1-30 報復厳禁! 新たな希望を胸に抱け! 

 カウラ伯爵ボースンによるシガラ公爵家に仕掛けられた毒殺事件。


 これにより、現当主マイスと嫡男セインを失った。


 しかし、ヒーサの冷静な対処と医術の知識によって“企てられた陰謀”は暴かれ、一応の平静を取り戻すに至った。


 そのヒーサもさすがに疲れたと言って、自室へと戻っていった。


 広間を去るヒーサを見送った家臣達は一斉に顔を上げ、そして、思いの丈を一気に開放した。



「はぁ~。まずは安心か。ヒーサ様がああも冷静かつ思慮深い方であったとは」



「いつも通りではないか」



「だから! こういう場面でも、普段通りにやっていけているところが凄いのではないか! 普通、身内が目の前で毒殺されたら、ああも落ち着いてなどいられんぞ」



「いや、まったくだ。学者肌の若様で、こんな荒事には慣れていないかと思ったら、どういうことか。誰よりも冷静かつ豪胆ではないか」



 皆口々に述べるのは、ヒーサへの称賛であった。学者肌が強いため、少し臆病に見えていたが、今回の件で臆病ではなく慎重であることが分かった。


 万事に冷静かつ慎重に事を進めようという姿勢が見て取れたからだ。



「それにつけても、カウラ伯爵め、大それた真似をしてくれる」



「まったくだ。今すぐにでも殺してやりたいが、ヒーサ様に禁じられておるからな」



「せめて、随行者だけでもボコボコにしてやらねば気がすまぬ!」



「おお、まったくだ! 見せしめに、毒物をたっぷり入れた食事でも食わせてやるか!」



「おお、そうだそうだ! 報復だ、報復!」



「待て待て。気持ちは分かるが、ダメだぞ。少なくとも、交渉人との話し合いが終わるまではな」



 当然のように、カウラ伯爵への罵詈雑言も飛び交うが、ヒーサにきっちり釘を刺されているため、手出しができない状態であった。


 そのため、感情を抑え込むのに必死な者も多く、中には拳で壁を小突き、やり場のない怒りを吐き出していた。



「まあ、皆の意見もあるだろうが、この屋敷にて最も怒り最も悲しまねばならぬのは、他ならぬヒーサ様だ。そのヒーサ様がああも気丈に振る舞われておるのだ。我らが暴れまわっては、その顔を泥を塗り込む。だから堪えよ」



 サームの言葉は正論であり、そこまで言われては無理矢理にでも平静を保たねばならなかった。


 不満は残るが、だからと言って勝手に報復するなどできはしない。


 ヒーサが堪えている以上、臣下もまたそれに倣わねばならないのだ。



「では、見張りは私と部下達でやっておくから、順次休んでくれ。ヒーサ様の言う通り、この問題は長引く。体力は温存しておかねばな」



 結局、サームの提案に従い、皆が順々に体を休ませていくこととなった。


 怒りと悲しみを胸に抱き、同時に新たな希望も見出し、屋敷は不本意な静けさを取り戻していった。

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