1-43 明かされる真相! そして、女神はブチぎれる!

 裏仕事を行う者にとって、情報の隠匿は必須である。


 顔を見られたからには、ちゃんと始末しておかねばならない。


 ただの一人の例がもなく、だ。


 ヒサコの顔を知る最後の一人リリンはぐったりとした姿で倒れており、すでに途切れかけている呼吸が、生の終わりを告げようとしていた。


 側には先にテアが寄り添っていたが、彼女には何もできない。治療を施そうにも、術が封印されているので、傷を癒してやることができないのだ。


 リリンは運悪く爆発した箱の破片が腹部を直撃、深々と突き刺さっていたのだ。ドクドクと血が流れ落ち、とてもではないが治療はできない状態であった。



(輸血の技術か、治癒の術式が使えれば……)



 テアはそう思いつつも、人の生き死にに直接介入することは制限がかけられており、仮にできたとしても減点対象となるだろう。


 徐々に弱っていく後輩の侍女に何もできぬままでいると、そこにヒサコが現れた。


 ヒサコはリリンの上体を起こし、抱きかかえた。



「な、んで、う、ええ、痛い、痛いよぉ……」



 ヒサコの耳に入るリリンの声は弱々しく、いつ死んでもおかしくないほどであった。当然だが、すでに血が足りなくなってきており、じきに失血死することは明白であった。


 ヒサコは天上を見上げて焦点の定まらぬ視線を手で覆い隠し、そして、念じた。


 それはすぐに結果となって現れた。そう、ヒサコの姿がヒーサへと変じたのだ。



「礼を言うよ、リリン。これで知っておきたかった最後の“動作確認”をやれた。なるほど、たとえ密着状態であろうとも、視界さえ遮っておけば変身は可能、と」



 ヒーサは手を退け、その姿をリリンに晒した。


 ぼやけつつあるリリンの視界いっぱいに現れたのは、愛してやまない若き公爵にして、自分の支配者であるヒーサであった。


 リリンは嬉しかった。最後に愛する人の腕に抱かれたから。


 そして、リリンは絶望した。自分を殺したのがその人だったから。


 前にも見た瞳だ。何の感情もなく、ただ見つめてくるだけ。温かみも何もない、ただ見ているだけの目だ。


 最初にヒーサに抱かれた時も、そんな目をしていた。


 そして、ヒーサは言った。それも私であり、普段もまた私である。どちらの私も受け入れてほしいと。


 だから、リリンはどちらも受け入れて、ヒーサもまた自分を受け止めてくれた……、はずだった。


 だが、現実は違う。ヒーサは結局、リリンのことをなんとも思っていなかったのだ。



「な、んあ、んで……、なんで、げほぉ、どうして……」



「なんのことはない。火中の栗を拾おうとしてしくじった、ただそれだけだよ」



 リリンは目の前の主君のために役に立とうと必死であった。だが、それも叶わぬことであった。もう死ぬのは分かっている。


 そして、気付いてしまった。自分が役に立たないからと切り捨てられたことを。



「さ、最後に教えてくだ……さい。ヒー、サ様にとっての、私とは……なんでしたか?」



「人形」



 何の抑揚もなく告げられた言葉は、含意の多い回答であった。


 明確な意思を持たぬ者の呼び名か、操られている者のことか、それとも床の上の人型枕のことか、その真意は分からない。


 だが、これだけは確かであった。


 目の前の男は、自分のことなどなんとも思っていない。この何の感情も浮かべていない顔こそが、自分に向けられた素顔だと認識した。


 そして、リリンはもう泣くことすらせずに、深い闇の中に意識を落として、動かなくなった。愛する男に何もできず、何もさせてもらえず、何かをしてもらうでもなく、ただ一つの人形として使い潰され、死んだ。


 ヒーサは抱いている少女が動かなくなったのを確認すると、先程まで使用していた細剣レイピアをリリンに握らせた。


 さらに近くに落ちていた短剣を拾い上げると、リリンに突き刺さっていた箱の破片を引き抜き、代わりに短剣を突き刺した。たっぷりと血が塗りこめられてから刃を引っこ抜き、近くに倒れていた男の手元にそれを置いた。



「さて、これで何かしらの揉め事にて切り合い、相果てたという感じに見えるな」



「偽装工作……、ですって!?」



 ヒーサはどこまでも冷静であった。なにもかもが計算ずくであった。最初からこれを狙っていたのだと、全部を見届けたテアは確信し、淡々と作業をこなすヒーサに寒気を覚えた。



「女神よ、なかなか派手な花火であったろう? あれはな、燧石銃フリントロックガンのからくりを応用して作っておいた。鍵を回すと、中の燧石ひうちいしが動いてボン、となるようにな」



「そんなことはどうでもいい! あんた、リリンのこと、どうなのよ!?」



「人形がつぶれた程度で、ワシが涙を流すとでも?」



 そう、この男は涙を流すことはない。


 無論、流した方が利する場面であれば、涙の一つも見せるだろうが、今はその時ではない。


 結局、リリンは散々弄ばれた挙句、最後は偽装工作のための人形として、使い潰されたというわけであった。


 そこには一切の感情はない。必要か不必要か、ただそれだけの判断だ。



「ヒサコの情報を秘するためとはいえ、ここまでする必要ある!?」



「あるからやったのだぞ。ヒサコにつながる情報は全て消しておかねばならない。あくまで、正体不明の誰かが情報収集や工作を行っていた、という状況を作り出すためにな。公爵としての地位を確たるものとし、“妹”をでっち上げるまではな。それ以前の情報は消しておかねばな」



 どこまでも合理的。どこまでも冷徹。戦国の梟雄がここまでの存在とは、テアの予想を遥かに超えていた。



「まあ、お前がリリンに対してどの程度の感情を抱いているかは知らんが、ワシも一応気にはかけておいたのだぞ。特別に生き残る道筋も用意していたのだからな」



「道筋……、まさか、あのとき私にリリンへ何度も念押しさせたのは」



「ああ。あそこで踏みとどまっていれば、“抱き枕”として生存を許されたのだ」



 あくまで表で侍女、裏で情婦として飼う、そういう腹積もりだということだ。



「それに先程、箱の鍵が開かなかっただろう? あそこで鍵開けを男共に交代させ、自身はササッと箱から離れれば助かった。女神よ、お前がなんとなしに感づいたようにな」



 まさに指摘通りであった。


 テアはヒサコの口から“三つ目の箱”の言及があった段階で、強烈な違和感に襲われた。何か仕掛けてくる、そう感じたからこそヒサコにササッと寄り添ったのだ。


 もし、何かしらを仕掛けていたとしても、ヒサコの側なら安全だと考えたからだ。


 そして、リリンはその動きができなかった。



「だからって、殺すこともないでしょう!? あんなに必死になって、あなたのために働こうとしていたのに、それをあの世に向かって足蹴にするなんて!」



「どのみち、暗部に触れた段階で、あやつの命数は尽きていた。あの程度の機転を利かせられぬようでは、どのみち長くは生きられまいて。無能な働き者なんぞ、いない方がいい」



「あんた……!」



「この娘はワシを欲していた。ならば、心も体も奪えばよかったのだ。己の力量すらわきまえずに高みを目指せば、いずれはコケたであろうな。それがたまたま第一歩目で踏み外したというだけの話だ」



 この言葉に、いよいよテアは感情を爆発させた。怒りだ。



 こいつを選んでしまった、という自分自身への怒りであり、同時に目の前の男のあまりに汚いやり方への怒りでもあった。


 鋭い視線で睨みつけ、そして、指さした。



「女神テアニンの名において座標を示す。ヒーサこと、松永久秀こそ、“魔王”なり、と!」



 女神の手により英傑が呼び出され、魔王を探す行程は、ここにきて大いなる変化が生じる。


 呼び出した英傑こそが、魔王の因子を持つものだと、女神自身が認定してしまったのだ。


 様々な感情の渦巻く中、梟雄と女神は相対することとなる。

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