2-5 これは賄賂ですか? いいえ、ほんのささやかな誠意です!

 マリュー、スーラの大臣兄弟との掴みは上々。


 これなら踏み込んだ話もいけるなと考え、ヒーサは話を続けた。



「それともう一点、紹介しておかねばならない者がおります」



 ヒーサは横に座っていたヒサコの方を振り向き、その肩に軽く手を置いた。


 マリューもスーラもヒサコについては最初から気になっていた。


 侍女であれば後ろに控えておくし、なにより服装が違う。ヒーサと同列に座していることから、貴族令嬢というのだけは分かっていた。



「こちらはヒサコと申しまして、私の妹でございます」



「ヒサコにございます。こうして両大臣にお目にかかれましたること、光栄に存じます」


 ヒサコは座りながら頭を下げ、二人に対して敬意を示した。意思のない人形ではあるが、意識を集中させて指示を飛ばせば、ある程度の会話をこなすこともできた。


 しかし、マリューもスーラも疑問があるようで、揃って首を傾げてしまった。シガラ公爵家には男児が二人だけで、女児がいたなど聞いたこともなかったからだ。



「ああ、驚かれるのも無理はありません。ヒサコは庶子ですので」



 この一言で、おおよその事情は納得した。庶子ならば、屋敷などに住まわせず、どこか領内の片隅でひっそりと育てたり、あるいは養子に出されるなど珍しくないからだ。



「なにぶん、父上と兄上が同時に亡くなり、屋敷が少々寂しくなりましてな。で、ヒサコを正式な公爵家の一員として招き入れることとしたのです」



「なるほど。公爵とならば、それも可能ですからな」



 庶子が家門の一員かどうかを決めるのは、家長の権限に委ねられている。つまり、ヒーサが了承すれば、ヒサコは正式に公爵家の一員となれるのである。



「しかし、まだ公爵位の件は正式に決まっておりませんし、なにより枢機卿あたりがうるさく言ってきそうで、はてさてどうしたものか……」



 スーラは歯切れの悪い文言を言い放ち、ヒーサ、ヒサコを交互に見やった。


 それの言わんとすることを察したヒーサは、パンパンと手を叩いた。


 すると、廊下に控えていたゼクトが部屋の中に入って来た。御盆を一枚持っており、それには小袋が二つ載せられていた。


 そして、それを御盆ごと机の上に置いた。ジャラリ、という音が零れ落ちたので、袋の中身は硬貨であることは容易に想像できた。


 マリューとスーラの二人はニヤリと笑いつつもすぐには飛びつかず、まるでわざとらしいくらい興味のない態度を示した。



「どういう腹積もりですかな、これは?」



「いわゆる“賄賂ワイロ”というやつですかな?」



 据え膳食わぬはの精神で、さっさと御相伴に与りたかったが、一応そういうのはなしですよと、形だけでもアピールしておかねば強欲と思われかねず、少しだけ我慢した。



「いえいえ、とんでもございません! それはこちらのお気持ち、“誠意”でございます」



 ヒーサもニヤリと笑い、どうぞと言わんばかりに笑顔で何度も頷いた。



「そうかそうか、“誠意”か」



「ならば、受け取らねば、却って無作法というものだな」



 二人はササッと袋を掴み、それぞれの懐にしまい込んだ。公爵家新当主と両大臣の間に“友好の懸け橋”が築かれた瞬間と言えよう。



「いや、シガラ公爵家新当主の“誠意”はしかと受け取った。なにか相談事があれば、遠慮なく我らに相談してくだされ」



 マリューは席から立ち上がり、ヒーサに握手を求めた。ヒーサはこれに快く応じ、スーラもこれに加わって、三人で固く握手を交わした。



「陛下や宰相閣下の両輪として活躍されるお二人に、このようなものしかお渡しできないのは恐縮でございます。次はなにか美物でもお持ちいたしましょう」



「おお、それは楽しみだな!」



「そうですな……、お二人の好物、鵞鳥の肥大肝フォアグラなどはいかがでしょうか?」



 この言葉を聞き、二人の顔が一瞬だが強張った。


 だが、何事もなかったかのように笑顔に戻り、今一度握手を交わして部屋から退出していった。


 応接間に残ったのは、ヒーサ、テア、ヒサコの三名だけだ。 


 テアは一応気配を探り、部屋の中はもちろん、扉で聞き耳を立てていないのを確認した後、ヒーサに歩み寄った。



「随分とあっさり終わったけど、あれでよかったの?」



「上々。ああいう利に聡い悪党の方がやりやすくていい」



 ヒーサとしては、満足のいく結果であった。見せられる札、見せなければならない札は全部提示できて、しかも相手の反応からちゃんと察してもらえたことまで確認できた。


 御前聴取の下準備としては、まずまずの走り出しと言えた。



「あの二人に限らず、それ相応の連中がやって来るだろう。もちろん、できる限り便宜を図ってもらうよう“誠意”ある対応も忘れずにな」



「大徳の誠意って、こんなんだっけ?」



「何を言う。誠意とはすなわち、金だぞ。『あなたのためにここまで頑張ってます』という態度を何らかの物差しで示そうとした場合、“金銭”以上の指標はないのだぞ」



 言っている内容は理解できるのだが、なにか釈然としないテアであった。



「あとは相手のために血を流すくらいだな。流れ出た“敵味方の血”、これの量もまた、誠意の一つの形なのだ」



「この戦国脳め……。物騒過ぎるわ!」



「そりゃあ、戦国男児だからな。まあ、ワシは平和的で穏便な方法で解決するのがよいと思っておる。孫子も言っているであろう。『およそ兵を用うる法は、国を全うするを上となし国を破るはこれに次ぐ。この故に、百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』とな。戦なんぞせずに、相手を平伏させるのが一番よ」



「平和的……? 穏便……?」



 異世界転生してから犯してきた数々の悪行も、この男に言わせれば、平和的で穏便な手段らしい。テアは猛烈なめまいに襲われた。



「どうした? 顔色悪いぞ? いよいよ孕んだか?」



「孕むか! 私はそういうのしてないから!」



「だが、急がねば、ワシの夜伽役を引き受けることになるぞ」



 いたって大真面目にヒーサが言い放ったので、テアは数歩後ろに下がった。実際、ヒーサの指が怪しげに動き、手の届く範囲にいれば捕食されていたかもしれない。



「使っていた“抱き枕”が使用不能になったからな。床が少々、寂しいのだ」



「その“抱き枕”をズタボロにしたのは、どこのどちら様でしたっけ?」



擬態箱ミミックさんだったような気がする」



「どの口がほざく!?」



 一切の反省も後悔もしていない様子であった。


 だからこそ、目の前の男は恐ろしいのだ。人を利用し、貶めることに躊躇も後悔もない。ゆえに、判断が恐ろしいほどに早く、それでいて最大利益を狙ってくる。


 これが大徳の君主だとは、考えたくもなかった。



「……で、次の“抱き枕”候補は決まっているんでしょ?」



「無論、これからお迎えする花嫁、女伯爵のティース嬢だ」



 哀れ、ティース嬢。家族を皆殺しにされた挙句、領地も奪われ、自身は見た目は十七歳の貴公子、中身は七十の爺の生贄に饗されることがほぼ決まっているのだ。


 これを悲劇と言わず、なんと言うべきか、テアは自身の語彙力に低さを嘆くしかできなかった。



「なあに、花嫁殿には、小姑ヒサコを使って、遊んでやるさ」



 ヒーサはポンポンと動かぬ妹の肩を叩き、ニヤリと笑った。何をするのかはだいたい想像ができたので、テアは背筋を震わせた。



「一応聞いとくけど、ティース嬢の全部を奪いつくすの?」



「決まっておろう。財も、領地も、己自身もな」



「良心の呵責は……」



「あるわけなかろう。そんなものは釜茹でにして、どこぞへ消え去ったわ」



 躊躇なし。どこまでもしゃぶり尽くすつもりだと、ヒーサは言い切った。



「早くせぬと、女神をつまみ食いすることになりかねんからな。とっとと片付けたいものよ」



 ヒーサの高笑いが響き、テアは頭を抱え、指示待ちのヒサコはただ前を見つめていた。


 こうして、呼び出しを受ける数日の内は、来客の対応に追われることとなり、練り上げた策を解き放つ機をジッと待つこととなる。

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