1-41 利益供与! 報酬はしっかりとお支払いします!

 馬車は街道を進み、隣のカウラ伯爵の領域との境界近くの山林の中まで来ていた。もう少し進むと、痛ましい落石事故の現場ではあるが、そこまではいかずに、脇に逸れた。


 現在は事件事故の両方の線で調査が進められているが、事件性が高いとの報告をヒーサは受けていた。


 そして、それは当たっていた。


 馬車を森の中に止めて、三人が下りると、森の中から五人の男が現れた。薄汚れた姿であり、野盗か何かかとリリンは警戒したが、横にいたヒサコが手を振ったので、どうやらこの男達が目当てだと察した。



「お嬢! 来てくれたんだな!」



 五人のうちの一人が手を振りながらやって来て、ヒサコもまた笑顔で返した。



「少し遅くなったわね。こっちもあれこれ忙しくてね」



「まあ、そうでしょうね。それで、約束の品は?」



「ああ、ちょっと待ってね」



 ヒサコはリリンを手招きして、箱を一つ一緒に持って馬車から下ろし、少し離れた場所にあった切り株の上にそれを置いた。



「じゃじゃ~ん、報酬のご登場でございま~す♪」



 ヒサコはリリンに鍵を渡し、リリンが箱を開けると、そこには大量の金貨銀貨が詰まっており、外法者アウトロー達の瞳が一気に輝きだした。



「うおぉぉぉぉぉ、すっげぇ!」



「こんな大金、見たことないぜ!」



 箱の中身を見て、男達は大はしゃぎであった。嬉しそうに肩を組み、天に向かって叫んだかと思うと、実際に金貨を手に取って、その重量を確かめようとする者など、反応は様々だ。


 ただ、一様に喜んでおり、大仕事を成し遂げた達成感はそこかしこにあふれ出ていた。



「それと、こっちの方が、あなた達には重要かもね」



 そう言って、ヒサコは革製の封書を手渡した。それを開けて中身を確認すると、一枚の書類が入っていた。


 色々と小難しいことが書かれているが、手短にまとめると、この者達の外法扱いを解除する、そう記された書類だ。


 それも公爵の花押入りであり、間違いなく本物であった。



「お、お嬢……!」



「約束だからね。これで外法者アウトローの身分ともおさらばってわけ」



「よっしゃ~!」



 男達の歓声はさらに高まり、森中に響くかと思うほどの大声となった。飛び跳ね、あるいは抱き合い、その喜びを思い思いに表現した。


 なにしろ、これで森の中で隠れ潜んで生きていく必要がなくなるからだ。正真正銘の社会復帰で、しかも再出発するための資金も目の前にある。


 これを喜ぶなという方が無理なのだ。羽目を外して、踊りたくなるような気分であった。



「それと、まだあるから」



「え……?」



 男達は意外そうな顔をヒサコに向けると、馬車からもう一箱、同じ箱を下ろして、別の切り株の上に置いた。



「お、お嬢、こっちはなんですかい?」



「口止め料。今回の仕事は大変だったでしょうけど、それを口外しちゃダメよ。だから、口を重くする重しを追加で持ってきたの」



「いいんですかい!?」



 まさかの追加報酬に、男達はさらに気分を高揚させた。


 ヒサコはリリンに鍵を渡し、開けるように指示を出した。



「テア、もう一箱下ろすから、こっち、手伝って」



「はいはい~」



 ヒサコに呼ばれたテアは一緒に馬車に戻ったが、そのとき強烈な違和感に襲われた。



(運んできた箱って、たしか“二つ”だったわよね)



 テアは“三つ目の箱”の存在を知らなかった。


 存在しない箱を運ぶことなどできはしない。どういうことだと疑問に感じながらも、何か意味ある言葉だと察し、とりあえずはヒサコの側にいることにした。



「あれ? ヒサコ様~、鍵、動きませんよ?」



 箱の鍵穴に刺した鍵が上手く回らず、リリンが首を傾げた。



「ああ、その箱、ちょっと古かったから、錆び付いているのかも。思いっきり力入れて回してみて」



 ヒサコからそう指示が飛んだ。すると、男が一人、リリンを横に追いやって、自分が鍵を握った。



「どいてな、嬢ちゃん。俺が回してやんよ」



 ウキウキ気分の男は力任せにでグイっと一気に回し、カチャリと鍵が外れた。


 そして、それは起こった。



 ズガァァァァァン!



 その箱が突如として爆発したのだ。


 爆炎をまき散らし、周囲にいた“六人”の人影を吹き飛ばし、さらに近くに置かれていた金銀の詰まった箱もひっくり返って、煌びやかな中身を血と炎と共に大地へとぶちまけた。


 幸いなことに、むしろ不幸なことに、即死した者はいなかった。いきなりの爆発に吹き飛ばされながらも、全員息があった。


 呻く者や苦痛に顔を歪める者など、皆が地面に倒れこんでいた。



「……え?」



 テアも状況がよく分かっていなかった。何か仕掛けているとは思っていたが、よもや爆薬で吹き飛ばしてくるとは考えもしていなかった。


 そして、ただ一人冷静なヒサコは、すでに馬車に積み込んでいた護身用の武器、細剣レイピアを握りしめ、鞘から抜き放っていた。



「フフッ、“口止め料”はちゃんと受け取ってくれたみたいね。さてさて、用済みのクズ駒はあの世に出荷しませんとね~」



 迷いも戸惑いもない表情のまま、歪んだ口から吐き出される恐るべき一言。



(最初からこれを狙って!?)



 あれほどにこやかに微笑み、あれほど調子よく語りながらも、またしてもすべて演技。殺意と真意を隠すための宝箱は、欲深き者達の手によって鍵を開け放たれた。


 そして、テアは思い出した。数日前にヒーサが言っていたことを。



「ヒサコの姿を見た者を生かしておく理由は何一つない」



 最初から消すつもりだったのだ。そう“ただの一人の例外もなく”である。


 テアの視線の先には、爆発に巻き込まれ、ぐったりと地面に転がるリリンの姿があった。


 そして、ヒサコは駆けだした。手には炎に煌めく刃を握り締め、とどめを刺してあの世へ送り出してやるために。

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