1-33 驚天動地! 謀られたカウラ伯爵家の人々!(2)

「ヒーサ殿との婚姻を進めて欲しい」



 ご破算になったであろう今回のヒーサとティースの結婚話。それをティース本人が復活させようと申し出たのだ。


 兄キッシュは訳が分からず混乱したが、ティース自身は冷静であった。



「兄上、先程も申しましたが、これは間違いなく誰かの起こした謀略です。そして、ここまで巧妙に仕組んだ以上、外部の人間だけで事を起こすのはまず無理でしょう。ならば、公爵領内、もしかするとすでに屋敷にまで入れる位置に工作員を入り込ませているか、あるいは内通者を仕立てているのかもしれません」



「つまり、お前が予定通り公爵家に嫁ぎ、それを見つけてくると?」



「それ以外、我が家を救う手立てはありません。とにかく下手人を捕縛しないことには、公爵家からの誤解も解けず、我が伯爵家の名誉もボロボロのままになりましょう。危険を承知で行かせてください」



 ティースの提案に、キッシュは悩んだ。妹の言い分も分かるのだが、そうなると身一つで敵地に送り込むようなものであるし、探すにしてもティース一人では手が足りなさすぎる。


 また、“花嫁の生活費”名目で、無限に金をせびられることも考えられた。


 なにより、相手が受けるかどうかという問題があった。


 ヒーサとティースが婚約していたのは事実であるが、今は状況が変わっている。ヒーサは医者を務める公爵家の次男坊であったが、今は公爵家の当主になっているはずだ。


 伯爵家の令嬢、というか親の仇の娘を娶る理由が何一つないのだ。


 つまり、婚約解消と考えた方が自然であった。



「お悩みは分かりますが、父上の身代わりと考えてください。嫁ぐのはさすがに難しいかもしれませんが、この身を差し出して、もって父上の解放を要求してもらっても構いません」



「確かに、事態の決着前に父上の解放となると、代わりの人質でも置いて行けとなるやもしれんが、それではお前が……」



「やむを得ないでしょう。今、最もやってはならないのは、シガラ公爵と戦争状態に入ることなのですから。はっきり言って、勝ち目はありますか? ないでしょう」



 まさにその通りであった。


 完全な格上相手に戦をするのは馬鹿げているし、何よりあちらには“毒殺の報復”という大義名分が立っている。これでは周辺貴族の援護も期待できない状況だ。


 戦になれば確実に負け、しかもいつ相手が仕掛けてきてもおかしくない状況だ。


 とにかく、迅速に動いて、戦になる口実を潰さねばならなかった。



「分かった。お前の案を採用しよう。では、こうしている時間も惜しいな。カイ、すぐに出立するぞ。道案内、任せた」



「ハッ!」



 キッシュとカイは席から立ち上がり、急ぎ足で部屋から出ていった。


 部屋に残った他の家臣達はまたあれやこれやと話し始めたが、ティースはそれには目もくれず、思考の海に意識を沈めた。



(まったく、面倒なことになったわね。どうにもならないお手上げ状態って、こういうことを言うのかしら。内向きな夫の尻を引っぱたいて、好き放題にしようと思ってたのに、この身を贄として差し出すことになるとはね)



 ティースは自分の美貌に関してはかなり自信を持っていた。顔立ちこそまだ少々幼さは残っているが、体つきは筋肉質にならないギリギリのところまで鍛えており、精悍という言葉がしっくり当てはまるような体に仕上げていた。


 もし、これを武器にヒーサを篭絡できれば幸いであるが、相手が自分の体に手を伸ばしてくるかという微妙な立ち位置でもあった。


 それ以外のことも全部やっておかねばならない。ティースは思案の末に、そう結論付けた。


 パンっと手を鳴らし、話をしている家臣らの注目を自分に集めた。



「みんな、まずはできる限りのことをしましょう。全員で手分けして、伯爵家内にある財貨を数えましょう。それと、すぐに現金化できる物もどの程度あるかも調べましょう。どのくらいの和解金を支払うことになるかは分かりませんが、当家にどの程度の支払い能力があるのかはしっかり把握しておかなければなりません」



 ティースの発言に対して、皆が頷いて応じた。支払う金がなければ、土地なりなんなりを要求してくることも考えられるし、まずは金銭で済ませられれば御の字だと言わざるを得ない。



「それと、軍にも召集をかけておいてください」



「軍を!? いくらなんでも、それはやり過ぎでは?」



 出席していた武官がティースの意見に疑義を申し立ててきた。



「まあ、武官殿の言いたいことも分かるわ。軍を招集してしまうと、公爵家にいらぬ疑念を抱かせ、あるいはそれが戦の呼び水になりかねない、と」



「はい、その通りでございます」



「でも、それでは遅すぎる。もし、復讐心に駆られて公爵軍が攻め込んできたら、一切の対処もできずに蹂躙されておしまいよ。そうなったら、伯爵家はすべてを奪われて消え去ってしまう。そのために軍を先んじて動かし、防備を固める。地の利のある伯爵家領内であれば、防衛戦なら時間を稼げる。そして、稼いだ時間を活かし、国王陛下に仲裁していただくわ」



 恥を外部に晒したくなかったが、そうも言ってられない情勢でもあった。


 国王の仲裁であれば、公爵と言えど耳を傾けねばならず、そこから打開策を導き出すことも可能だ。


 どのみち苦しい立場であることには変わりないが、打てる手はすべて打っておくと、ティースは皆に同意を求めた。


 何度か意見が交わされたが、結局、ティースの案が通り、軍への招集と国王への仲裁依頼をすることとなった。


 とにかく、打てる手はすべて打った。あとは神のお導き次第だとティースは事態の好転を神に祈った。


 だが、無情にも神はその祈りを蹴っ飛ばすどころか、汚泥まで塗りたくってきた。


 急ぎ公爵領に馬を駆って出かけたキッシュであったが、道中で“落石事故”に遭遇し、案内役のカイ共々岩の下敷きとなって命を散らせてしまったのだ。


 こうして、ティースの願いも虚しく、事態はカウラ伯爵側にとって悪い方向にばかり傾いていくのであった。

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