1-42 あの世へ出荷! 用済みの駒の末路はこうなるものだ!

 突如として爆炎に包まれた森の一角。開けようとした箱に爆薬が仕込まれており、鍵が開いた瞬間にそれが大爆発したのだ。


 箱の近くにいたのはヒーサの専属侍女リリンと、報酬を餌に雇い入れた外法者アウトロー達、合計で六名だ。


 全員が爆発に巻き込まれ、森に響く轟音と共に爆風で吹っ飛ばされた。



(初めからこれを狙っていた!?)



 少し離れたところにいたテアは、突然の爆発に驚きつつ、恐怖に背筋を震わせた。


 なにしろ、すぐ横にいるヒサコはすでにる気満々で、手には細剣レイピアが握られていた。


 殺し損ねた相手に、確実にとどめを刺す気のようだ。


 笑っている。口が吊り上がるほどの会心の笑みだ。まんまとはまってくれた相手への侮蔑か、あるいは自身への称賛か、とにかく楽しそうに笑っていた。



「はいはい、出荷作業~♪」



 そして、ヒサコは駆けだした。地面に伏して呻き声を上げる哀れな男達に向かって。


 細剣レイピアは切るのに不向きな刺突用の剣だ。ゆえに、突いて、突いて、突きまくった。


 ヨロヨロと起き上がろうとする者には、首筋めがけてグサッと一刺し。突いて素早く引き抜くと、鮮血が噴き出して、バタリと倒れて絶命。


 仰向けに息絶え絶えの者には腹に突き入れた。刺して、抉って、引っこ抜き、もう一度刺して、念入りにとどめを刺した。


 まともに動ける者などいるわけがない。なにしろ、目の前で突如として火薬が爆発したのだ。目が、あるいは耳が、もしくは頭が、確実にやられており、まともな対処などできようはずがなかった。


 ヒサコは女であり、いくら技術を持っていようと、荒くれ者五人を相手にするのには、いくら何でも分が悪すぎる。


 それゆえの“仕掛け爆弾”という奇襲策を用いたのだ。


 奇襲とは、相手の思考の死角を突く行為の総称である。今回の場合は、「お金と思って開けてみたら、実は爆弾でした」という予想外の一撃を加えられたことによる奇襲であった。



「はいはい、皆さん、さようなら。さあ、三途の川の渡し賃はお渡ししましたので、心置きなく、あの世へ旅立ってくださいまし」



 ヒサコの“出荷作業”は続いた。息のある者にはきっちりとどめを刺し、そして、とうとう外法者アウトローも最後の一人となった。


 その一人は木を背にしてへたり込んでおり、もう抵抗する気力もなかった。


 なにより、付近で爆発したせいか、顔の半分がひどい損傷をうけており、どのみち助かりそうもなかった。



「ど、どうしてこんなことに……」



 男は呻き、そして、泣いた。


 かつて男達は罪を犯した。それゆえに領主の怒りを買い、外法者アウトローとして生きていくより他なかった。


 森の中で隠れるように生き、たまに街道を行く旅人や行商を襲っては、どうにか生きていく糧を得ていた。


 本当なら、そんなことはしたくはなかった。できるなら、元の生活に戻りたかった。


 だが、外法の身の上ではそれは叶わず、無為に時間を過ごしては怯えて暮らす日々を続けていた。


 それが変わったのは、森で少女に出会ってからだ。少女は貴族の令嬢で、仕事を手伝ってくれたら、外法を解除するよう掛け合ってくれると約束してくれた。


 だから、その話に飛びついた。


 貴族の暗殺などと大それた話ではあったが、もう隠れ潜む生活にうんざりしていたから、とにかく悪魔とでも握手する道を選んだ。


 結果は大成功であった。少女の指示通りに動き、毒キノコの採取から落石に見せかけての事故、全部成功させた。


 そして、少女は約束通り、報酬として大金と外法を解除する書類を持ってきてくれた。


 これでようやく人間に戻れる。仲間達と抱き合って喜んだ。


 だが、それもすべて台無しになった。少女はそう、正真正銘の悪魔だったのだ。


 仲間は全員殺された。揺らめく炎の中を死神とも悪魔とも見える少女が、仲間を次々とあの世へと旅立たせていった。


 死人に口なし、二箱目の“口止め料”はまさにそのものであった。


 そして、とうとう自分の番がやって来た。悪魔のごとき娘が、とうとう目の前にやってきたのだ。


 少し焼け焦げた衣服と、返り血、あるいは跳ねた泥濘で薄汚れているが、貴族の令嬢に相応しい美しい娘だ。似つかわしくないのは、可憐な少女の身に宿る、歪んだ魂のみであった。



「あなたで最後よ。何か最後にお喋りでもする? 大好きなんでしょ、かわいこちゃんとのお喋りは」



 最初に出会ったときに、そう答えたのは覚えていた。


 だが、今は恐怖しかない。目の前の娘は、貴族令嬢の姿を借りた化け物だと知ったからだ。



「なんなんだ、これは。俺は悪い夢でも見ているのか?」



 ろくでもない連中だが、一応徒党を組んでどうにかやってきた仲間がいた。今はすでに死んでいる。念入りに何度も何度も刺突され、息絶えていた。


 爆発の影響か、男の思考はグラグラに揺れており、もうぼやくことしかできなかった。



「人間五十年~、化天の内をくらぶれば~、夢幻のごとくなり~」



 なんとなしに脳裏に浮かんだ一節を口ずさみつつ、ヒサコはプスッと男の心臓を一刺しにした。


 少しばかりの痙攣の後、男はそのまま地面に倒れ、そのまま動かなくなった。



「人の世の五十年間は天界の時間と比すれば、夢幻のように儚いもの。あなたは……、あなた達は満足できる生だったかしら? 違うわよね。満足できないからこそ、人は何かを求め、もがき苦しむ。求める何かを見つけれたとしても、それを手にすることができた人間は、いったいどれほどいるのかしらね。フフッ、夢破れし敗北者の皆々様、来世とやらがあれば、次はいい世界に生れ落ちるといいわね」



 ヒサコは目の前の男をもう一度刺して確実に死んだことを確認した後、踵を返して“最後の一人”に向かって歩き出した。


 そう、一人の例外もなく、ヒサコの姿を見た者はあの世に送り出さねばならない。ヒサコの存在は欠片であろうとも、まだ世に出していい情報ではないからだ。


 まして、暗殺劇の舞台裏で暴れ回っていたなど、残していい情報ではない。つながりは全て断っておかねばならない。


 裏仕事を行う者にとって、情報の隠匿は何よりも優先されるのだ。

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