1-31 壁談! ワシと女神のピロートーク!

 ヒーサは自室に戻ると、まずは服を脱ぎ捨てた。本来ならば宴で礼服と言う運びであったが、それもすべて台無しに“してやった”ので、今の服装は外行き用の医者の服装をしていた。


 それらをササッと脱いだのだ。


 そして、肌着だけの軽装になると、その姿を【性転換】のスキルで女に姿を変えた。ヒーサからヒサコへと変じ、もたれ掛かるように壁に背中を預けた。



「女神~、聞こえてる~?」



 ヒーサの寝室の隣はテアの寝室である。この二つの部屋は思っているより薄いようで、壁越しに会話することも可能であった。



「聞こえているわよ」



 テアから返事があった。あちらも壁に背中を預けており、壁一枚挟んで背中合わせとなった。



「てか、その声、ヒサコになっているのね」



「一応、防諜用だからね、この姿は。危ない話をしたり、あるいは危ない橋を渡るときにはこの姿でいるつもりだし」



 つまり、これから危ない話をするということだ。テアはやれやれとため息を吐き、どんな話が出てくるやらと身構えた。



「さて、父と兄が亡くなり、晴れて公爵家当主となったわね。一歩、任務完遂に近付いたわ」



「私は認めない……。あんなやり方、どうかしてるわ」



 なにしろ、父と兄に毒キノコを食べさせ殺し、その罪を義父となる男に押し付けた格好となったのだ。


 謀略の成果としては完璧であり、その点ではさすがの智謀と褒めるべきなのだろう。


 だが、やったことは褒められるべきことではない。むしろ、完全に犯罪行為だ。


 親殺し、兄殺し、とても正気の沙汰ではない。



「まあ、最終的には直接手を下したんだしね。兄と弟の熱ぅ~い接吻で」



「やっぱり、あの薬と称して飲ませたのは……」



「あれは『一夜茸ひとよたけ』の成分を抽出して、純度を上げていたものよ。一夜茸だけだと、あくまでひどい悪酔い状態にしかならないけど、あの濃縮液を追加で注いでやれば、悪酔いでは済まなくなるわ。ふふ、まさか口移しで飲ませた物が劇物だなんて、誰も考えないでしょうね」



 そう、演技としては間違いなく完璧であった。裏の事情を知っているテアでなければ、誰も気づかないほどの迫真の演技だ。


 驚きも、怒りも、悲しみも、すべてが見せかけ、デタラメだ。必死で父と兄を救うべく行動しているように見せて、その実“とどめ”を刺しに行っていたのである。


 あれを見破れという方が無理だ。演技者が完璧に怒りに震える悲劇の主人公になり切っていたのだ。


 その悲劇が自作自演なのであるが。


 それに対する罪の意識は一切感じない。テアが聞き取るヒサコの声には、反省も後悔も感じ取れない。やりたいからそうした、程度のことでしかなかったのだ。



「必要だから、家督を貰い受けたまでのことよ。必要なものを欲してどこが悪いかしら?」



「だからって、あれはやり過ぎよ! 人倫にもとるやり方だわ!」



「神が倫理を語るとは、へそで茶が沸くわね」



 ヒサコは腕を組み、鼻息を大いに噴出した。淑女には似つかわしくない立ち振る舞いだが、今は誰も見てないので、特に気にしていない。



「大水を呼び寄せて人を流し、巨大な塔を雷で崩し、ちょっと破目を外した街を丸ごと焼き払ったり、神様の力ってすごいものね~。ああ、これ、前に聞いた南蛮人の宗教の神話らしいけど、これのどこに倫理があるのかしら?」



「倫理は言ってしまえば、規則、規範のこと。それを破ったのなら、罰せられて当然よ」



「なら、天罰とやらをやってみなさいよ、“女神様”」



 気まずい雰囲気が壁越しにせめぎ合っているが、天罰とやらは訪れない。なぜなら、テアは女神テアニンとしての力を制限されており、天罰を下せるほどの力も権限もないからだ。



「はい、天罰が来ないということは、神様とやらは今日の出来事を肯定したってこと。天上にいるであろう上位存在も『これは良くない』と言ってこないということは、問題ないということ」



「くそ……、なんでこいつなんかと私は組んだのよ……」



 ついイラっときたテアは、壁に拳を叩き付けた。ドンと言う音と振動が壁を突き抜けて、ヒサコの背中に当たった。



「ふふ、そう気にしなさんなって。私に惹かれたからでしょ? まあ、約束通り、仕事は完遂するから、あなたは見ているだけでいいのよ」



 そうは言うが、やはり身内殺しは見ていて気分のいいものではない。今の転生者プレイヤーを連れてきた世界においても、最初の殺人は弟殺しであったという。


 その原初の犯罪を、そっくりそのままやったわけだ。弟ではなく、父と兄ではあるが。



「でもね、女神様、あなた、一つ大きな勘違いしているわよ?」



「なんのことよ」



「あなたの目的は、この世界に潜む魔王を探すこと。そうよね?」



「ええ、その通りよ」



「なら、定められた倫理ルールとやらに、“人倫に悖る行動をしてはならない”なんてのはあるのかしら?」



 指摘されてみれば、まさにその通りなのだ。


 神である自分に対する制限はいくつも設けられているが、転生者プレイヤーへの制限は基本的に設けられていない。


 せいぜい、スキルブレイクを発動して手に入れたスキルが台無しにならないように気を付けなさい、程度のものだ。


 つまり、何をしても許されるということだ。制限がないとは、そういうことなのだ。



「ねえ、女神様、この世界って、神様の見習いであるあなたのための世界なんでしょ? 見習いが正式な神に列せられるかどうかの見極めのための」



「ええ、そうよ。ここでの評価点によって、それの可否が決まるって上位存在からは言われているわ」



「なら、割り切るというか、気にもかけずにどっしり構えて流す方がいいわ。今日のことは」



 テアにはまったく見えてこなかった。もし、自分が力を行使できる状態の神であるならば、今日の出来事は間違いなく天罰に値する所業である。



「おそらくは、そうした精神の揺れも、上位存在とやらに見られているってことよ。この程度で天罰だなんだとのたまっているようでは、世界を一つ任せても碌なことにはならない、という感じでね」



「じゃあ、見逃せっっての!?」



「ええ。はっきり言って、ウン億の人を抱える世界において、こういう犯罪なんてのは絶対に起きる。それを一々天が裁いていたらキリがないってこと。人の営みは人に任せ、世界の根幹に関わることだけ、神が関与する。些事に気をかけ過ぎて、本質を見誤ることなかれ、ってね」



 テアは愕然とした。転生させた人間の方が、余程、世の真理に近しい位置に立っているからだ。


 なんという未熟であったことか。今まで神として力を行使し、世界の修正を行ってきたが、単に難易度の低い任務をこなして、いきり倒していただけだと気付かされたからだ。


 ヒサコの言う通り、神の最たる仕事は世界の管理である。それこそ神に求められることであり、上位存在より与えられた使命と、それをこなせるだけの力なのだ。


 些事は無視して、大事にだけ備えよ。そう気付かされたのだ。



「まあ、気張っても仕方ないし、あたしはやりたいようにやるだけよ。だから、あなたも肩の力抜いて、じっくり世界と、転生者あたしを眺めていなさい。ねえ、共犯者あいぼう



 弟子に教わる、ではなく、神が人に諭されるとは、なんとも新鮮な気分であった。


 女神テアニンとして、あちこちの世界に赴き、こうして転生者と行動を共にすることもあった。その誰もが神である自分にそれ相応の敬意をもって接してくれた。


 同時にそれは人と神と言う見えざる壁が立ち塞がり、どこか余所余所しさもあったと、今では考えるようになっていた。


 だが、今回は違う。今回呼び出した“松永久秀”という男は、どこまで行っても自分本位。自分とそれ以外で完全に割り切っている。


 そこには上も下もない。やりたいようにやっているだけだ。



(そっか、気張りすぎか……。もうすぐで正式な神だからって、気負い過ぎてたってことね。もう少し、視野を広げて見なくては、とても評価点なんて貰えるわけないわ)



 テアは己の未熟さを指摘され、痛感した。まだまだ修行が足りないと。



「さて、それじゃあ、楽しい楽しい女神との“ぴろうとおく”はこれまでにして、さっさと寝る」



「おい、待てや、こら」



 せっかく気分出ていたというのに、いきなり男声に戻り、挙句に今の会話がピロートーク扱いである。


 やはり、この男は掴みにくいと再認識させられた。



「で、いつもの可愛い侍女メイドさんと一緒じゃなくていいの?」



「リリンはアサにこっぴどく叱られているぞ」



「え、そうなの? なんで?」



「空気読まずに、夜伽を申し出たのを、アサに見つかった」



 なるほどとテアは納得した。今日の事件で若様が気落ちしてるだろうし、ここは文字通り一肌脱いでお慰めいたしましょう、とでも考えたのであろう。


 そして、間の悪いことに侍女頭に現場を押さえられてしまった。



「アサが凄い剣幕でな。『伽は主人よりお声掛かりがあってこそのもの。それを侍女から誘うなどもっての外。はしたないうえに、礼を失した振舞いです!』てな感じだ」



「うん。情景が思い浮かぶわ」



 とはいえ、それなら今日は安眠確定である。あれほどの大事件があった夜に安眠できるとは、それはそれで問題かもしれないと思いつつ、嬌声を子守歌に聞かなくて済むのはいいことであった。



「そういえば、あの子、リリンをどうするつもりなの?」



「近いうちに、“久子”に会わせるつもりだ」



 意外な答えが即答で戻って来た。ヒサコに会わせるということは、裏の仕事も手伝わせるということでもあるからだ。



「まあ、もう少し、見極めは必要だがな。今の状態では、“抱き枕”以上の価値を見出してはおらん」



「うん、あなた、やっぱ最低だわ」



「誉め言葉として受けておこう。左手はリリンで埋まっているが、右手は空いている。いつでも埋めに来てもらって構わんぞ」



 テアはバァンと思い切り壁を叩き、今夜はこれまでと言わんばかりに話を打ち切った。


 そして、お互いそれぞれの寝台に身を投げた。


 家督簒奪計画は見事に達成された。


 だが、それでも計画の半分を達したに過ぎない。あとは罪を完全にカウラ伯爵に押し付け、さらにカウラ伯爵領への切り取りに入らねばならない。


 これからますます面白くなる。ヒーサは最高潮の気分のまま、眠りの世界へと落ちていった。

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