1-25 ご注意! 知らないキノコを迂闊に食べてはいけません!(1)

 宴の間と化した応接室では、陽気な笑い声が飛び交っていた。互いの息子、あるいは娘の良い点を相手に強調し、話に華を咲かせていた。



「なるほどな。女だてらにかなりの武芸者だと伺っていたが、よもや一人で猪を倒されるとは」



「そうなのですよ。野山を走り回って、弓でグサッっとですね。いやはや、正直な話、嫁の貰い手があるのかどうか、心配していたのですよ。公爵がいつ破談など言い出さぬかと、ヒヤヒヤものでしたわ」



「いやいや、それほどの活発な娘であれば、我が家も明るくなるというものです。吉日を選んで、はやくこちらに来て欲しいくらいですな」



 話の弾む中、食卓の上には次々と料理が並べられていった。公爵家が用意した食材もあるが、ボースンが持ち込んだ美物を使って作られた料理もあった。



「おお、これが伯爵家が最近力を入れられているという、鵞鳥の肥大肝フォアグラ)ですか」



「ええ、その通りです。生産職人を南方より呼び寄せまして、ようやくお出しできる質にまで持っていくことができました。後は事業拡大をして、量を出せるようにしていきたいと」



「おお、それはそれは。どれどれ」



 マイスはソテーにされたフォアグラを一切れ摘まみ上げ、それを口に運んだ。じっくり味わうかのように噛み締め、濃厚なる味わいを楽しんだ。



「おお、これはいい。本場である南方のそれと遜色ない。事業として仕上がったら、是非買い付けに人をやるとしよう」



「そう言っていただけて幸いでございます。ささ、他にも色々とお持ちしておりますので、我が領内の味を楽しんでください」



 マイスもボースンも互いの領内で採れた肉や野菜を相手に勧め、その美味に酔いしれた。



「はて、伯爵、見慣れぬキノコが盛られておりますが?」



 同じく席についていたセインが、深皿に盛られた茹でたキノコに視線を向けた。



「ああ、これは公爵領内を進んでいるときに、村娘から譲り受けた物だ。出来立てを食べさせてもらったのだが、これがなかなかの美味でしてな。世の中、知らぬ美味な食材の多いこと、山のごとくあるのでしょうな」



 そう言って、毒見とばかりにボースンはそのキノコを摘まみ、そして、一飲みにしてしまった。



「うむ、やはり旨い。ささ、お二人ともどうぞ」



 マイスとセインも勧められるままにキノコを口に運んだ。そして、驚いた。確かに、今まで食べていたどのキノコよりも美味であったからだ。



「おお、これは確かに旨い!」



「まさに! なるほど、村娘から貰ったということは、我が領内と言えど、まだまだ知られていない食材も眠っているということか」



 山菜、キノコの類であれば、農園での生産には不向きであるが、美味であることには違いなく、巡察ついでに知られざる食材を見つけてみるのも面白そうだと、二人は感じた。


 次から次へとキノコを食べ、気が付いた時には皿が空になっていた。



「うむ、美味であったな。また、その村で仕入れてみるとしますかな」



 口直しに、マイスはグラスの水をグイっと飲みほした。



「はて、マイス殿、今日は酒を飲まれませんのか?」



 ボースンは水を注ぎなおすマイスを見ながら首を傾げた。マイスはどちらかと言うと酒はかなり嗜む方であり、完全に下戸な自分と違ってよく飲む姿を目撃していたからだ。



「普段なら飲むのだが、ボースン殿と卓を囲んでいるので、こちらだけ楽しむのもどうかと思ってな」



 マイスもボースンが下戸であることは、付き合いも長いことから知っていた。それゆえに、気を遣って、卓の上には酒類を一切置いていなかったのだ。



「そんなわざわざ気を遣っていただかなくてもよいですぞ。折角の祝いの席に酒がないのは華やかさに欠ける。私には構わず、召し上がってください」



 にこやかな笑みで酒を勧めてくるのであるから、マイスはこれを受け入れることにした。実際、飲みたかったのは事実であるし、給仕に命じて酒蔵から持ってくるように命じた。


 それからも話は弾むが、やはり主役不在のため、そこまで興が乗らない三人であった。



「それにしても、ヒーサの奴め、何をやっているのだ。折角の料理が冷めてしまうし、義父に対して失礼であろうに」



「まあまあ、最前線で戦う勇者のことをどうこう言うべきではありませんぞ」



「ボースン殿がそう仰るのなら……。っと、ようやく酒の登場か」



 マイスの視線の先には、酒瓶を持つ給仕の姿があった。早速、栓を開封し、マイスとセインの杯に白いワインを注がれていった。



「これは特別な逸品でな。ちょいと仕掛けがあるのじゃ」



 そう言うと、マイスは酒瓶をボースンに渡した。なんであろうかと酒瓶を眺めていると、その意味をすぐに理解した。



「ああ、この瓶に刻まれている製造年、ヒーサ殿と我が娘と同じでございますな」



「そう。二人と同い年なのだよ、その酒は」



「記念に呑む分にはよいかと。しかしまあ、主役不在で開けられるとは、マイス殿もお人が悪い」



「帰りの遅いあやつめが悪い! まあ、実際のところ、もう一本あるのだがな」



 などと笑いながら酒を飲み干し、セインもまたそれに続いて杯を空にした。



「うむ、酒蔵で寝かしておいたから熟成したかな? なんだか余計に美味しく感じるぞ」



「記念の一品を先んじて飲むという背徳感が、味を引き締めたのでは?」



「かもしれんな!」



 マイスとセインが陽気に笑い出し、さっそく酒が回ってきていい気分になっていったようだ。


 下戸であるボースンには分からぬ感覚であり、それを眺めていることしかできなかった。


 とはいえ、楽しい雰囲気はやはり好ましいことであるし、これから親類となっていく者達の笑顔を邪魔するのは無粋と言うものであった。


 そんな笑い合う二人に、突如として異変が起きた。急に立ち上がり、頭を抱えたかと思うと、その場に崩れ落ちてしまったのだ。呻き声を上げ、ビクビクと痙攣まで始まってしまった。



「な、ど、どうなされましたお二人とも!」



 ボースンも席を立って慌てて駆け寄り、また側に控えていた執事のエグスはマイスを、執事見習いのポードはセインをそれぞれ抱きかかえた。



「旦那様、しっかりなさってください!」



 エグスの呼びかけにも、マイスはまともな反応が返ってこない。明らかに意識が混濁しているようで、まともな状態でないことは素人目にも分かった。



「これはいけない。医者! 医者を連れてこい!」



 主君が倒れ、大慌てのエグスの声が屋敷中に響き渡った。

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