1-28 ご注意! 知らないキノコを迂闊に食べてはいけません!(4)

 シガラ公爵家当主マイスは死んだ。


 その嫡男セインも死んだ。


 この事実は動かしようがなく、その原因は持ち込んだ“毒キノコ”が原因だと言う。


 それでも、どうにかして切り抜けねばならず、多少落ち着いてきたボースンは必至で言い逃れる材料を求めた。



「まずは聞いてくれ、ヒーサ殿。あのキノコが毒入りであることは知っていたが、特に害はないはずなのだ。これを差し出した村娘も、私も、随伴している者も食べた。だが、毒などの症状が一切出ていない。本当に毒が回っているのなら、こうしてピンピンしているなどおかしいではないか」



「いいえ、おかしくはありません。このキノコの特性を知っていればね」



 ヒーサは握っていたキノコをグイッっと差し出し、ボースンに見せつけた。



「いいですか。このキノコは『一夜茸ひとよたけ』と呼ばれるキノコです。毒キノコではありますが、普段はその毒が隠れており、一定の条件を満たさない限りは食べても問題ありません。そして、その条件とは“飲酒”なのです」



「なんだと!?」



 完全に初耳な情報にボースンは目を丸くして驚いたが、それすら鼻で笑われる三文芝居と思われ、ヒーサの視線はますます冷ややかになっていった。



「一夜茸は酒と共に食すると、途端に暴れだす。その効果は酒精に対する耐性を失う毒。どんな酒豪もたちまち下戸になる、そういう毒であるからだ」



「そ、そんな……」



 もし、ヒーサの言葉が正しければ、二人が倒れたのも納得できるというものであった。なにしろ、自分は一口の酒でも体が耐えきれず、意識が朦朧としてくるからだ。


 もし、同じ体質に変わってしまったのなら、ああなるのも無理はないとボースンは冷や汗をかいた。



「ああ、そういえば、伯爵、あなたは重度の下戸でしたね。その件は父上も知っている。つまり、宴の席では酒精を取り込まぬよう、水でも飲んでいましょうな。そして、このキノコを食べさせた後、適当な場面で酒を勧め、それを飲ませる。そうすれば、事情を知らぬ者の目からは、酒毒にて二人が倒れたように映りましょうな。キノコを食べても平然としていれば、まず安全と思いましょう」



 しかし、ヒーサの説明は肝心な部分が抜けている。なぜなら、ボースンが安全だと勘違いしたのは、“自分自身ヒサコ”が毒見をして安全であることを見せたことから始まるからだ。


 誤解をさせるために偽情報あるいは隠匿された情報を流すのは、戦国では常套手段なのである。



「……そうか。分かりましたよ、伯爵。そういう筋書きですか、そうですか」



「な、なにを……」



「まず、父上と兄上を亡きものにし、そうすれば家督は私に転がり込んでくる。そして、その伴侶として、自分の娘を当てる。二人の間に子でも生まれてから、私を始末すれば、幼い孫の後見役として公爵家を差配し、めでたく乗っ取り完了。こういう筋書きですな!?」



 完全なでっち上げである。しかし、裏の事情を知らぬ者からすれば、そう考えた方が一連の流れが把握しやすく、ぴったりと状況に当てはまるのだ。


 無論、そうなるようにヒーサはヒサコと言う裏の顔を用いて仕向けたのであるか、当然と言えば当然なのである。



「な、なんという大それた事を……!」



 ヒーサの言葉を聞き、エグスはいよいよもって怒りを爆発させ、またその怒りは周囲の者達にも広がっていき、一斉に飛び掛からんほどの重々しい空気へと変わっていった。


 それでも彼らが辛うじて思いとどまっているのは、ヒーサの存在であった。なにしろ、マイスとセインが亡くなった以上、公爵家当主は他でもない、ヒーサになることを無意識的に感じ取っていたからだ。


 ゆえに、“現当主”の号令を待っている状態なのだ。


 だが、ヒーサは冷静であった。怒りはあらわにすれど、激発して短絡的な行動はしなかった。



「さて、伯爵、状況をご理解していただいたのなら、あなたがどんな馬鹿げた真似をしたのか、お分かりいただけましょう。ああ、こんなことを言う必要もありませんてしたな。なにしろ、全部裏で仕組まれていたのですから」



「誤解だ! ヒーサ殿、本当に誤解なのだ! 私は何も企んではいない!」



「後でなら、何とでも言えますな。まあ、私が思いの外、薬や毒物に通じていたことで露見してしまいましたが」



 すでに完全な犯人扱いである。状況がそれを裏付けており、覆す材料はボースンの手にはなかった。


 無論、そうなるように、そう周囲が思うように状況を作り上げたのであるが、もうここまでくると、ヒーサのやりたい放題だ。


 だが、ヒーサはどこまでも冷静かつ慎重であった。



「私の指示一つで、あなたもあなたのお連れの方々も好きに出来る。だが、私は医者だ。人を救うことはあっても、殺生は好まない。ゆえに、話し合いで今回の一件を解決したい」



 そう言うと、ヒーサはボースンが連れてきた部下の中で、一番位の高そうな者に目星をつけ、それを指さした。ボースンの体を支えている男だ。



「おい、お前、名は何という?」



「……カイだ。今回の警護主任を任されている」



「そうか。では、カイとやら、お前は直ちに伯爵領に戻り、今ここで起こった出来事を伝えてこい。そして、こう告げよ。『伯爵の身柄は預からせていただく。解放してほしくば、決定権を持つ人間をさっさと派遣しろ』とな」



 怒りに身を任せず、あくまで冷静な判断を下す。ヒーサの態度は周囲の者達に、そう受け止められた。あるいは、自分たちの新たな主君として、すでに決めたと言ってもいいかもしれない。



「よし、皆に命じる! カウラ伯爵御一行を捕縛せよ! 供の者は牢屋に入れ、伯爵はどこかの一室に閉じ込めよ。ただし、このカイとかいう奴は解放してやれ。……かかれ!」



 ヒーサの言葉に、堰を切った濁流のごとく、一斉に動き出した。公爵家側の人間が我先にと伯爵家の面々に掴みかかり、捕縛していった。


 状況が状況だけに、伯爵家側も抵抗などできずに引っ立てられていった。


 伝令役を押し付けられたカイだけは解放され、馬と共に屋敷の外へと放り出された。カイは慌てて馬に乗り、大急ぎで伯爵領へと馬を走らせた。


 また、マイスとセインの遺体は、涙を流す家臣らの手によって運び出され、ひとまずは屋敷内で温度の一番低いワインの貯蔵庫へと移された。


 夜が明ければ、すぐにでも棺を用意せねばならず、皆がなぜこうなったのかと途方に暮れながらも、それぞれの役目を果たしていった。


 そんな喧騒の中、密かに笑う人物が“二人”いた。


 一人は当然、今回の騒動を仕組んだヒーサであり、今一人は思いがけず状況が自分の欲する方向に動いたリリンであった。



(父と兄が死に、その罪を他人に押し付けることに成功した。これで公爵の地位を自由にできる)



(これで伯爵家との縁組はご破算。“結婚するまで”という約の下、ヒーサ様に抱かれているのですから、その関係をまだしばらく続けられる。フフッ、これでヒーサ様は私のもの)



 その笑みに含まれた意味は喧噪の中に埋もれて、誰も気付かなかった。


 しかし、テアだけはヒーサの笑みを理解してしまった。



(松永久秀という男を選び、この世界に送り込んだのは私。でも、それは間違いだった。戦国の作法と概念が、この世界に浸透してきている。情勢も、人心も汚染され、戦国期の日本に近付いているのかもしれない。ああ、なんてことだ。もしかして、私は魔王探索のための英傑を呼び込んだつもりで、魔王そのものを召喚してしまったのかもしれない)



 ヒーサの不気味な笑みを見ながら、女神はそう考えざるを得なかった。


 だが、女神は手を出すことができない。奇跡の行使は禁じられており、多少の指示は出せても、基本は呼び込んだ転生者プレイヤー任せであるからだ。


 やり方は任せる、そう約した以上、情勢を見守ることしか女神にはできなかった。


 だが、この騒動はこれで終わりではない。次なる一手はすでにヒーサの手を離れ、雇い入れた外法者アウトローの手に渡っているからだ。


 混迷を深める情勢は、まだ先が見えない。ただ一人、これを仕組んだヒーサだけが“自分”にとっての明るい未来が見えていた。

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