2-4 初陣! 初戦の相手は大臣兄弟!

 王都ウージェに到着して間もないというのに、早速の来客である。


 なかなかにせわしないことだと思いつつ、ヒーサは上屋敷の廊下をゆったりとした足取りで歩いた。


 随伴するのは二名。妹のヒサコと、専属侍女のテアだ。


 ヒサコ(偽)はヒーサにとって腹違いの妹という“設定”にしておいた人形である。【性転換】のスキルから派生した【投影】の術式によって生み出された、操り人形のような存在だ。


 テアの魔力供給さえあれば生成でき、意のままに操ることができた。


 いるはずのない妹が存在しているかのように見せるため、今もこうして妹の体を生成して、その姿を見せつけているのだ。


 そして、来訪者が待つ応接間に到着すると、すでに先行していた上屋敷の管理人ゼクトが扉の前で待機しており、扉打ノックをしてから扉を開けた。


 ヒーサが先頭に立って中に入ると、中央の席に二人の男が座していた。



「お初にお目にかかります! マリュー、スーラ両大臣にこうしてわざわざご足労いただきまして、嬉しい限りでございます」



 ヒーサはにこやかな笑みで二人の来訪を歓迎し、二人もまた席を立って笑顔で応じた。



「公爵代行殿、ようこそ王都へ。歓迎いたしますぞ」



 二人の男の片割れがヒーサに歩み寄り、手を差し出して握手を求めた。兄のマリューが法務大臣、弟のスーラが財務大臣を務めており、兄弟で国の要職ある実力者であった。


 握手をしてきた方が若干齢を食っている感じがしたので、こちらが兄で、後ろに控えているのが弟の方かと、ヒーサは判断した。


 そして、先程の言葉から、すでに戦が始まっていることも察することができた。


 なにしろ、わざわざ公爵の後ろに“代行”という文言を差し込んできたことだ。


 確かに、爵位継承の正式な手続きは終わっていないので、ある意味では正しいのだが、すでに確定しているにもかかわらず、わざわざそういう文言を差し込んできたということは、「イチャモン付けられるんだぞ」という牽制に他ならない。


 まだ、鞘から刃を抜かれていないが、光る刀身をチラ見せ程度には出してきて、早速探りを仕掛けてきたというわけだ。


 だが、ヒーサは別段動じていない。どころか、懐かしの戦場に帰って来たような感覚に満たされており、むしろ精神が高揚してきたと言った方がよい。



(ああ、帰って来たぞ。このビリビリとした感覚がよいのだ。まあ、見ておれよ。こちらはこちらで欲しいものを王都よりもぎ取ってやるからな!)



 笑顔の握手は、実際のところ鍔迫り合いに等しかった。


 形式的な挨拶が終わると、それぞれ席に着いた。机を挟んで、ヒーサ、ヒサコが並んで座り、その反対側にマリュー、スーラが座った。



「こうしてお近付きになれましたるのも、輝ける五星の神々のお導きでありましょう。公爵就任後にはお披露目の宴をご用意いたしますので、御二方にも是非ご出席をお願いいたしたい」



「おお、それはそれは。是非、お呼ばれさせていただきましょう」



 上流階級にとって、宴席への出席は生業ライフワークのようなもので、それもまた仕事の一環であった。


 例え仲の悪い相手であろうとも招待状を出すことが多いし、逆にそれを受けることもよくある話だ。


 仲の良い者とは親交を深めるため、仲の悪い者に対してはある種の敵情視察として、相手の招きに応じるのはどの貴族でもやることである。



「まあ、それはさておき、まずもってマイス殿の御不幸、御悔み申し上げる」



「セイン殿のこともな。まさか今回のような痛ましい事件でお亡くなりになるとは、惜しい方々を亡くしました」



 兄弟揃って残念がる表情を見せたが、どこまで本気なのかさすがに読み切れなかった。社交辞令として故人を偲ぶなど、常套句にも等しいからだ。


 相当場慣れしているのか、表情からも真意を読ませてはくれない。



「お二人にそう言っていただけて、父も兄も心安らかに神の御許へ参られるでしょう」



 ヒーサは印を組み、二人の冥福を祈った。


 さて、掴みの会話はこのくらいにして、本題に入ろうかとヒーサが姿勢を正すと、対峙する二人も察したのか、話を聞く姿勢を取った。



「御二方、今回の事件、どこまで把握しておいででしょうか?」



 下手な前置きなしに、真正面からの切り込み。兄弟は軽く視線を合わせた後、またヒーサに視線を戻した。



「おおよそは把握しております。よもやカウラ伯爵があのような暴挙に出ようとは」



 マリューはわざとらしく肩をすくめ、スーラも頷いて兄に同意した。


 顔には出さなかったが、ヒーサは心中で会心の笑みを浮かべた。第一手を打つならここだと、好機を見出したからだ。



「ところが、それが真っ赤な噓だとしたらば?」



 もったいぶるようなヒーサの問いかけに、二人もいよいよ真剣な眼差しでヒーサを見つめてきた。



「ほほう。真っ赤な嘘とはどういうわけなのでしょうか?」



 スーラが興味津々に尋ねると、ヒーサは懐からお守りを一つ取り出した。それは六芒星の形をしており、カンバー王国の国教である『五星教ファイブスターズ』、その異端『六星派シクスス』の聖印ホーリーシンボルであった。



「カウラ伯爵ボースン殿の嫡子キッシュ殿が落石事故にて亡くなったことは、すでに御耳に入っていると思いますが、その現場近くの森で数名の遺体が見つかり、その中にこれを所持していた者が紛れておりました」



 ヒーサの説明を聞き、二人はさすがに渋い顔になった。貴族同士のいざこざではなく、宗教がらみの案件に飛び火したからだ。


 貴族同士の諍いであれば、調停するのは国王ないし宰相の領分に属し、当然、廷臣である自分達にも関わってくる話となる。


 国内法的にどうかということなら、法務大臣のマリューが国王に助言するし、賠償の話ともなれば財務大臣のスーラが関わってくることとなる、


 この手のゴタゴタを上手く調停できれば双方にいい顔ができ、色々と“心付け”が期待できると言うものだ。


 しかし、宗教案件となると、どう考えても、王宮に出入りする教団からの派遣幹部である“枢機卿”がしゃしゃり出てくるのが目に見えている。


 つまり、二人にとっては“美味しくない”のである。


 そんな面白くない二人の様子を見たヒーサは、少しだけニヤリと笑いつつ、話を続けた。



「そこで、ご提案なのですが、この『六星派シクスス』の情報を伏せておきませんか?」



「なに?」



 ヒーサからの意外な提案に、マリューは思わず声を上げ、スーラも目を丸くして驚いた。



「だが、『六星派シクスス』絡みとなると、教団側に知らせておくのが当たり前だぞ」



 これについては、スーラの言う通りであった。勢力を伸ばしつつある異端の存在に教団側も神経を尖らせており、優先的に対処するように各支部を介して貴族へ協力を要請していた。



「はい、知らせるという点では変わりありませんが、事前に知らせておくのと、聴取の席で知るのとでは意味が違ってきます」



「ふむ、なるほどな」



「事前に知らせてやる義理も義務もないからな」



 二人も納得したようで、ひとまずはその情報を伏せておくことで合意した。二人とも宗教勢力に大きな顔をされるのを嫌っており、この程度の嫌がらせくらいなら、平気で乗ってくるのだ。



(思った通りだ。頭の回転は速いが、欲が深い。この二人もワシと同じく“俗物”であるな)



 ならば御し易いと、このまま深入りした話ができるとヒーサは判断した。

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