1-47 大徳の梟雄! あなたのためなら死すら恐れません!

「変わらず侍女頭として仕えよ」



 退職を願い出るアサに対し、ヒーサは冷徹過ぎる言葉で返した。


 だが、アサはこれを受け入れる事はできなかった。


 孫のように可愛がっていたリリンの不始末で、主君であるマイスとその嫡男セインが失われたようなものである。


 嫌疑は自分にもかかっており、周囲の視線も痛いものばかりだ。



「ですが……! どうか、なにとぞ!」



 アサはとうとう地べたに膝をつき、頭をこすりつけて懇願してきた。


 どうにもこうにも、屋敷にいることが耐えられないようで、今すぐにでも離れたい気持ちが強かったのだ。


 そんなアサに対して、ヒーサは壇上から飛び降り、地に平伏ひれふしているアサに歩み寄った。


 そして、自らも立膝を突き、そっとアサの肩に手を置いた。



「アサ、お前、死ぬ気だな?」



 ヒーサの問いかけに対して、アサは平伏したままビクッと肩を動かした。



「どうやら図星のようだね。だが、はっきりと言わせてもらうと、それは無駄死にだよ」



「ですが、もう他にやりようがございません! どうか亡き先代に詫びに行くことをお許しください!」



 アサは再び頭を地にこすりつけ、どうにかやり場のない感情を死を以て解き放ってほしい、そうヒーサに懇願した。


 そんな彼女に対して、ヒーサは優しく肩を掴み、そっと上体を起こした。


 アサの顔は泣き崩れてボロボロであった。涙痕に加え、額にはこすりつけた際の傷まである。


 よく知る優しくもあり厳かな雰囲気の侍女頭はそこにはいない。気弱な初老の女性が目の前にいる。


 そんな彼女に、ヒーサは笑みを向けた。



「いいかい、アサ。もう一度言うが、それは無駄死にだよ。そんなことをしても誰も喜ばないし、なにより私が困るんだ。ただでさえ、父と兄が急死し、当主として若輩な自分が公爵の地位を継ぐことになってしまった。だから、一人でも優秀な臣が欲しい。不甲斐ない主を支えてほしい。だから死なないでくれ」



「ですが……」



「なにより、リリンの件は私自身の不徳のなすところだ。リリンがなぜこんな暴挙に出たのか分からないが、それを止められなかったのは、彼女を専属の侍女にした自分自身にある。だから、父と兄の死に対しての責任は、私が負わねばならない。殉死するのであれば、まずもって私が死して、父と兄に詫びを入れてこよう」

 


 アサのみならず、その場の誰もが驚愕した。新しい当主自らが責を負って殉死するなどと言い出したからだ。


 もし今、ヒーサまで失うことになれば、シガラ公爵家は崩壊してしまう。それだけは絶対にあってはならないことであった。



「もう一度言う。死ぬな、アサ。お前が気負うことはない。罪は私が背負う。だから、今日を以てアサは一度死に、生まれ変わった気持ちで私に仕えてくれ。どうかこの通りだ」



 ヒーサはアサに対して軽くではあるが頭を下げた。主人が臣下に対して頭を下げるなど、あってはならないことだ。


 だが、ヒーサは平然と頭を下げた。


 誠実さの表れではあるが、それはともすれば侮りにも繋がりかねない。


 メンツが何より重要な貴族社会にあって、ヒーサのこの態度は絶対にあってはならないのだ。


 にもかかわらず、ヒーサは頭を下げた。


 貴族の当主としては失格かもしれないが、一人の人間としてはこれ以上にないほどに誠実であり、一人の女性を気遣う者としては完璧であった。


 アサは再び泣き、周囲の者達もまたそれを貰い泣きしてしまった。


 若輩ではあるが、なんと優しくて誠実で気の回る御方なのだろう。我らがしかと盛り立てていかねばと、皆々が決意を新たにした。


 周囲の雰囲気を読み取ったヒーサはスッと立ち上がり、今度は厨房頭のベントに歩み寄った。


 美物として持ち込まれた毒キノコを提供し、食中毒を引き起こしたため、厨房も辛い立場に置かれていた。迂闊であったのは否めないが、客人が持ってきた食材であったため、断りにくかったという点も考慮しなくてはならない。


 そう考え、ヒーサはベントにもアサ同様に許しを与えねばならなかった。



「ベントよ、お前も責任を感じているだろうが、そもそもの原因は毒キノコと知りつつ、それを食べさせようとしたカウラ伯爵に帰する点が大きいのだ。お前もあまり気負い過ぎるな」



 あくまで罪はカウラ伯爵が負うべきものだ、ヒーサはそう言い切ってベントの罪の意識を少しでも和らげようとした。


 罪自体は消えるわけではないが、どうか今まで通り仕えて挽回してほしい、そうヒーサは恐縮するベントに向かって視線で訴えかけた。


 あまりに強烈な視線にベントは危うく逸らしかけたが、それでは主人からの誠意に応えられぬと奮起し、力強く頷いて応じた。



「若様、お任せください!」



「今は公爵だよ、不本意ながらね」



「っと失礼しました、公爵様。不肖なる身ではありますが、生まれ変わったつもりでお仕えします!」



「ベントよ、頼むぞ」



 ヒーサはポンポンとベントの肩を軽く叩き、再び壇上へと戻っていった。



「聞け、皆の者! 痛ましい事件ではあったが、いらぬ詮索を以て領内の不和を助長する真似をすることは許さぬ。あるいはそれこそ、『六星派シクスス』の狙いやもしれぬし、もしくは他貴族の付け入る隙にもなりかねないからな。よって、事件に関する案件は、私の前以外で論じることを禁ずる。サーム、捜査は続けてもらうが、余計な情報を私以外の場所で披露してはならないぞ。よいな?」



 武官のサームもそれを了承し、頭を下げてその意を示した。



「それは皆も同じだ。アサやベントに限らず、事件の“被害”を受けたる者を中傷するがごとき言動は厳に慎むべし。もし、申し出たいことがあれば、今この場で発言せよ!」



 堂々たる宣言に、皆が頭を垂れ、新たなる主人に忠節を示した。


 ただ一人、“共犯者”であるテアを除いては。



(完璧だわ。そして、完全に【大徳の威】を使いこなしている。罪は他人に、功は自分に、誰にも気づかれることなく実行してみせた。大徳を得た梟雄がここまで強烈な存在になるなんて)



 自分でスキルを与えておきながら、作り出した英雄に女神は戦慄した。


 本性を覆い隠すのに、大徳の力はまさに打って付けであり、余すことなく使い切る松永久秀という男に恐怖した。


 それでいて、魔王ではないという判定結果を得ている。


 これが乱世の梟雄か、魔王とは別の意味で厄介な存在を生み出したかもしれない。テアは体の震えを出さないようにするのに必死であった。

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