1-46 疑惑の連鎖! その混沌をこそ梟雄は望む!

 屋敷の庭に集められたのは、文字通り屋敷に勤める全員であった。警護役の門番など以外は全員集結していると言ってもよかった。


 その総数は三百を優に超えており、公爵の屋敷の広さを物語っていた。


 そして、皆が集まるころには、すでに噂が噂を呼び、様々な憶測も飛び交っていた。


 まず、皆の注目を集めていたのは、やはりリリンの存在についてだった。


 同僚であるし、それが内通者でしかも邪教を奉じていたなど、話に上らない方がおかしかった。


 領内や屋敷の情報を流し、さらになんらかの手引きがあればこそ、今回の事件が引き起こされたのでは、と考え始める者が大半であった。


 当然、それはアサへの不信感にも繋がり、居心地の悪さはアサを苦しめた。


 さらにとばっちりだったのは、厨房勤めの面々への中傷であった。


 料理人達がしっかりしていれば、毒キノコが卓上に並ぶことはなかったと事件当初から言われていたが、これに今回のリリンの件も上乗せされ、実は厨房の中にも内通者が、という話の流れになったのだ。


 こうなると、互いが互いを疑い合い、疑心暗鬼を呼ぶことになった。


 なお、これらすべてを引き起こした元凶であるヒーサは、そんな騒がしい状況を眺めるだけであった。組織内の不和は当然マイナスではあるが、そのマイナスを転嫁させて自身への求心力に変えるつもりでいたからだ。


 ゆえに、多少は騒いでもらった方が都合がよかったのだ。



「皆、そろそろ雑談を止めよ。ヒーサさ、失礼、公爵閣下よりお話が始まるぞ」



 静粛するように促したのは、執事のエグスであった。


 エグスはマイスが亡くなった直後はさすがに精神的に打ちひしがれていたが、主であり友でもあるマイスの残したものを次代にしっかりと繋げることこそ最後の御奉公だと意気込み、今ではどうにか立ち直っていた。


 しかし、ものの数日ですっかり老け込んでいしまった雰囲気もあり、かつてを知る者としては痛ましい限りであった。


 ヒーサは用意された壇上に上がり、ぐるりと皆を見回した。


 不安、怒り、困惑、無気力、様々な感情が入り混じり、非常に居心地の悪い空気が漂っていた。


 だが、これこそヒーサの望んでいたものだ。コレを払拭し、その統率力を以て新たな当主としての門出とする。そういう腹積もりでいたからだ。


 まだざわついているのを気にしたそぶりを見せつつ、ちゃんと静まり返るのを待ってから、ヒーサは口を開いた。



「さて、皆もすでに耳にしていると思うが、残念なことに屋敷の中に内通者がいた。事件にどの程度まで関わっていたかは未知数であるが、何らかの関与があったことは疑いようはない」



 もちろん、これも嘘である。


 リリンは今回の事件に関しては完全に被害者なのだ。何も知らずにヒサコに付いていき、そして、すべてを押し付けられる形になったからだ。


 ヒーサとしては大成功であった。自身への嫌疑が一切かからず、他人に何もかもを擦り付けれたのだから。


 父と兄の殺害についてはカウラ伯爵ボースンの罪とし、さらにリリンという内通者によって上手く事が成った、という感じである。


 しかし、リリンが異端宗派である『六星派シクスス』の聖印ホーリーシンボルを持っていたことが、状況把握を難しくしていた。


 どちらにどう関わり、どんな手引きをして、どんな情報を流したのか、当人が死んだ今となっては追跡が不可能な状態となっていた。


 こうした情勢の混迷こそ、ヒーサ自身への嫌疑が及ぶのを防ぐ壁となり、思い描く勝利への舗装となっていた。



「しかし、彼女の罪を問おうとは思わない。そのことだけははっきりと断言する!」



 ヒーサの意外な宣言に、場が再びざわめいた。


 父と兄が殺され、本来なら最も裏切り者を糾弾しなくてはならない人物が、罪を問わないと宣言したのである。意外としか言いようがなかった。


 そんな微妙な空気の中、一人が前に進み出た。侍女頭であり、騒動の中心に巻き込まれたアサだ。



「どうしたんだい、アサ」



「……どうか、私に暇乞いの許可をいただきたく存じます」



 アサはすっかり憔悴しきってやつれていた。


 それもそうであろう。孫のように可愛がっていたリリンが、よもや主人殺しに加担していたなど、考えたくもなかったからだ。


 そのために自身への不信感を周囲に植え付けてしまい、とても職務に励める状況ではなかったのだ。



「アサ、侍女頭を辞め、屋敷を去りたい、そう申すのだな?」



「はい。私はその地位にあるのに相応しからざる者と思っております。なにとぞご許可を」



 再び頭を下げ、主の言葉を待った。


 だが、若き主人の言葉は彼女の望んだものではなく、重くのしかかるほどに押さえつけてきた。



「アサ、お前の言を却下とする。変わらず、侍女頭として仕えることを命じる」



 冷徹なまでの一言。針の山にそのまま腰かけていろと言ったに等しい回答だ。


 ヒーサとしては彼女を逃がすつもりなどなかった。


 なにしろ、まだまだ“利用価値”があるからに他ならない。

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