1-48 復活の婚儀! 花嫁は土地ごと頂戴する!

 誰よりも誠実でお優しい若様を、自分達で盛り立ててシガラ公爵家を立て直す。


 それが一同の想いであり、その熱気はヒーサを満足させるのに十分であった


 その熱気が冷めやらぬうちに次の一手をと、ヒーサは話を続けた。



「さて、今後のことを皆に話しておきたいと思う」



 屋敷の庭先に集まる家臣に対して放たれたヒーサの一言に、少しざわついていた場がまた静まり返った。


 主君の言葉を聞き逃すまいと、皆真剣な面持ちとなった。



「聞いている者もいると思うが、王都ウージェへと行くこととなった。此度の一件で、国王陛下より直々の聴取があるそうだ。それが終われば、正式に公爵の相続も認められることになっている。次に帰宅するときには“代行”の文字が消えることになるから、呼び間違えたら怒るからな」



 少しばかり笑いが起きる。わずかに冗談を飛ばして場を和ませるのもまた重要だとヒーサは考えていた。暗い話ばかりでは気が滅入るからだ。



「さて、ここから重要な話となるが、この案件はカウラ伯爵家の方にも伝達されてる。おそらくは、あちらも暫定的に伯爵位を継いだティース嬢が顔を出してくるだろう」



 カウラの名が出たとたんに、場の空気が一気に重々しくなった。


 はっきり言って聞きたくない、そう言いたげな顔がちらほらみられた。ヒーサの話でなければ、罵声や怒声が飛んでいてもおかしくなほど、今の公爵家の人々には嫌われていた。



「あちらもあちらの言い分もあるであろうし、まあ多少のいざこざは考えられる。しかし、はっきりと皆に伝えておきたいことがある。ティース嬢とは婚約していた仲ではあるが、今回の一件で事実上消滅していると言ってもよい。しかし、私はこれを復活させ、ティース嬢と婚儀を結ぼうと考えている」



 予想外の発言に、またしても場がざわめき始めた。


 カウラ伯爵家は毒殺された先代の仇であるし、なんでそこから新当主の花嫁を迎えねばならぬのか、誰しもが疑問に思ったからだ。



「公爵様、本当によろしいのですか。こう言っては何ですが、ティース嬢は親の仇の娘となるのですぞ。そのような方をお迎えするのは……」



 心配そうに声をだしたのは、執事見習いのポードであった。


 彼自身、カウラ伯爵家から嫁取するなど感情的に嫌であったし、仮に迎え入れたとしても、公爵夫人として礼をもって接することができるかというと、これもまた疑問であった。


 どこかで感情的になってしまいそうであるからだ。


 これについては他の家臣一同も同様であり、あまりいい反応を示そうとはしなかった。


 ヒーサもこれは当然の反応と考えており、少し宥めてから話を続けた。



「まあ、皆の気持ちも分からんではないが、これは絶対に乗り越えねばならないことなのだ。両家の間で不幸な出来事があったのは事実だ。そして、事実は事実として受け止め、将来のことを考えていかねばならない。この出来事の裏に潜む陰謀があったと仮定し、かつその主犯がどこかの貴族だとすると、両家の和解の道を閉ざすような真似は相手の思うツボというものだ。だからこそ、そうならないためにもこの婚姻は進めないといけない。納得しかねるという顔も見受けるが、どうか堪えてほしい」



 なにしろ、ヒーサにとってティースとの婚姻は美味しい話であるからだ。


 相続の関係上、ティースとの婚姻は伯爵領の統治権を得るに等しく、事実上の吸収合併という運びになるのだ。


 婚姻一つで領地が大きく増えるのであれば、これをやらない手はないのだ。



「しかし、本当によろしいのでしょうか? 相手が断るということも考えられますが」



 あえて反対意見を述べたのは執事のエグスであった。若い主君が勢い任せに猪突しないよう、あえて煙たがられようとも諫言するのも仕事の内だとの考えから発せられた言葉だ。



「残念ながら、断ることはできんよ。碌な対案もなしに断った場合、平和と安定を阻害する存在として、討滅する口実ができるからな。周辺貴族も“おこぼれ”目当てで喜んで協力してくれるだろう。それを考えると、嫌でも婚儀を復活させねばならないのだ。周辺貴族に食い荒らされるよりかは、公爵家の庇護下に入った方が、まだましな選択と言うものだ」



「つまり、カウラ伯爵家を事実上、吸収してしまうと」



「露骨すぎるな、その表現は。保護する、と言って欲しいものだ。周辺貴族が余計なちょっかいを出してこないようにするための、な」



 物はいいようであるが、カウラ伯爵領への野心を抱いているのは、ヒーサ自身である。


 露骨な表現を避ける事で、そういう意図での婚姻ではないと強調したいのだ。



(ま、そんなものは言葉遊びではあるがな)



 言っておいてなんだが、大義が立てば他領に攻め込むのが戦国的作法である。


 その大義がぶら下がっている以上、引くつもりはなかった。


 ただ、“誠実なる青年貴族”の外聞を崩さないための手順でしかない。 



「まあ、私とティース嬢との間に子供が複数人生まれた場合、分家として復活する道筋は残っているがな。今の世代では潰えても、子か孫の世代で復活できるのだ。すべてを食い荒らされて消え去るよりかは、まだマシというものだろう」



 実際、これはヒーサがボースンに自殺を促す際に用いた論法であった。


 これを勘案したからこそ、ボースンは死を受け入れたのだ。すべてを奪われるよりかは、次の世代に託せる可能性に賭けたと言ってもよい。



「あとは、ティース嬢がそれを理解して、乗って来るかどうかだな。そこは王都であった際に私が説得してみるよ」



「なるほど。お考え理解いたしました。そこまで思案なさっておいでなのでしたら、こちらから申し上げることは何もございません。臣一同、よき結果となるようお待ち申し上げます」



「うむ。皆にも苦労を掛けるが、我らの世代で起こった問題だ。次世代には解決した状態で渡したい。子や孫に負債を残してしまうのは、親となる身の上では心苦しいからな」



 こうして、多少のわだかまりは残しつつも、ヒーサの提案に家臣達は納得し、その場は解散となった。


 もしやすると、類稀なる名君を頂くことになるかもしれない。そう実感させるだけの力を感じ取り、公爵家に仕える者達はヒーサへの忠義を誓うのであった。

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