2-3 告知! 虚実の兄妹の社交デビュー!

 ひとまずのヒサコの紹介を終わり、ヒーサはゼクトとの会話を続けた。



「それで此度の社交の場ではいかが取り繕いましょうか?」



 ゼクトの質問はヒーサにとっての最大の関心事であった。


 王都に来訪した理由の一つに、他の貴族や王宮の廷臣達との顔繫ぎがある。ヒーサ自身、社交界に縁遠い生活をしていたため、公爵の地位を得たとはいえ、実質的には“新人”扱いなのである。


 それを解消するために、正式な爵位継承が終わってから後、継承お披露目の名目で宴席を設けるつもりでいた。


 もし、妹も同行しているのであれば、そうした宴の席に顔を出さないのは、いささか不自然というものであった。


 礼儀作法が仕上がってないから出すのは考えものだとゼクトは考えたが、多少の顔見せ程度であればどうにかなるとも考えているので、やはり判断はヒーサ任せということになった。



「う~ん、やはりまったく顔を出さないというのもあれだし、出席させることにするよ。まあ、私の側に控えておくように言い含めておくから、その辺は適当に合わせてくれ」



「承りました。ならば宴席の招待状には、妹君のことも記載してよろしゅうございますな?」



「ああ、そうしてくれ。私の公爵お披露目と、妹の社交初顔出しということでな」



 なお、ヒーサの頭の中にはすでにヒサコを利用しての策をいくつも考えていた。


 そのうちの一つが『結婚するする詐欺』である。


 ヒサコは実体を持たない虚像であり、あくまで触れることが可能な幻でしかない。


 だが、それは裏の事情を知るからこそであり、ヒーサとテア以外の人々にとっては、目の前に確かに存在する貴族令嬢として認識されるということだ。


 虚像と言えど、確かに存在する公爵の妹君である。その地位や財産目当てに男共が群がってくる可能性は、極めて高いのだ。


 それを利用し、相手を引っかけて色々と頂戴することこそ、『結婚するする詐欺』である。婚姻を匂わせつつ、引いては突いてを繰り返し、値を上げさせ、結局は何かしらの理由で破談にする。


 せびった物品だけが手元に残るというわけだ。


 普段は分身体の操作で引きつけつつ、ここぞという場面ではヒサコに変身して、実体ある姿で相手との接触を謀る。


 まさに虚像と実像を織り交ぜた、虚々実々の駆け引きというわけだ。


 それをすでにヒーサは頭の中で描いていた。



(まあ、それはもう少し落ち着いてからだな。まずは目の前のこと、『シガラ公爵毒殺事件』をこちらに都合のいい場所に着地させつつ、ティース嬢との婚儀を成立させることが最重要だ)



 そう、近々開催されるであろう国王臨席の下で開かれる聴取の席で、今後の動きが決すると言ってもよかった。あれほど苦労して巡らせた策である。公爵位だけでなく、他のものも取れるだけ取っておかねば損というものであった。


 なお、本来の目的である“魔王探索”の方は、割とどうでもよくなりつつあった。“国盗り物語”という戦国武将の生き様ワイフワークが目の前にぶら下がっている状態であり、悲しきサガかな、どうしてもそちらに引っ張られてまうのであった。



(だが、それ以上にやっておきたい事はまだまだある)



 ヒーサの頭の中には無数の計画があるのだが、それら一つ一つこなしていくのには、時間も人手も不足している状態だった。


 特に彼自身が最も許せないのは、“食事作法マナー”であった。


 これも演技の内と我慢してきたが、食べ物を素手で掴んで食べる行為がどうしても許せなかったのだ。


 戦場で戦闘食というのであれば、まだ理解できなくもない。何もない戦場での食事など、どうしても色々と不足してしまうのだから、干し飯をボリボリ食べるなど珍しくもないことであった。


 しかし、日常から素手で物を掴み、そのまま食すというのは、京の都人でもある者として看過できないことであった。


 箸の普及、これは譲れぬ一線。食事道具カトラリーの作成はヒーサの頭の中で進めている計画の一つだ。


 などと、色々と頭の中で様々な計画のことを考えていると、テアが戻って来て、さらに屋敷の召使も部屋に入って来た。



「申し上げます。マリュー閣下、スーラ閣下がお越しになられております」



 召使の言葉に、ヒーサは少しばかり考え事をしてから、視線をゼクトに向けた。



「えっと、マリュー、スーラ、どちらも大臣だったかな?」



「はい。兄のマリュー閣下は法務大臣、弟のスーラ閣下は財務大臣を務めてございます。元は下級貴族の出ではありますが、宰相閣下の直臣になってからメキメキと頭角を現し、今では兄弟で大臣を務めるほどの実力者にございます」



 ヒーサは有力な貴族や廷臣の名前は、爵位や官職までおおよそ把握していたが、ちゃんと合っていたことに取りあえずは安心した。


 そして、今来訪した二名は、真っ先にお近付きになっておきたい事も、頭の中に刻まれていた。



「やれやれ、早速お出ましか。挨拶がてらに、“おひねり”でもせびりに来たのかな?」



「公爵閣下、そのような物言いはいけませんぞ。今は大事な時期なのですから、有力者の心証を悪くするような真似はなさいませんように」



「分かっている」



 ヒーサは立ち上がり、軽く腕を伸ばして体をほぐした。



「では、上流階級の交流会、その第一陣と行こうかな。お二人は応接間に通しておいてくれ。私は少し身だしなみを整えてから顔を出す」



 ヒーサの指示にゼクトは頭を下げて応じ、意を受けて玄関の方へと急ぎ足で向かった。


 ヒーサの方も居間を出て、自室へと向かったが、その目的は存在しない“妹”を迎えに行くことだ。


 魚はやって来た。竿は自分で、エサは妹。上手く引っかけれるか、ヒーサはテアを伴いながら廊下を歩き、そして、にやりと笑った。


 こういう駆け引きの時こそ至福であり、それがハマった際の痛快なる感覚を味わうため、梟雄は策を巡らし、罠を用意するのであった。

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