1-35 二人の再会! 今度は軟禁部屋の中で!

 調査に向かわせた者達から、本物のキッシュで間違いないと報告を受けたヒーサは深い溜息を吐いた。



「これで、手早く解決する道は断たれたか」



 周囲に人がいるので残念そうに呟いたが、心の中では諸手を挙げて喝采していた。カウラ伯爵ボースンはすでに捕らわれの身であり、その跡取りたるキッシュは死んだ。


 つまり、カウラ伯爵領とその財産の相続権は娘のティースに移ることとなる。


 あとは、ティースを娶ることができれば、伯爵領を自由に差配することも可能だ。


 色々と考えた経路の中では、まず大成功と言ってもいい成果だ。


 そうなると、ボースンはすでに邪魔な存在だ。現在の伯爵に死んでもらい、新たな伯爵を誕生させれば万事丸く収まるというものだ。



(では、仕上げとネタ晴らしに行くとするか)



 ヒーサは“女性でも”扱える細剣レイピアを装備し、テアを伴ってボースンの閉じ込められている屋敷の一室にやって来た。


 歩哨は扉の前に二名配置されており、ビシッと直立した姿勢で見張っていたのだが、ヒーサの姿を確認すると恭しく頭を下げてきた。



「見張りご苦労。すまないが、伯爵と二人きりで話がしたいのだ。人払いを頼む」



 歩哨二人はどうしたものかと顔を見合わせたが、“新当主”の指示でもあるしまあいいかと考え、もう一度頭を下げてからその場を退いていった。


 そして、二人の気配が完全になくなったのを確認してから、ヒーサは【性転換】のスキルを使って、ヒサコに姿を変えた。


 着ている服はそのままなので、少しだぶついた格好となったが、動きに支障が出るほどのものでもなかったのでよしとした。



「あなたも趣味が悪いわね。死んでほしいならさっさと殺せばいのに、なにもその姿で伯爵の前に出なくてもいいじゃん」



「ダ~メ。なぜなら、伯爵には死んでほしいけど、それは“自殺”でなくてはならないからね。だから、たっぷりと後悔と絶望に満たしてあげないとね」



 悪そうな笑顔を浮かべながらドアノブに手を伸ばし、そして、回した。カチャリと言う音と共に扉が開き、ヒサコは部屋の中に入っていった。


 部屋は一応客間と言うこともあって、寝台から机に椅子と、一通り揃っているごくありふれた部屋であった。


 その椅子に腰かけ、机の上に両肘を立て頭を抱えているボースンの姿があった。


 ボースンは扉の音で誰かが入って来たのを認知し、そちらの方を振り向くと目を丸くして驚いた。なにしろ、部屋の中に入って来たのは、自分に例のキノコを勧めてきた村娘であるからだ。



「お、お前は……。お前はぁ!」



 ボースンはヒサコの顔を見るなり激高して飛び掛かってきたが、ヒサコは慌てる様子も見せず、装備していた細剣レイピアを鞘から抜き、迫って来たボースンに切っ先を向けた。


 ボースンは鼻先に剣を向けられたので動きを止め、掴みかかろうとする体勢のまま固まった。



「はいはい、席に戻りましょうね、伯爵様。淑女レディに襲い掛かっていいのは、極悪非道な暴君と醜悪な豚人間オークだけだって習わなかった? あ、小鬼ゴブリンでもいいかしらね」



 ヒサコは切っ先を軽く動かし、さっさと元いた椅子に戻るように促すと、ボースンは渋々ながら椅子に座り直した。


 そして、あらん限りの憤激を視線に乗せてヒサコに向けてきた。



「お前は……、お前はいったい何者なのだ!?」



「捕らわれの身の上で、質問を投げかけるなんて、身の程を弁えなさい。……と言いたいところだけど、まあ、お兄様の義父になられる方なんですし、挨拶くらいはしないとね」



 ヒサコはもったいぶるように喋り、剣を鞘に納めた。そして、ニヤリと笑い、あからさま過ぎるほどに挑発的な態度を見せた。



「私の名前はヒサコ。ヒーサお兄様の妹よ」



 予想だにしなかった返答にボースンは困惑した。


 そして、目を丸くし、しっかりとヒサコの姿を見回した。


 雰囲気は別物であるが、顔立ちはどことなくヒーサに似ており、兄妹と言われればなんとなくそうか、と言うくらいには感じた。



「だが、待て。公爵家は男子が二名であったはず。女子がいたなど、聞いたことはないぞ」



「そりゃそうでしょうよ。だって、私はヒーサお兄様の双子の妹だもの」



 その言葉でボースンは納得した。本来、人間の出産は一人だけである。多産は畜生の証であり、人とは思われずに捨てられたり、あるいは養子に出された。


 特に貴族社会ではその動きが顕著であった。双子で生まれた場合、どちらを長子とするかでもめて、相続問題に発展しかねない危険を孕んでいた。


 そのため、双子は特に嫌われていて、捨てられるのが常であった。



「父はね、私を捨てたのよ。双子だった、たったそれだけの理由で。まあ、殺すのは躊躇われたみたいで、養子に出したみたいだけど、その拾われた先が公爵家に仕える密偵頭だったわ。つまり、公爵家の暗部をいずれは私に任せるつもりだったんじゃないかしら。フフッ、もう死んじゃってるから分からないけどね~」



 目の前の少女からは悪びれた様子が一切ない。感情にも浮かんでこない。本当に殺したいから殺した、それだけしか感じ取れなかった。


 さすがに暗部を司る密偵頭に拾われたと豪語するだけあって、その育て方はいびつと言わざるを得なかった。



「毒キノコを掴ませたのは、マイス殿を殺すためか!?」



「それもある。絶好の機会だからついついね。でも、本当の狙いはヒーサお兄様に家督を継がせること。だからセインお兄様にも死んでもらった」



「なんということを……」



 徐々に明かされる裏の事情に驚き、あるいは戦慄し、ボースンは冷や汗をかいた。まさか目の前の少女がたった一人でそのような恐ろしい計画を立てたなど、とても信じられなかった。



「私は養父の密偵頭にありとあらゆることを仕込まれた。人の殺し方、人の騙し方、人の手懐け方、色々とね。情報の操作や収集、破壊工作だってなんでもござれってね。そう、私は殺人人形キリングドール、人の形をした人の悪意そのものだわ」



 いらだちを込めつつ、ヒサコは作り話カバーストーリーをすらすら述べる。


 特に意味のある行動とは感じていなかったが、今後の予行演習程度には捉えていた。女の姿で人前に出て、嘘話を披露する機会も増えてきそうであるからだ。



「でもね、ヒーサお兄様だけは私に優しかった。どれだけ心が歪んでいようとも、ね。双子の妹だとは名乗っていないし、あっちも尋ねようとはしてこなかったけど、聡明なお兄様ですから、おおよそ察してはおられたみたいね」



「ヒーサ殿は今回のことを知っているのか?」



「知っているわよ。さっき今回の件も含めて裏の事情も全部話してきたから。もちろん憤慨していたわよ。でもね、もう進む以外に道はないから、渋々承諾したわ。自分の妹が全部やらかしましたなんて情報が表に出ようものなら、今度は公爵家の方が危うい状況になるからね。だから秘匿したまま話を進めることになった」



 もちろん、すべてデタラメである。なにしろ、ヒーサとヒサコは同一人物であり、話すも何も、全部自分で考えて行動しているからだ。



「あとね、あなたの領地を、伯爵領を掠め取ることも計画しているから、まあ、なんて言うか、ご愁傷様ね。美味しくいただかせてもらうわ。お兄様にはもっともっと大きくなってもらうの。そのためには、もっと領地や財が必要ですものねぇ~」



「く……。だが、そう簡単にはいかぬぞ」



「あら、この状況でどうやってひっくり返すの?」



「今ここで、私が死ぬ。そうすれば、キッシュが、息子が後を継ぐ。後は……」



「ああ、それは残念。そのキッシュって人、さっき死んだわよ」



 さらりと飛び出した言葉を、ボースンは最初、理解できなかった。あまりに突然すぎたからだ。


 頭の処理が追い付かず、呆けた顔でヒサコを見つめた。そして、理解が追い付くと、絶望に打ちひしがれ、視線を床に落とした。



「なぜ、どうして、そんな……」



「えっとね、あなたが捕らわれの身になったって聞いて、大急ぎでこちらに向かっていたそうよ。その道中で不幸なことに“落石事故”に遭遇して、ペチャンコになったって」



「……それもお前の仕業かぁ!」



 ボースンは激高して再びヒサコに飛び掛かろうとしたが、また剣で止められた。しかも、今回は足に突きを軽く入れられ、ズボンを血で染め上げた。


 刺された個所を押さえながら床に転がり、そのままおぞましい笑みを浮かべるヒサコを睨みつけた。

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