1-38 密会!? 女神と侍女のヒソヒソ話!

 そこはシガラ公爵の邸宅の一室。冬着用の衣裳部屋であり、現在は人の出入りするような場所ではない。


 それゆえに、“密談”をするのにはちょうど良かった。


 その薄暗い部屋の中に、二人の女性がいた。女性と言っても、一人は少女と言ってもいい若者で、ヒーサの専属侍女のリリンであり、もう一人はこれまた同じく専属侍女のテアであった。



「で、テア先輩、話ってなんですか?」



 この部屋に呼び出したのはテアであり、ヒーサに関することで確認しておきたいことがあると、リリンを呼び寄せたのだ。


 リリンは少しばかり機嫌が悪かった。というのも、この数日、ヒーサから夜のお誘いが一向にないからだ。


 ヒーサは現在、多忙を極めていた。父と兄を同時に失い、公爵としての職務を代行している状態であるからだ。


 二人の葬儀の手配はもちろんのこと、領地の経営に、領民や商人からの陳情、財の管理、挙げていけばキリがないほど仕事が次から次へとやって来るのだ。


 それをヒーサは処理していた。


 しかし、家臣一同が驚いたのは、ヒーサの行政手腕が卓越していた点であった。


 医者、学者としての学識が優れている点は認めていたが、まさか行政に関しても優れた手腕を持っていたとは考えもしなかったのだ。


 まるで“手慣れている”かのように次々と案件を処理し、書記官も会計官も驚かずにはいられなかった。


 そんな合間にも医者としての研鑽は積みたいようで、離れにある診療所には足しげく通い、どこまでも学問に対する凄い熱意だと、家臣一同ますますヒーサに対して畏敬の念を抱くようになった。


 一方で、リリンは宙ぶらりんの状態であった。


 確かに、身の回りの世話を任されているので、着替えの用意や寝室等の私室の清掃など、やることはやっている。


 しかし、診療所への立ち入りは禁じられており、また疲れているからと夜伽に呼ばれることもなかった。


 こちらから声をかけることは侍従頭のアサに禁じられており、禁を破ろうものならどんな説教が飛んでくるか知れたものではなかったので、ここ数日は我慢のしっぱなしである。


 一方で、リリンの目の前にいるテアは、はっきり言えば別格扱いであった。


 医者としての従者という役目があるので、診療所への立ち入りはできるし、領地経営の手腕を振るうヒーサにも側近くに侍り、実質行政秘書官も兼ねている状態だ。


 読み書き計算ならどうにかできる程度のリリンでは、到底及びもしない学識の持ち主であることを見せつけられており、テアに対しては敬意以上に嫉妬の念がわいてきている状態であった。


 そして、今現在の対峙である。


 リリンは少し前までテアに対しての優越意識もあったが、今では完全に吹き飛んでいる状態であり、どうにかしてヒーサに自分を売り込まねばと焦っていた。



「話と言うのは、あなたに確認を取っておきたいことがあるのよ」



 そう切り出したテアの表情も、今までにない神妙な面持ちであった。


 ただならぬことだとリリンも察し、ひとまずは蠢く感情を隅に追いやり、話に集中することにした。



「確認と言いますと?」



「このまま、ヒーサ様に仕えていくのかどうか、ということよ」



 リリンにとっては根源的な質問であり、すでに決意している話でもあった。


 それはテアも認識しているであろうし、なぜあえて尋ねてくるのか、それが見えてこなかった。



「もちろん、どこまでもお仕えします。夜伽のお声掛かりがないのは寂しいですが」



「まあ、そういう返答にはなるでしょうね」



 リリンの答えは当然ながらテアも予想しており、特にこれと言った反応を示さなかった。



「問題は、ヒーサ様の立場が、前より緩くはなくなったことよ。それは分かるでしょう?」



「そりゃあ、まあ、ねえ。公爵の次男坊から、公爵そのものになっちゃったんだしね。本来なら、兄のセイン様が家督を継ぐはずだったのに、あんなことになるなんてね」



 マイスとセインが同時に亡くなってしまい、いまやヒーサが公爵家当主になってしまった。次男坊と言う緩めの立場が消え失せ、大貴族の当主になった。


 これは当人のみならず、周囲を固める側近にも変化を求められることであった。



「いい? 先頃の“暗殺”の件もあるし、ヒーサ様の護衛はきっちりしないといけない。側に侍る私達もその心構えがいる。いざとなったら、毒見を行ったり、あるいは身を挺して矢弾を止めないといけない場面に出くわすかもしれない。次男坊なら緩い立場だし、そういうこととは無縁でいられたけど、今はそうではないわ。誰かに狙われている、常にそう考えてないとダメ」



「いつでも身代わりになる覚悟でいろと?」



「はっきり言うと、そうなるかしらね」



 テアの言わんとすることも、リリンには理解できた。


 暗殺騒ぎで皆が過敏になっているのだし、ヒーサにもしものことがあれば、それこそ公爵家が崩壊しかねない事態となる。侍女の一人二人盾にして、使い潰す場面も出てくる可能性もあるのだ。


 いざと言う時の動きができるのか、それをテアは問いかけているのだ。



「テア先輩はその覚悟をお持ちなのですか?」



「覚悟と言うか、切っても切れない縁なのかしらね」



 テアの何気ない言葉に、リリンは言い表せないほどの嫉妬を覚えた。


 リリンは公爵家に仕えるようになってまだ日が浅い。ゆえに、ヒーサとテアがそれ以前にどういう繋がりがあったのかはよく知らなかった。


 だが、切っても切れない縁と言い張れるだけの何かがあることだけは確かであった。


 そして、自分とヒーサの間にはそれだけの積み重ねも、それによる信頼も薄いということも思い知らされた。


 ならば、答えは一つ。今から積み上げていくだけのことだ。



「それなら、私だってヒーサ様にお仕えする身の上として、身を挺してお役立ちしてみせます」



「……覚悟は固まった、という認識でいいかしら?」



「もちろんです!」



 リリンは力強く頷き、テアもまたそれに応じてリリンの肩に手を置き、その覚悟を受け取った。


 実際、この答弁はヒーサの指示によるものであった。いくつかの予想するパターンをテアにあらかじめ吹き込んでおき、受け答えさせていたのだ。


 そして、リリンが選んだ選択肢もまた、ヒーサの予想する範囲内であった。



「いいわ。なら、付いて来てちょうだい。あなたに会わせたい人がいる」



 テアはきびすを返し、部屋を出ていくと、リリンもまたそれに続いて後を追った。

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