第2章 虚実の兄妹

2-1 王都到着! 早速だが偽装工作を開始する!

 カンバー王国の王都ウージェは国一番の大都市である。千年の長きにわたり都であり続け、治める王朝の名前は変わろうとも、歴史の中心、国の中心という立ち位置は変わらず、繁栄を謳歌していた。


 シガラ公爵の領地すべてを合わせても、人口はせいぜい二十万ほどだ。


 だが、王都ウージェは城壁の内側だけで三十万近く居住しており、王都圏内に含まれる農村や町などを含めれば、その総人口は百万に届くと言われている。名実ともに、王国の中心なのだ。


 そんな煌びやかな王都の大通りを、これまた豪華な馬車が騎馬に護衛されながら進んでいた。通りを行きかう人々からの注目を集め、どこぞの貴族がやって来たと噂が立った。


 目の利く者なら、馬車に飾られている“フクロウ”の紋様から、シガラ公爵家の物だと分かったであろう。


 その馬車の中にいるのは、もちろんシガラ公爵となった新当主ヒーサであり、その専属侍女メイドであるテアだ。


 王都を訪問した理由は、大きく分けて三つある。


 一つは爵位継承の正式な手続きを行うことだ。


 父と兄を同時に失い、次男坊がいきなり公爵位を継承することとなったのであるから、王家も公爵家も何の準備もなく、また互いに面識がない状態であったのだ。


 これを解消するための、直接面会による手続きというわけだ。


 もう一つは、その継承に関しての、他の貴族や廷臣達との顔繫ぎである。


 ヒーサは次男坊であり、上流階級が顔を出す社交界には、それほど縁がない生活をしていた。


 そのため、貴族社会における最重要項目である、“人脈コネ”が決定的に欠けている状態であるのだ。


 王都滞在中はこれを解消するべく、あちこちに顔を出して、新たな当主としてのお披露目を行っておかねばならなかった。


 そして、最大の案件は今回発生した騒動である『シガラ公爵毒殺事件』についてである。世間一般ではすでにこのような名で知れ渡っていた。


 先代のシガラ公爵マイスとその嫡男セインが、領土を隣接するカウラ伯爵ボースンにより毒殺された、ということになっていた。


 これの聴取のために王都へ呼ばれたのだが、すでに下手人であるボースンも自殺し、真相の究明は難しくなってしまっていた。


 とはいえ、事情はやはり聴かねばならないということで、公爵となったヒーサと、伯爵を継いだティースが呼ばれたというわけだ。



「初めから結果が分かっている。だが、これを利用して、国内に不和の種を蒔いておくのも一興よ」



 賑やかに人々が行き交う通りの景色を車窓から眺めながら、ヒーサは悪い笑顔を浮かべながら呟いた。


 またかと思いつつ、テアはため息を吐いた。



「あのさぁ、本来の目的忘れてない?」



「魔王を探すことだろう? それはちゃんと覚えておる」



「ならいいけど」



「まあ、やはり、なんと言うか、血が疼くのよ。国盗り物語始めたいっていう」



「大人しくしてて、お願いだから!」



 梟雄のサガか、切り取り御免をやりたくてうずうずしていた。


 若かりし頃、京の油屋にて、斎藤道三てんちょうと語り合ったあの楽しい日々が、魂の中に刻まれているのだ。



「なんにせよ、まずは情報収集と顔繫ぎよな。来客や、あるいは来訪で忙しくなるからな」



 そうこうしているうちに、ウージェに存在する公爵家の上屋敷に到着した。


 基本的に各地の貴族は各々の領地で過ごすことが多いのだが、何かしらの招集で呼び出されたり、あるいは国教である『五星教ファイブスターズ』の大祭である“星聖祭”の時には王都に集まることになっているので、王都には各貴族の屋敷が設けられていた。


 また、他の貴族やあるいは王の直臣である廷臣を招いて社交の場とすることもあるため、上屋敷には管理者兼外交官として信頼における家臣を常駐させていた。



「さて、では、早速始めるとするか。人体投影!」



 ヒーサは目を瞑り、自分の分身体を頭の中で思い描くと、すぐにそれは形作られていった。


 【性転換】のスキルが派生して出来上がったもう一つの秘術【投影】。現在の自分とは違う性別の分身体を作り出すことができるのだ。


 出来上がったのはヒーサの妹(という設定の)ヒサコだ。両者ともに金髪碧眼をしており、長さが違うことを除けば、並んで立っていればよく似ている。


 兄妹と言っても、まず怪しまれないほどだ。


 服装もばっちりと煌びやかなドレスを投影しており、貴族令嬢として完璧な格好であった。



「では、台本通りにいくぞ、二人とも」



「了解」



「はい、お兄様」



 最初はぎこちなかった分身体の喋りも、馬車での移動中に練習していたため、違和感を感じないほどに熟達していた。


 屋敷の前で馬車が止まり、御者が恭しく礼をしながら馬車の扉を開けた。


 まず下りたのはテアである。


 いきなりの不意討ちを警戒して、まずは従者から下りるのが順序であった。周囲を警戒しつつ問題がないのが分かると、次にヒーサが下りた。


 そして、二人にエスコートされる形でヒサコも馬車から下りた。



「お待ちしておりました、ヒーサ様。いえ、公爵閣下」



 ずらりと並ぶ上屋敷の面々を代表して、ここの管理者たるゼクトが拝礼してきた。それに倣い、他の者達も一斉に頭を下げてきた。


 ゼクトは長らく公爵家に仕えており、実力と信頼を買われ、王都での活動を任されていた。なお、本領にいる執事エグスの実弟でもあった。



「ゼクト、久しぶりだな。まさかこういう形でまた顔を会わせることになるとはな」



 少年期に何度も顔を会わせていることが“記憶”の中にあるため、久方ぶりの再開という体裁を取った。


 実際は初対面であるが、転生する前の記憶もしっかりと頭の中には刻まれているため、それを元に演技をしなくてはならなかった。



「此度の一件は何と申し上げてよいのか分からぬほど、悲しい出来事でございました。まずもって、御悔み申し上げます」



「まあ、それの後処理というのも、今回の王都訪問の主目的であるからな」



 ゼクトを始め、上屋敷の顔触れにも労いの言葉をかけ、その気さくな感じを見せておいた。



「ときに、公爵閣下、そちらの御令嬢は?」



 ゼクトが失礼と思いつつも、値踏みするようにヒサコ(偽)を見つめた。


 テアとは前にも面識があることに“している”ので、特にこれと言った疑問を抱かなかったが、馬車に同乗させるにしては、侍女とは思えぬ格好をしており、疑問が生じたのだ。



「ああ、私の“妹”のヒサコだ」



「「「えぇ!?」」」



 なお、この驚愕の声はゼクトのものだけではない。上屋敷の者達だけでなく、道中随伴していた御者や騎士達の声も含まれていた。


 ヒサコは途中から馬車に乗り込む格好となったのだが、その際に「上屋敷に着いてから話す。今は詮索するな」と言い含めておいたので、乗り込んでいた御令嬢の正体を知り、驚いているのだ。



「い、妹ですと? そのような話、私は一切聞いたことがないのですが」



 長く公爵家に仕えている者ほど、こういった反応になるのは予想していた。


 先代マイスには子供が二人、長男のセイン、次男のヒーサ、この二人だけだ。女児がいたなど、誰も知らないことなのだ。



「まあ、驚くのも無理はない。私自身、最近になって知ったのだからな」



「そ、そうなのですか……」



「詳しくは中で話す」



「畏まりました」



 驚きつつも、主君への礼儀は忘れず、恭しく屋敷へと頭を下げた。


 そして、一行は上屋敷へと入っていった。


 ヒーサの描く王都での完全勝利を目指し、まずは偽装工作が開始された瞬間であった。

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