であり、どちらもカンバー王国の重臣である。兄マリューは法務大臣、弟スーラは財務大臣を務めており、数ある廷臣の中でも最上位に属する二人だ。


 先程まで、シガラ公爵家の上屋敷に訪問して、現在はその帰り道というわけだ。


 結果から言えば、表敬訪問は紛れもない“大成功”であった。



「しかし、あれだな。噂と言うものの、なんとあてにならぬことよ」



「ですな」



 二人が抱く共通の認識、それは先程まで会って話していたシガラ公爵家の新当主ヒーサが、話に聞いていた内容と実際に会って肌で感じたこと、この二つが大きく乖離していたことだ。


 前評判では、飛び級で医大に進み、史上最年少で卒業して医師免状を手にした学者肌のお坊ちゃんだと聞いていた。学識に深く、そして温和で理知的な男、そう聞いていた。


 だが、それは嘘でこそないが、その裏に潜む本性を覆い隠す薄っぺらい布切れだと、先程思い知らされた。


 表面的には温和で礼儀正しい貴公子であるが、その言葉には禍々しい毒と鋭い刃が含まれており、いつ襲い掛かって来るのかと、内心ではヒヤヒヤしていたのだ。



「あれは一種の化け物だ。笑顔を崩さず、人を刺し殺せる、そういう人間だ。そのくせ、擬態は完璧。こちらが気付いたのも、“わざと”だ」



「はい。よもや、次の公爵があれほどの逸材とは……」



 二人も職業柄、様々な人間と相対してきたが、あれほど見た目と中身がズレている存在を、今の今まで会ったこともなかった。


 まるで数十年鉄火場を渡り歩いてきた猛者のような雰囲気。とても十七歳の若者が出せる気配ではなかった。


 しかし、同時に是非とも仲良くしておきたいとも思った。理由は簡単、気前がいいからだ。


 二人は懐にしまい込んでいた小袋を取り出し、それを互いに見せ合った。中身は当然のように金貨であり、それなりの額だ。軽いお土産代わりにポンッと出してくるのは、公爵家の財の強さを見せつけ、かつ友好関係でいたいという意思表示に他ならない。


 二人としても、それを断る理由は現段階ではないのだ。



「あれは医者というより、商人のやり口だ。金の使い方、使いどころを心得ている」



「最近の医大はああいう教育課程カリキュラムを組んでいるとは、寡聞にして聞き及んでいませんでした」



「いや、あれは間違いなく経験から来るものだ。書を読み、教師の言葉を頭に入れただけで、あの振る舞いは不可能だ。まして、十七の若者だぞ。どんな経験を積んできたんだ……」



「ますますもって、謎ですな」



 無論、二人は知る由もなかった。あの貴公子の中身が異世界から呼び寄せられた者であり、しかも戦国乱世を渡り歩いた梟雄であることを。



「しかし、仲良くしたいと、向こうから手を差し伸べてきたのだ。こちらとしても断る理由はない。まあ、表面的には今回の御前聴取、中立を守らねばならんが、状況的には肩入れした方が得策か」



「どこで『六星派シクスス』という手札を切るか、そこが問題でしょう」



 情報を開示したうえで伏せておいてくれと要請してきたのだ。劇的な場面でその札を切ってくるであろうが、いまいち読ませてくれない歯がゆさもあった。


 そうこう議論を交わしていると、騎馬が一騎、馬車と並走してきた。二人にとっては見慣れた使い番であり、何か報告を持ってきたのだと考え、軽く扉を開けた。



「なにか?」



「ハッ、並走しながら失礼いたします。カウラ伯爵が上屋敷に到着いたしました」



 公爵の係争相手も到着したか。馬車の中の二人は少し視線を合わせて無言の会話を行った後、頷いて次なる標的に狙いを定めた。



「よし、お前はこのまま先触れとして、伯爵の上屋敷に行け。これから訪問する、とな」



「ハッ!」



 使い番を馬に鞭を入れ、馬車に先行して伯爵の上屋敷へと向かった。


 扉を閉め、二人は手に持ったままの小袋を見ながら、互いに呟いた。



「「伯爵は気前のいい“友人”になってくれるかな?」」


 期待に胸膨らませながら、馬車は通りを進んでいくのであった。

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