1-27 ご注意! 知らないキノコを迂闊に食べてはいけません!(3)

 殺意と敵意の入り交じる視線が、一人の男に集中していた。


 その男の名はボースン。カウラ伯爵の当主であり、現在はシガラ公爵の屋敷にて歓待を受けていた。


 と言うのも、彼の娘ティースとシガラ公爵の次男坊ヒーサが間もなく結婚することになっており、その詰めの話をしに公爵領に訪問していたのだ。


 だが、それもご破算になりそうな状況であった。


 なにしろ、ボースンが持ち込んだ土産の中に“毒キノコ”が混じっており、それを食    べたシガラ公爵当主マイスとその嫡男セインが倒れてしまったからだ。


 そして、それを見破ったのは、遅れてやって来たヒーサであった。ヒーサは医者であり、薬草の類いに詳しく、同時に毒物に対しても精通していた。


 そのため、宴の席に出された食材をズラリと並べてみたところ、問題のキノコの存在に気付いたのだ。



「美物に毒キノコを混ぜるとは、どういう心積もりか!?」



 凄まじい剣幕で迫るヒーサに、ボースンは恐れおののきながら後退あとずさりし、壁に押し付けられる格好となった。


 普段は穏和なヒーサとは思えぬほどの迫力に、公爵家に仕える者達は驚いた。それほどまでにその怒りが激しいことが伝わってきており、自分達もまたそれに釣られて、バカな真似をした来客に憤りを募らせた。


 ただ一人だけ、冷静な者を除いて。



「ヒーサ様、原因の詮索は後でございます! まずはお二人に治療を!」



 悲鳴にも近い声を発して助けを求めてきたのは、執事のエグスであった。


 この言葉にヒーサは冷静さを取り戻し、倒れている二人の方へと駆け寄った。


 なお、ヒーサの圧より解放されたボースンは尻もちをつき、茫然自失のままその場にへたり込んだ。



「リリン、薬を!」



「は、はい! どうぞ!」



 ヒーサは侍女が手渡してきた薬瓶を握り、張られていたラベルを確認し、蓋を開けた。


 杯を二つ用意し、それぞれに薬を入れた。水で倍ほどに薄め、その一つをリリンに手渡した。



「それを父上に飲ませろ。私は兄上の方をやる」



「はい!」



 リリンはエグスに抱えられているマイスの口に杯を持って行って、中身を流し込んだ。ヒーサもまた、ポードに支えられているセインの口を開けて、薬を流し込んだ。



「頼む。間に合ってくれ!」



 必死になって祈るヒーサであったが、現実は優しくはなかった。


 かすかに持ち上がっていたマイスの手が力なく床に落ちていき、そのままピクリとも動かなくなった。



「ヒーサ様、旦那様が!」



「分かっている! 兄上、早く薬を!」



 セインの方は咳き込んで上手く呑み込めないようで、何度流し込もうとしても吐き出してしまった。


 やむを得ないと判断したヒーサは、薬を自らの口に含み、意を決して兄に口移しでそれを飲ませた。


 鼻を摘まみ、自分の口に含んでいる物を兄の口に移し、どうにかしてそれを飲ませることに成功した。



 セインが薬を飲んだのを確認すると、すぐさま立ち上がって、動かなくなったマイスの方へと駆け寄った。横に寝かせ、耳を心臓に押し当てると、すでになんの鼓動も感じられなかった。



「くそ! 心臓が止まっている! 父上、間に合わなかったのか……!」



 無駄と思いつつも、どうにか心臓が動いてくれるように胸部に何度か打撃を与えてみるが、当然ながらピクリともマイスは動かなかった。ヒーサの慟哭が部屋中に響き渡ったが、さらなる悲劇が襲い掛かった。


 薬を飲ませたはずのセインもまた何度かの痙攣ののち、力を失って首も腕もだらりと垂れてしまった。



「セイン様、しっかりしてください!」



 抱きかかえるポードの声にもセインの反応はなし。ヒーサはふらふらと立ち上がって動かなくなった兄に歩み寄り、そして、胸部に耳を当てた。やはり、鼓動は一切感じられない。



「ダメだったか……。間に合わなかった!」



 ヒーサはゆっくりと立ち上がったかと思うと、卓にドンッと悔しそうに両腕を振り下ろした。怒りと悔しさが入り混じり、全身が震えていた。


 何度も何度も拳を叩き付け、その衝撃で卓上にあった食材や料理の数々は吹っ飛んでいった。



「私は母上を救うことができなかった。そして、今度は父上も兄上も救うことができなかった。誰も救えなかった。私は……、私は……、いったい何のために医者になったんだ!」



 何も救えなかった事への怒りはどこへ向かうべきなのか?


 無論、それは決まっている。


 そう“最初から”決まっているのだ。


 ヒーサはへたり込むボースンを睨みつけた。



「衛兵ぇ! 出会え、出会えぇい!」



 ヒーサの呼び声に応じて武装した兵士が幾人も部屋の中に突入し、ヒーサの周りを取り囲んだ。



「あの愚か者達を召し捕れ! 公爵家当主とその跡取りを殺めた罪人だ!」



 ヒーサの発した命令はすぐに効果を発揮した。衛兵達は剣を抜いてボースン以下、カウラ伯爵家の面々を捕えようと動き出したのだ。


 それだけではない。普段はこんな荒事とは無縁の侍女や召使までが怒りと共に取り囲む輪に加わっており、いかに亡くなった二人が慕われていたのかを物語っていた。


 一方のカウラ伯爵御一行は、事態の急展開ぶりに付いていけず、へたれる主君の体を取り囲み、それを支え起こすだけで手一杯であった。


 そして、囲みが完成すると、ヒーサは前に進み出て、再びボースンを睨みつけた。



「伯爵……、お覚悟はよろしいかな?」



「ま、待ってくれ、ヒーサ殿! これは誤解だ!」



「誤解だと!? では、“あれ”は何だと言われるのか!?」



 ヒーサの指さす先には、動かぬ亡骸となったマイスとセインが横になっていた。



「父上や兄上が死んだのは何かの誤解か!? 夢や幻だとでも言いたいのか!?」



「そ、それは……」



 そう、もう何を言おうが無駄なのだ。“美物に毒キノコを潜ませていた事”、“公爵家当主とその跡取りが死んだ”という事実は動かしようがないからだ。

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